第五章:アルス・マグナが創りしもの――5
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…………まさか、そんな……?
道真は我が目を疑った。その目線の先にはバハムートの。いや、バハムートと呼ばれていたモノがある。
その胸にはポッカリと、虚空を示すような大穴が空き、彼女の血潮で真っ赤に染まった床面が見えた。
そんなバカな。あり得ない。見間違いだろう? だって、そこに横たわるモノは、今日、それも夕飯時、二、三時間前まで、生きて、動いて、話をして、悲しそうに微笑んでいた筈なのに。
「おや? 招かれざる客かの? ようやく、邪魔を排除したというのに」
生理現象に近い、震えの感触を覚えた。
受け入れ難い。否、受入れたくなど絶対ない事実だが、本能的に、道真は理解する。
――学校長を……殺したのは、この男……。
武の、泣き叫び呼ぶ声が、遠く聞こえた。なのに、胸の鼓動だけはやたら五月蠅い。
自分自身で、瞳孔が開いているのが分かる。汗腺からは冷や汗が吹き出し、そして、直感がこう叫ぶ。
――この男は、ヤバいっ――!!
「キミは、誰だ?」
その一言で、世界に平常が戻ってきた。
狭まった視野が広がり、武の嗚咽が確かに聞こえ、自分の掌がぐっしょりと湿り、三歩も後退していたと気付く。
一歩を前に踏み、男に尋ねたのはヘルメスだった。
彼女の声に、怯えはない。震えもない。だが、憤っていることは、握りしめられた拳から読み取れる。
「バハムートは、卓越した錬金術師。並大抵の錬金術師なら、一〇人単位で襲い掛かろうと、敵にすらならない」
逆説的に言うならば、
「バハムートを倒せる者は、同じく。いや、彼女以上の錬金術師である筈だ。――キミは、誰なんだ?」
「我か? 我はウロボロス。アルス・マグナを創造せし者よ」
「嘘だね」
ヘルメスの否定は早かった。
「ウロボロスは、既に過去の偉人だよ。大体において、ここは錬金領土。ウロボロス本人とは縁もゆかりもない土地だ」
その口調は、絶対零度の冷たさと、
「ふざけるのは止してくれるかな?」
白熱の太陽に似た、熱圧を持っている。
思わず鳥肌が立ったが、思考は随分冷えてきた。
どうやら、男が自称するウロボロスという人物は、ヘルメスやバハムートが登録されているプログラム、アルス・マグナの制作者らしい。
だが、その制作者本人は故人であり、男はその名を借りて、己を偽っているようだ。
そして、ヘルメスの見解は理に適っている。
錬金領土には、空港もヘリポートもない。
乗船するには、寄港地から直接入る必要があり、世界中を航海するこの都市に、乗り込む手段は限られていた。
しかも、ウロボロスを名乗る男がいる、ここ、ガラスの館の三階は、立入禁止エリア。
それら全てが、男の嘘を立証している。
しかし、男は喉を鳴らしていた。民衆の愚行を、高みより眺める支配者のように。
「何がおかしい?」
「お前の発言が余りに的外れであるからよ」
常人ならば、すくみ上がるほど張り詰めた、ヘルメスの声と視線。それを真正面から受け止め、しかし、男は平然としていた。
「我は、始めからここにいたのだぞ?」
「ならば、キミはホムンクルスと言うことかい?」
再び、男が嘲笑の息を吐く。
「失敬なことを言う。我を、あのような不出来な模造品と一緒にするでない。――我は、ホムンクルスでもなければ、アデプトなどと言う不完全な存在でもない」
何せ、
「アルス・マグナとは、我、ウロボロスが完全なる者になるための、プログラムなのだからの」