第三章:バハムート――4
◇ ◇ ◇
「道真?」
ライブラリーから出てきた道真は、真っ先にヘルメスの声を聞いた。
何時もの彼女らしくない、弱々しく困った色の発声だ。
その声からは、微塵の自信も見受けられない。
「ワタシは、間違っていたのだろうか? 錬金術の奥義ならば、錬金領土にあると言う考え方は、浅はか過ぎたのかな?」
こちらに確認を取っているのが証拠だろう。ふだんの、自信に漲る彼女なら、己の意見を貫く筈だ。
道真は言い切った。
「京司さんも、京司さんの錬金術も嘘を吐くことはない」
京司さんの能力は、錬金領土の情報を余すことなく探り出す。ヘルメスも分かっているのだろう。
京司さんが見付けられないと言うことは、
「だったら、アルス・マグナもバハムートも、錬金領土にはないんだね?」
――を意味する。本来ならば。
だが、道真が捉えた意味は違っていた。いや、真逆の解釈と言って良いだろう。
「いや、違う。アルス・マグナは、九割九分九厘、この都市のどこかにある」
「え?」
「それって、どう言うこと? 道兄」
二人が疑問形を送ってくる。
道真は、自分の意見に確証を与えるために、ヘルメスに質問で応えた。
「確認しときたいんだが、ヘルメス? アルス・マグナってのは、錬金術の奥義なんだよな?」
「ああ、中世の錬金術師たち。その目標の一つは、アルス・マグナに登録されること。――それは、最大の名誉でもあった」
「なるほど。だったら、ますますおかしい」
「何がおかしいの?」
小首を傾げる武に、首肯を送り、
「おかしいじゃねえか。そんなアルス・マグナの存在だけじゃなく、単語そのものがないことは」
「道真? キミは何を言いたいんだい?」
未だ混乱気味のヘルメスには、こちらの理屈が分からないようだ。
代わりに気付いたのは、武だった。
「――そうか! ここが錬金領土だから……!!」
「そうだ。ここは錬金領土。錬金術の都市だ。当然、錬金術の歴史に纏わる情報も、漏れなく記録されている」
先ほどの、ライブラリーの内装を引き合いに出せば分かるだろう。
四階のフロア全体を占拠する、錬金術関連書の数々。その中には、〝煉丹術〟や〝道教〟、アレクサンドリアの歴史書すら存在する。
なのに、
「錬金術の奥義。錬金術師たちの目標。その情報どころか、名称すら記録されていないんだぞ?」
ヘルメスが水色の虹彩を見開く。
「確かに……、考えればおかしな話だ。まるで、誰かが削り取ったような……」
「ような、じゃねえな。確実に、意図的に、抹消されたんだ。誰も、アルス・マグナの存在を認識できないように」
そんなことを望むのは、
「バハムート、が? しかし、部外者である彼女がどうやって?」
「部外者じゃなかったら、どうだ? バハムートは、錬金術の奥義を携えているんだぞ? それを受け入れない理由を探す方が、難しくないか?」
「てことは、道兄!」
そうだ。
「バハムートは、錬金領土の上層部と繋がりを持っている。上層部の連中なら、情報操作も簡単だろうよ」
そう考えるなら、辻褄が合う。
アルス・マグナを保持するバハムートを、錬金領土の上層部は受け入れた。
恐らく、彼らはアルス・マグナを用いて、〝重大な何か〟を行いたいと思っているのだ。それも、後ろ暗いことを。
だから、この錬金領土からは、アルス・マグナに繋がる全てが削り取られた。そこに辿り着く可能性を持つ情報――名称すらも、意図的に。
そして、バハムートの存在も隠された。推測だが、これは彼女の希望だろう。
「彼女も、アルス・マグナも、この錬金領土内に、か。――では、どう探し出すべきだろうか?」
そう。存在していることは分かった。だが、
「上層部が隠しているとなると、それは機密情報クラスだろう?」
そこが問題だ。
存在するならば、必ずそこに繋がる手掛かりはある。あるのだが、生半可な手法では手に入らない。
「いや、方法は、ある」
言っておいて何だが、道真は、胃の痛みを感じるくらいの後悔を覚える。
何故ならば、
「早速、京司さんとの約束、破ることになっちまうがな」




