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洋上のアルス・マグナ  作者: kitaro-
第三章:バハムート
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第三章:バハムート――2


          ◇  ◇  ◇


 五番船・形式科学。学級区画と称される船の上。

 ライブラリーは、その一郭に建っていた。


 ベージュをメインカラーとした円柱状の五階建てだ。

 館内。特に一階には、少数を超える人の気配が満ちている。文学や小説をメインとしたワンフロアには、カフェスペースも存在しているからだろう。

 曜日が土曜であることも手伝って、読書好きの住民が集まっているのである。


 もちろん、書物類はそれだけではない。


 二階には自然科学、工学、形式科学についての書物が。

 社会科学、哲学、歴史学などは三階に。

 そして四階には、古代アレクサンドリアから続く錬金術の歴史や、東洋の錬金術こと〝煉丹術(れんたんじゅつ)〟の解説書も並ぶ、錬金術専用フロアが存在するのだ。

 五階の希少本を含めれば、一生掛けても読み切れないだろう。


「おや? 武さんに、道真さん? 素敵なお嬢様をお連れして、どうなさいましたの?」


 円周を走る階段の横。受付に座る女が三人に声を掛けた。

 フワフワとした黄色い癖毛は長く、瞳は垂れ気味で、おっとりの単語以外では、形容できない雰囲気だ。


 白シャツに薄紫ストールを合わせ、茶色いロングスカートを身に着ける、聖女にも近い彼女の名は、知倉京司。システムギルドを統括するホムンクルスである。


「えと、こ、こんにちは、京司さん。今、時間大丈夫ですか?」


 対する武は、どことなく挙動がぎこちない。

 部外者であるヘルメスに取っては、どうしてこんなにも緊張しているのか? と、さぞや疑問に思うことだろう。


「ええ。問題ありませんわ。用件をどうぞ?」

「じ、実は、京司さんに検索してほしいことがあって……」

「探しものですの? でしたら、喜んで。何しろ、可愛い部下からのお願いですもの」


 二人の様子を、何時になく真剣な目つきで見詰める道真に、


「さっき、武のことを励ましていたけど、何も問題はないじゃないか。優しそうな人だし、どこに怯える理由があるんだい?」


 ヘルメスが小声で耳打ちする。


「ああ、このまま穏便に済めば良いんだがな」


 だが、相変わらず、道真の表情も声も固い。

 まるで、何時爆発するか分からない、不発弾を目の当たりにしているようだ。


「じゃあ、早速なんですけど――」

「ところで、武さん?」


 京司が、天使を彷彿とさせる微笑みを武へと向けた。

 武の反応は、幾分か以上に大袈裟な、全身の震えだ。


「……は、はい。何でしょうか?」


 蛇というか毒龍あたりに睨まれたカエルの如く、武の体が硬直し、絞り出した声が裏返っている。


「先日は大変でしたわね。お話聞かせていただきましたわ。何でも、泥棒退治のために〝司法部〟と協力。ハッキングを駆使して、追い詰めたとか」

「お、恐れ入ります」


 でもね、武さん?


 相変わらず、天使の笑みだ。だが、天使には、様々な役割が存在する。

 守護天使や、愛の天使など、人間に恵みをもたらすものはもちろん、天の運行を司る天使もいる。

 基本的に、良好なイメージの比喩に持ち出される天使たちだが、忘れてはならない。


 中には、死を司る天使もいるのだ。


「ハッキングというのは、本来いけないことなのですよ?」

「はい。ぞ、存じております。ただ、あのときは非常事態と言いますか……」

「武さん?」


 三回目。やはり、笑顔の彼女の前で、武は、邪視に射貫かれたように、カタカタと震えている。


「存じているのでしたら、確信犯なのですね? いけませんわね。余り、人様に迷惑を掛けるのは、お控えにならないと。――じゃないと、ワタクシ、ちょっと怒っちゃいますわよぉ?」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃ――っ!!」


 一体、過去に何があったのか定かではないが、彼女が怒ったら、ちょっと何かあるようだ。


「た、たけっ……!」

「道真さんも、武さんの監督はしっかりなさってくださいね?」

「は、はいっ! 善処しますっ!!」


 武と道真が、バイブレーションしている。そんな二人を眺め、ヘルメスの双眸にも戦慄と好奇が宿っていた。

 この二人が過去にどんな恐怖に遭遇したのか、興味があるけれど、変に首を突っ込まない方が良いかもしれない。そんな眼差しだ。


 とにかく、ヘルメスにも、二人が京司に頼りたくない理由が分かったことだろう。


「それで、探しものとはどのような?」


 ここまで来ても変わらない、京司の笑み顔。

 だが、邪視を解いたのかどうなのか、迫力と呼ぶべき圧力は失せていた。


 まだ、固さが残った声で、


「あ、ああ。〝バハムート〟って名前の女性と、〝アルス・マグナ〟ってものの情報を、検索して欲しいんすけど……」


 道真が頼む。恐怖におののく武の頭を撫で、必死のケアとしつつ。

 そんな、武の様子を当然の如く無視しながら、


「承諾いたしましたわ。少々お待ちになって?」


 京司が瞼を伏せる。

 京司の錬金術は、他のシステムパーソン同様、脳波の変調による同期だ。

 しかし、システムギルドの統括者の名に偽りはない。彼女の、通信にのみ特化した錬金術は、アクセス可能数が尋常ではないのである。


 知倉京司は、全システムパーソンとの同期が可能だ。

 それはイコールで、錬金領土の全情報の掌握を意味する。錬金領土内の情報は、彼女から逃げることはできない。


 数秒の後に、瞳を見せた京司は、だが、困ったようにこう言った。


「名称に、間違いはありませんの?」

 続けて、

「そのような人物も、アルス・マグナと呼ばれるものも、見付かりませんでしたわ」

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