第三章:バハムート――5
◇ ◇ ◇
ライブラリーを後にした三人は、〝三番船〟まで来ていた。
学級区画、三番船は〝工学〟を専攻する。
〝元素変換〟により〝レアメタル〟を生産する、如何にも錬金術的な〝レアメタルファクトリー〟や、エネルギー変換・送電管理・蓄電などを行う、〝再生エネルギー管理組合〟の本部を有する船だ。
鳴宮兄妹と、異国から来たアデプトが訪れたのは、五階建てで、長方形の形をしたビルだった。
灰色のビルは基本的に四角いが、少し小さな五階部分だけは、円柱の形をしている。
「ねえ、道兄? 今からボクたちがやること。京司さんにバレたらどうなるかな?」
「そりゃあ、あれだろ。さっき約束したばっかりだろ? 自重するって。それ破ったら、結果は一つだろう」
鳴宮兄妹は、お互いに確認し、刹那青ざめ、震え始めた。
「み、道兄、ボク。長生きしたかったよぅ……」
「安心しろ、武。お前を一人にしてたまるか! 死ぬときは俺も一緒だ!」
「道兄っ……!!」
「だ、大丈夫! バレなきゃ良いのさ、二人とも! だからほら、早く正気を取り戻すんだ!」
今にも泣き出しそうだった二人を、ヘルメスが必死に励ます。
彼女の励ましがなければ、入水を敢行していたかもしれない怯えっぷりだ。
ハっと意識を取り戻し、まだ血の気は悪いが、そうだよな。と頷き合う二人に、
「ところで、こんなところで一体何をするんだい? 見た感じでは、人気がないし、明かりも点いていないけど……」
ヘルメスが言うように、長方形の五階建ては、殺伐とした雰囲気を持っていた。
窓から漏れる明かりはなく、人がいる気配も感じられない。
例えるならば、倒産した会社のようなものだ。
「ああ、現在この〝工学研究所〟は、引継ぎの最中だからな」
「引継ぎ?」
「うん。錬金領土の研究施設は、基本的に使い回しされるんだよ」
ヘルメスの質問に対して、錬金領土在住の二人が答える。
武が言ったように、錬金領土の研究施設は、使い回しされるのが決まりだ。
何しろ、錬金領土は船の上に造られた都市である。必然的に、船上には揺れがあり、海風の吹き付けも強い。
その中で、解体・新築工事を行うのは、危険極まりないのである。
加えて、土地の面積も決まっているため、効率を考えて、研究施設の引継ぎが常套化されているのだ。
「要するに、何らかの理由で研究を終わらせた施設は、類似の研究にバトンタッチされる仕組みだ。ちなみに、引継ぎ作業中も電力は途絶えることがなく、稼働できる状態が保たれる」
つまり、
「中の設備は使い放題ってことだな」
道真は、更に続ける。
「もちろん、セキュリティは完備され、侵入することは難しい。だが、こっちには武がいるんだ」
「道真? キミ、もしかして……」
苦笑気味のヘルメスに、道真は渋面を向けつつ、
「仕方ねえだろ? 俺だって躊躇いはあるよ。こんなとこ見られたら、怠い展望しか待ってねえんだからな」
それでも、彼には動機があった。
「だが、お前の運命が掛かってんだからな。仕方ねえさ。それに比べりゃあ、こんな危険はリスクじゃねえよ。――武、頼む」
「うん。外すよ?」
武の錬金術は、電磁波の変調。
彼女に掛かれば、ピンタンブラー錠から電子錠まで、あらゆるセキュリティは無力化される。
当然ながら、目の前の電子錠はアッサリ白旗を揚げ、鉄格子の門は、研究所への侵入を許した。
「さあ、さっさと入ってさっさと終わらせるぞ」
三人が、研究所へと足を踏み入れる。
施設は引継ぎ中だ。用のない人物が近寄ることはない。
だが、物陰に身を潜め、口端を上げるものたちがいた。
三人を捉える視線が四人分あることに、道真たちは気付かない。




