第三章:バハムート――7
◇ ◇ ◇
「こんなとこに侵入して、何をやらかすかと思ってつけてみれば、なるほど、随分と愉快なことになっちまったなあ」
ヘルメスは、嘲り顔の青年に覚えがあった。
長身痩躯にアロハシャツを纏ったフーリガン。
――ワタシのキャリーバッグを、ひったくった青年か――。
どうやら、フーリガンには、同類と群れる性質があるらしい。その証拠に、彼を取り巻く三人の青年も、陰険な嘲りを浮かべている。
「まあ、安心してくれや。オレたちは口が硬い方でな。うっかりしてなけりゃあ、口走ったりしねえさ」
ところで、と、彼の顔が更に醜く歪む。
「オレたち、ちょっと金に困っててさあ。良かったら恵んでくれねえか? じゃねえと、うっかり噂話で遊んじまうかもなあ」
分かりやすい脅しだ。
もう少しウィットに富んだ言い回しを踏まえるか、率直に取引を提案するかした方が、よっぽど賢く見えるのだが……まあ、そんな彼らも気持ちが悪いか。
だが、現状の問題はそこではない。
「…………っ!!」
何も口にはしないが、見るからに武と道真は焦っている。
当然だ。このままでは、二人は犯罪者か金蔓に仕立て上げられてしまう。
しかし、二人は、依頼をこなしているだけなのだ。
確かに、合法か違法かで言ったら違法行為をしているが、それは自分が頼んだからであって、兄妹に非はないだろう。
寧ろ、責任を感じるべきは、依頼した自分自身だ。
対価を払うとは言っても、鳴宮兄妹は、ヘルメス。延いては、全人類の悲願を守るために、デンジャーゾーンに首を突っ込んだのだから。
そして、そのこととは関係ないが、個人的な感情として、
――あの四人組は、不快だ――。
そう思える。
だから、ヘルメスは二人を庇うように前へと出た。
「てめえは、昨日の……」
「錬金術に携わるものが、金を無心する。――面白くない冗談だ」
「ああっ!? 何だと!?」
赤髪のフーリガンが、何かを続けて言おうとしたが、ヘルメスはそれを遮るように尋ねる。
「キミたちは、何故、己の責務を果たさないんだ? 聞くところによると、この錬金領土は、錬金術師とホムンクルスの協力で、支えられているそうじゃないか」
つまり、
「キミたちには、錬金領土のために働く責務がある。そのために〝能力器官〟を持って生まれてきたのだろう?」
思うに、フーリガンの持つ問題点はそこだろう。
何しろ、ホムンクルスは錬金領土を正常稼働させるために、生み出されたのだ。
その役割を放棄すればどうなるか? 簡単な話だ。
「キミたちが責務を蔑ろにした分だけ、錬金領土は機能不全に近付いていくんだ。キミたちには、そんなことも分からないのかい?」
彼らは、錬金領土を支えるどころか、その働きを邪魔している。
ヘルメスには分からない。何故、創造者に対してそこまで無責任になれるのか。
「あん? 仕方ねえだろうが。オレたちは、錬金術師との〝シンクロ〟ができねえんだ。〝方程式〟ってやつがなけりゃあ、責務どころの話じゃねえだろ?」
それは詭弁だ。平たく言えば、言い訳にすぎない。
たとえ、錬金術師に一任せずとも、自分で学ぶことは可能なのだから。
確かに、効率は悪いし時間も掛かるが、奉仕のやり方はいくらでもあるだろう。学問が苦手なら、〝メインストリート〟で働く手もある。
なのに、迷惑行為しか執らないのは、おかしな話だ。
それだけのエネルギーがあるならば、誰かの手助けに注いだって良いだろう。
「まあ、仮にできたとしても、責務なんて知ったことじゃねえがな」
「何?」
「その責務ってやつは、オレたちの意志とは関係ねえ。オレたちを生産した奴らが、勝手に押し付けてるだけだろう? 大体、オレたちは〝進化した存在〟なんだぜ?」
ヘルメスは、反論のために用意した言葉を呑み込む。
彼の台詞の前半部分に対する諭しの言葉を、だ。だが、後半部分を聞く限り、諭して分かる、真面な神経は持っていないらしい。
だから、代わりとして、
「進化した存在? 随分と飛躍した話だね」
「事実なんだよ。オレたちが持つ、能力器官がその証拠だ。その進化種が、旧式に従う道理がどこにあるってんだよ? 機能不全? 知ったことか! オレたちは自由を謳歌するだけだ!」
なるほど。随分とのぼせ上がった考え方だ。
自分たちが、他と違う能力を持っていることが、よほど誇らしいのだろう。
逸脱した能力を手に入れた者が、しばしば覚える〝選ばれし者〟に近い感覚。――〝陶酔〟と言う名の勘違いだ。
確かに、真実だとするならば、自然淘汰の考えから正しいと言える。旧き者が、新しい者に支配の座を明け渡す。それが進化の歴史だ。
が、彼らは重大な過ちを犯している。
「キミたちの幼稚な考えは良く分かった。その上で言っておこう。キミたちは、〝自由〟の意味を履き違えている」
「何……!!」
「良いか? 自由とは、己の果たすべき使命を全うした者に送られる、対価のことだ。だが、キミたちがしていることは何だ?」
良いか? もう一度、そう言って、
「キミたちは、自分の創造者たちを旧式と罵ったが、キミたちに能力を与えたのは、その創造者たちなんだ。そんなことも忘れ、迷惑行為に耽る。それが進化種? それが自由? ふざけるのも大概にしてくれ」
それは、自由などと言う栄誉ではない。
「それは〝放埒〟。ただの我が儘だ。完全を志す錬金術に相応しくない。キミたちには、自由も進化も錬金術をも、語る資格はない」
「良い気になってんじゃねえよ! 何様のつもりだ!? てめえに錬金術の何が分かるってんだよ!!」
「何が分かるか? ワタシを誰だと思っているんだ?」
怒り心頭に発した、不良グループに不敵に笑いかけ、
「知りたければ教えてやろう。来なよ? 真の錬金術の在り方を、見せてあげようじゃないか」
ヘルメスは挑発する。




