第三章:バハムート――6
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工学研究所内。四階のフロアは、シミュレーションルームで占領されていた。
二階と三階の、工学研究ルームで行う研究。その内容を予測演算するためのフロアだ。
内装は長方形。所謂、コンピュータルームに近く、窓側の面に対し垂直に、四台のパソコンが置かれた長机が、六列並んでいる。
その内、一台のパソコンを起動し、道兄がスペックの確認をしていた。
「――こいつのスペックなら、お前の錬金術の〝媒介〟としちゃあ、申し分ねえだろうな、武」
「そうだね。何しろ、〝ナノシミュレーション〟専用のスーパーコンピュータだもん」
この工学研究所の前身は、〝生物工学〟だったらしい。
五階部分にあるのは、スーパーコンピュータのサーバーだろう。
〝ナノシミュレーション〟は、近代の〝ナノテクノロジー〟を革新的に飛躍させた技術だ。
スーパーコンピュータが持つ高速演算機能を用いて、原子や分子の振る舞いを解析することにより、シミュレーションを行う技術。
それにより、いちいち実験をしなくても、分子構造や材料の生成に必要な、原子・分子の特定を短時間で予測できる。
生物工学においては、タンパク質の構造予測に利用される場合があるらしい。
詳しい話は専門家に任せるとして、今重要なことは、それ程の演算力を持つ高性能のコンピュータが、目の前にあるということだ。
「これなら、機密情報と対決するには十分だよ」
「と言うことは、武。道真。キミたちの狙いはやっぱり……」
「ああ。錬金領土のアーカイブにハッキングかます」
「ボクたちの錬金術は、ふだん、道兄のスマホとかを媒介にしてるけど、相手が相手だからね。プロテクト破るには、高スペックのコンピュータが必要なんだよ」
そのための不法侵入だった。
何しろ、相手は機密情報と言う名の強敵だ。当然ながら、何重ものプロテクトが後生大事に匿っている筈。
対抗するには、何時も使用している携帯端末や、一般的なパソコンでは心許ない。
だから、この工学研究所に忍び込んだのだ。
目的は当然、ナノシミュレーション用のスーパーコンピュータ。
原子・分子の解析を実行できるくらいのパフォーマンスならば、相方として頼もしい限りだろう。
しかし、依頼人であるヘルメスは、気まずそうに柳眉を歪めている。
その理由は、言うまでもなく、
「とっとと調べて終わらせるぞ。これは明らかに犯罪行為なんだから」
引継ぎ作業中の施設への無断侵入。機器の不正利用。錬金領土のアーカイブへの不正アクセス。
何れも法に触れることは間違いない。バレれば確実に留置所行きは免れない。
「はあぁん? こりゃあ、面白いこと聞いちまったなあ」
だと言うのに、静かなシミュレーションルームに、嘲る声が響く。
出入口の扉へ目を遣ると、ニヤニヤ笑いを貼り付けた、四人組の男たちがいた。
見知った、赤いロングヘアのフーリガンを含んだ、四人組が。




