第五章:アルス・マグナが創りしもの――9
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「動きがないのう……」
ウロボロスは、氷の壁に隠れる四人を、腕組みしながら傍観する。
恐らく、策を練っているのだろう。
邪魔をするのは簡単だ。しかし、それでは面白みに欠ける。己の手に入れた能力。その実験台として彼女たちを利用するなら、待っていた方が面白い。
――まあ、どちらにせよ無意味であるがの――。
どんな策を弄しようと、自分に適わないのは分かっている。
何しろこちらは、膨大な能力データを内包した、完全なる存在だ。その件数は、単純計算で二〇〇〇〇人分を凌駕する。
二〇〇〇〇対四。どちらが勝つか? 賭け事としても不成立だろう。
……しかし、時間が勿体ない――。
既に、待ち始めてから一分を越えた。この一分があれば、新たな発見もあるだろうし、新しい理論を文体に起こすことも可能だ。
自分は死を超越しているが、時間は大切にしなくてはなるまい。彼女たちにも、十分な時間は与えた。
「では、そろそろこちらも動こうかの?」
ウロボロスは、胸筋を強調するように左右の腕を開く。
彼女たちを守る氷の壁は、推定だが氷点下一二〇℃と言ったところだろう。屈強にして、極寒。だが、破る術などいくらでもある。
右手に大気を集め、左手の酸素を励起させた。
動きがあったのは、直後のことだ。生体系のアデプトと水使いのアデプトが、氷の塹壕から飛び出した。
――三つに別れたか……。
血染めの衣装を纏った、生体系アデプトは左側。全身を青で彩った水使いは右側。そして、特に記憶に残っていない二人は、依然、氷の裏にいる。
言動から察するに、あの二人は錬金領土の住民だろう。ここまで戦闘にも加入していない。
……ならば、数に数える必要はないよの――。
錬金領土の住民と言うことは、片方がホムンクルスで、もう片方はただの人間だ。つまり、アデプトを模倣した失敗作。戦力になる理由はないし、数えるだけ無意味だろう。
だとしたら、
「お前たちに集中するのが、有意義というものよ」
アデプト二人の排除を優先すべきだ。
蜘蛛の糸と過冷却水が、左右からそれぞれ放たれた。




