表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洋上のアルス・マグナ  作者: kitaro-
第三章:バハムート
36/61

第三章:バハムート――8


          ◇  ◇  ◇


「調子乗ってんじゃねえぞ!!」


 まず、ヘルメスに殴りかかったのは、レザージャケットを羽織った青年だ。

 彼の振りかぶる右の拳は、黒ずみを得ている。それは宛ら、手甲にも似ていた。


「体内の〝炭素〟を凝縮し、結晶化。鎧のように纏ったと言うところか」


 対するヘルメスは、微塵の恐怖も見せない。

 冷静に、迫りくる彼の拳。その正体を分析し、パチンと指を鳴らす。

 直後、青年の振るった右腕が炎に包まれた。


「あ、っがあぁぁぁ――――っ!?」

「〝C+O2→CO2〟。子供でも知っている反応式だね。炭素は、燃えると酸素と結合し、二酸化炭素になるのさ」


 ヘルメスが行ったのは、大気中の水分の分解と、再結合だ。

 即ち、燃焼。炎によるカウンターである。


「てめえ! よくも〝(てつ)〟をっ!!」


 続いて、炎を潜り、タンクトップ姿の男が突撃をかましてきた。

 目で見る限りでは、特殊な能力は用いていないように感じる、文字通り、ただのタックルである。


「――――っ!!」


 しかし、異常はあった。それは速力だ。


 一般的な人間。恐らくは、アスリートクラスのスプリンターでも到達不可能な、圧倒的速度。

 その速度を以て迫る男を、紙一重のタイミングでヘルメスは回避した。


 彼女の青髪を散らすように揺らし、激音を轟かせ、男は窓際の壁に、へこみとひび割れのクレーターを作る。

 尋常なのは速度だけではないらしい。男の身体能力。それ自体が、化け物染みているのだ。


「その身体能力……、〝ミオスタチン遺伝子〟の不活性による、筋肉肥大体質だね?」


 振り返り、ヘルメスは尋ねた。


「ああ、詳しくは知らねえが、俺の筋繊維の密度は、常軌を逸してるんだよ」


〝ミオスタチン遺伝子〟とは、筋肉の育ち過ぎを防ぐ遺伝子である。

〝ゲノム編集〟などにより、この遺伝子の働きを阻害した場合、筋肉の肥大化が起こるのは、当然の話だ。

 単純な肉弾戦では、たとえ、アデプトと呼ばれるヘルメスだろうと、太刀打ちできないだろう。


 全身が凶器と化している男が、再びのチャージを行った。

 華奢なヘルメスである。真面に食らえば、全身の骨が粉々になる筈だ。


「……ぐぅっ!?」


 だが、苦悶の声を上げたのは、男の方だった。

 巨大な質量を持つ岩の塊が、水面に激突したような音がする。

 男の苦悶は、その際の衝撃によるものであり、そのときを境に、男の動きが酷く緩慢となった。


 対し、涼しい表情でヘルメスは彼を躱す。彼女の動きに遅緩はない。


「な、何しやがった!」

「簡単な話だよ。キミの周囲に〝超臨界流体ちょうりんかいりゅうたい〟を散布しただけさ」

「ちょ、ちょうりん……かい……?」

「液体と気体の特性を併せ持った、流体のことだよ。分かりやすく言えば、キミの周りの気体は、全て液体と同じ性質を持つ。もちろん、術士のワタシは、その影響を受けないがね」


 説明を受けても、男は理解できないらしい。

 構わず拳を振るい、ヘルメスの頭蓋を砕こうとする。


 皮肉にも、そのことで男は理解した。

 軽々と動く相手と比べ、余りにも自分の動き。そして、感じる抵抗が重いのだから。


「分からないかい? キミの周囲は海と化しているんだよ。水中では、どんな力持ちだろうと、本領発揮とは行かない」

「て、め……」


 男の振るう、遅く遅い左フックを沈んで躱し、ヘルメスは通常速度の掌底を、男の鳩尾に叩き込んだ。


「ごぶふっ!!」


 男が肺の空気を一気に解放する。

 問答無用と言わんばかりに、ヘルメスは逆の手で、男の顎に追い打ちのアッパーをかました。

 彼がどれほどのアスレチック能力を誇ろうとも、人体の急所に二連撃を叩き込まれれば、気絶するほかない。


「余り、舐めないで貰えるかな?」


 気を失った男の敵を取るべく、三人目のフーリガンが能力を行使する。

 紫髪にメガネをかけた、割と知的に見える青年だ。


 青年が放ったのは、武の――いや、武の限界以上の電撃だった。

 その電撃を受けて、タンクトップの男を纏っていた、超臨界流体の牢獄が姿を消す。


「ほう? キミはそこそこの学を持っているようだね?」

「舐めないで。って言っただろう?」


 青年が行ったのは、


「〝電気分解〟。水は電流により、酸素と水素に分解される。――そして、水は電気を良く通す。あんたに取って、オレは天敵なんだよ!!」


 勝利を確信した笑みで、青年が行く。

 右の手に、電流がもたらす発光と、空気が断続的に弾ける音を携えながら。


「だが、まだまだ甘い」


 スタンガンとなった青年の右手を、平然とヘルメスが左の手で叩き払った。

 その顔に苦痛の表情は見えず、だから、青年は思わず叫んだ。


「バカな!! 何故、電流が流れない!?」

「勉強不足だね。水が電気を通すのは、不純物が混じっているからだ。混じりけのない水、〝純水じゅんすい〟は、電気伝導率が低いのさ」


 電気伝導率は、電流の流れやすさのことだ。低ければ低いほど、電流は流れにくい。

 ヘルメスは、肌に純水の膜を作り、ゴム手袋の代わりにしたのである。


「そして覚えておくと良い。水が電気エネルギーによって、酸素と水素に分解されると言うことは、酸素と水素を結合させると、真逆の現象が起こることを」


 刹那。雷撃が咆哮した。


「がああぁぁぁぁ――――っ!?」


 水素と酸素を反応させると、〝電子〟の流れが生じる。

 電子の流れとは、つまりは電流。これは〝燃料電池ねんりょうでんち〟のメカニズムと同じものだ。


「な、何なんだよ、テメエはよぉ……!!」


 三人目の仲間が倒れたことで、流石に赤髪のアロハシャツは、動揺を隠せなくなったようだ。

 顔面を愕然に歪め、唸り声に近い威嚇の音を上げた。

 本当は、罵声を上げながらヘルメスに食らい付きたいだろう。が、先日の記憶と現在の結果が、彼をそこに留めていた。


 赤髪アロハシャツこと連治は、ヘルメスを畏怖している。

 モデル体型の細身な女子に、しかしながら、圧倒的な脅威を感じているのだ。彼女にはどうやっても敵わないと、本能が叫んでいるのである。


「さて、キミの能力は知っている」


 ヘルメスが、連治に視線を向けた。

 それだけで、彼は小さな悲鳴を漏らし、後退ろうと足をずらす。

 だが、彼の足は微動だにしない。後退を望んでいた連治は、必然的にバランスを失い、無様に尻餅をつく。


「な、な……?」


 彼の足を縫い止めていたのは、氷だ。ヘルメスが水分を凝固させて作った、氷点下の足枷である。


「そこで、倒れていてくれ」


 受け身のため床に着いた両手。それにも氷の枷が纏わり付いた。

 彼は、己の発熱能力を使用することも忘れ、ガチガチと奥歯を鳴らす。


 圧倒的な戦闘力だ。


「す、すげぇ……!」


 一部始終を眺めていた道真が、驚嘆する。


「フーリガンとはいえ、四対一だぞ? それを、無傷で? ……ありえねえ。これが、真の錬金術師〝アデプト〟の実力……」


 そのときだった。


「君たち! そこで何をしている?」


 第三勢力の非難の声が、戦場と化したシミュレーションルームに響く。


「〝司法部しほうぶ〟だ! 妙な動きはするんじゃないぞ!」


 錬金領土の秩序を守る、民間団体の四人が、扉の側に立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ