第二章:二人の少女の対人事情――9
◇ ◇ ◇
「分っかんねえなぁ……」
道真には分からなかった。
あれから三人で食卓を囲み、夕食を摂ったのだが、武の機嫌は相変わらずで、目が合えば頬を膨らませて逸らし、調味料を頼んでも無言を決め込む。
ヘルメスが気を利かせて、代わりに取ってくれたのだが、それを目にした武は、宛ら般若のようなもの凄い形相を浮かべたものだ。
思わず、何でやねん、とツッコみたくなるほどだった。
本当に、女とは分からない生き物だ。
道真はシャワーを浴びながら、人知れず溜め息を吐く。
「いきなり脱ぎ出す女もいりゃあ、いきなり不機嫌になる奴もいるんだ。全く以て訳が分かんねえ」
何故、ヘルメスを部屋に招くとキレられるのか?
何故、ヘルメスが破廉恥な行為に及べば、電撃を浴びせられるのか?
「あいつ、ヘルメスにライバル心でも持ってんのか?」
だとしたら、主に女らしさでは惨敗だ。
「つうか、武は飽くまで妹なんだから、そう言う感情を抱く訳もねえってのに……」
「ふぅん。本当に?」
「当たり前だろ? 確かに良くできた妹だとは――」
……ちょっと待て。誰だ? 俺の独り言に応えたのは。この風呂場は現在、プライベートな空間であって、特に、女人禁制の筈なんだけど、明らかにこのソプラノボイスは、女性のものだぞ――?
「って、お前ええぇぇぇぇ――――っ!?」
絶叫するのも無理はない。
「何やってんだお前はあぁぁっ!!」
何しろ、ヘルメスがタオル一枚体に巻いただけの姿で、背後に立っていたからだ。
まあ、真面な神経を持っていれば、水着を下に着けているだろうが、この女に限っては最悪を想定しておいた方が良いだろう。
「だからね? 報酬の方を――」
「まだそんなこと言ってんの!?」
何て諦めの悪い。いや、それは一先ず置いといて。いや、置いとけるレベルじゃないんだが、置いとこう。
それ以上に、今、問題なのは。
「お、お前は何やってんだ? まさか、お前まで……」
「ボ、ボ、ボクは、お、女の意地だよっ!!」
「武、お前もかあぁぁぁ――――っ!!」
思わず、どこぞの将軍のフレーズをなぞってしまったのは、良くできた妹がヘルメスと同じ格好をしているからだ。
ライバル心があるとして、これは悪い方向に働いている。
もう、体の方も真っ赤になりつつ、羞恥心全開の格好で、しかし、武は意を決した表情で告げた。
「ボ、ボクはこれでも女の子であって、道兄にも、少しはドキドキとかムラムラとかしてほしいんだよぅ!!」
ああ……、そう言うことか。ライバル心はライバル心でも、ジェラシーに分類される物らしい。
何かいろいろと衝撃的だが、言っとくべきだろう。
「い、良いか、武? お前は確かに可愛い。それは本当だ。だがな? 俺に取ってお前は妹であってだな? それ以上に及ぶのは……ほら、倫理的にもあれだろう?」
「むうぅぅぅ……」
「それに、な? 言っちゃあ悪いが、お前は、その、み、未発達だろう? いや! これから! お前には、未来があるんだからな?」
「むむうぅぅぅっ……!!」
様々な問題があるが、最大の障害が、その絶壁のようなツルペタボディだ。
と言うか、武がクローンで、しかも妹であるにも関わらず、欲情できない理由に体型が挙げられるのはどうかと思うが、とにもかくにも、こんな少年みたいな女の子に興奮などできる筈が……
「言ったな! 言ったな、道兄!!」
唸っていた武が、多分、自棄九割、勇気一割くらいの気合で、
「じゃあ、試してみれば良いよ!!」
タオルを脱ぎ捨てる。直後、先ほどの発言を、心の底から後悔した。
「うぅぅわあぁぁぁ――――っ!?」
何故ならば、武は水着どころか何も身に纏わない、文字通り生まれたままの格好だったからだ。
反射的に背中を向けると、そこに追い打ちを掛けるように、
「た、たたた、た、武ぅっ!?」
その、まな板絶壁ツルペタボディを擦り付けてきた。
「こ、こんなことしても、どうせ道兄は何も感じないんでしょっ!」
「待て待て待て、お、おま、お前、これは完全にソープ……」
「どうせ欲情しないんでしょ――っ!!」
いかん。完全に暴走している。
武は、確かに残念な体つきだ。が、それでも、女の子であって、
――や、柔らかいんだな。女の子の体は。それに、スベスベだし……、
背中からは、武がフルフルと小刻みに震える感触と、
「は……、はあ、……ふ、んっ」
興奮気味の息遣い。そして、
――こ、この、間隔を空けて、二つある小さな突起は……。
これ以上は本当にヤバいっ!!
「わ、分かった! お前は、十分魅力的だ! 欲情するほどに!」
「ほ、本当!?」
「本当だ! だから、頼む! 離れてくれ、マジで興奮し過ぎて襲っちまう!!」
「ふえっ!? ふ、ふあぅぅぅぅ…………」
背後。武の全身から、力という力が抜け、フニャフニャと崩れ落ちていく。
「た、武? 大丈夫か、お前!?」
「ふ、ふきゅぅぅぅ……」
振り向くと、武が助けを求めるような上目遣いを向けてきた。
恥ずかし過ぎて、それ以外の選択肢を失ったようだ。
「どうだい、道真? 兄妹の仲を深める良い機会だったろう?」
場違いに、暢気な声が聞こえる。
「さて、じゃあ、前戯が終わったところで――」
「ヘルメス?」
「はい?」
対して、青く静かに燃える、炎のような声を向けた。
ヘルメスの顔から暢気さが消え、畏怖が浮かぶ。
「もしかしなくても、仕向けたのはお前だな?」
「そう、だけど。……えっと、役得だったでしょ?」
何かがキレた音が側頭部から聞こえて、
「何が役得だっ!! 可愛い妹にこんなことさせやがって!! 料金超過! 十割増しじゃコラぁっ!!」
「え、ええええぇぇぇ――――っ!!」
ヘルメスの情けない声が、風呂場の壁に反響した。




