第五章:アルス・マグナが創りしもの――4
◇ ◇ ◇
それから数分も経たないうちに、三人はガラスの館に辿り着いていた。
九番船は、学校長の私有地であり、もっとも小さな船でもある。
建造物は、欧風デザインの学校長邸と、ホムンクルス生産工場、ガラスの館のみだ。
ホムンクルスの別称〝フラスコの中の小人〟を表現するため、ガラスの――、と名付けられた、館には見えない建物の中。
三人がいるのは、二階だった。
「まるで、もぬけの殻だな……。ここは、本来一般人立入禁止の筈だが……」
管理室の役目を持った、フロアを歩む道真が、訝しげに呟く。
「恐らく、バハムートは郷愁に耽りたかったのだと思うよ」
応えたのは、バハムートと同じ宿命を背負った、ヘルメスだ。
「マグヌス・オプスは、バハムートにしてみれば、希望にも似た存在だったんじゃないかな? それが、一時的とはいえ機能を中断させるんだ。最後に、思い出に浸りたかったんだよ」
一息の間を挟んで、
「ワタシが彼女なら、同じことをすると思う。懐かしむには、一人が良い」
「……なるほどな。まあ、今は、邪魔がいなくて都合が良いと思うべきだろうな」
それから、三人は沈黙を保ちつつ歩み行った。
フロアの突き当たりで三人を待ち受けていたのは、電子錠が取り付けられた、強固な扉である。
「武、頼む」
「うん」
道真がスマートフォンを取り出し、武が電子錠に手をかざす。
たったそれだけの行動で、三人を阻む金属の遮りは、王からの命を受けたように開扉した。扉に隠されていたのは、三階へと続く階段である。
「武と道真の錬金術は、本当に役立つね」
感心した口調で、ヘルメスが賛辞した。
武はちょっと照れたが、道真は真剣な表情を崩さない。
「この先は機密区域でな。何が待ち受けているかは、俺でも分かんねえ。気は抜かない方が良いぞ」
道真の言葉を受けて、再び二人の顔に緊迫感が戻った。
元より、三人の目的はバハムートの確認なのだ。さらに、先ほどの揺れの原因も分かっていない。
何が起こるか、予測は不可能だ。
階段を上り、三人は三階、機密区域に辿り着く。そこには、超強固なセキュリティを誇る、三枚の扉が待ち受けていた。
――数分前には、の話だが。
「な、んだ……これは?」
武と道真がタッグを組んでも、少々手こずる。それ程の防御力を持つ扉は、無残な姿に変わり果てていた。
扉は飴細工でできていたのだろうか? そう疑ってしまう。何しろ、中央部分から外周にかけて、えぐり取られたような大穴が空いているのだから。
えぐり取ったのは、恐らく、超高熱の何かだ。穴の周囲が、切断ではなく、融解されているのがその証拠。
唯一分かったのは、一つの事実だった。
「さっきの揺れの原因は、これだったのかな?」
震えを持つ、怯えた声で、武が言葉を落とす。
だとすれば、
「――行こう。この先に、得体の知れない何かが待っている」
との予想が立つ。ヘルメスが、緊迫した声色で、そう告げた。
足音を潜め、三人がユックリとそこへと近付いていく。
一枚、二枚、三枚と、変わり果てた扉を抜けると、キューブ状の一室があった。
そして、その床には……
「――学校長?」
雪のような白い長髪。研究者の象徴足る、白のジャケット。
二つの異なる白色を、自身の鮮血で真っ赤に染めた、パラケルススことバハムートの姿がある。
「嘘、だろ?」
その胸元には、射貫かれたような風穴が空いてた。目で見て判断できる。それほど大きな穴が。
「……い、いやあぁあぁぁぁ――――っ!!」
武の悲鳴が木霊する。




