第二章:二人の少女の対人事情――8
◇ ◇ ◇
それから約一時間が経過していた。
太陽は傾き、窓のない九〇三一三号室からは見えないが、鮮やかな夕焼けが空を彩っている。
そんな九〇三一三号室こと、鳴宮兄妹の自室では、三者三様の時間の過ごし方が見受けられた。
自身専用のデスクにて、ノート型パソコンを弄っている道真。
彼は、ブツブツと不平不満を呟きながらも、ちゃんと依頼をこなしていた。
クラスメイトである〝システム科〟の生徒たちに、協力を要請しているのだ。
システム科は、ネットワーク管理の仕事に従事するものが多く、必然的に錬金領土内の事情把握力が高い。
探し物や探し人に対して、適した協力者である。
道真がキーボードを叩く傍ら。食事用のテーブルに着いているのはヘルメスだ。
彼女は静かに、手にする書物のページを捲り、目で追っている。
どうやら読書が趣味らしく、持参したキャリーバッグの中にも、大量の書物が詰まっていた。
そして、ベッドに腰掛けて、対面のテレビを眺めているのが武だ。
未だに機嫌を損ねているらしく、唇を尖らせ、微かに頬を膨らませているのが、逆に少し可愛らしい。
そんな、室内に流れる空気感に対して、ヘルメスが一言指摘した。
「キミたち、何でそんなにもギスギスしているんだい?」
「誰の所為だと思ってんだ!!」
道真が思わず抗議の音を上げる。
確かに、道真と武の兄妹喧嘩の原因は、ヘルメスのストリップ行為にあるとしか言えないのだから、正論だろう。
「責任転嫁は良くないよ? 道兄がイヤラシいからいけないんだよ」
しかしながら、未だに武は信じていない。いや、寧ろ、当て付けだろう。彼女は完全に嫉妬していた。
「だから、勝手にこいつが脱ぎだしたって、何度も説明しただろ?」
「何でそんな嘘吐くんだよ! どうせなら、もっとバレない嘘にしなよ!」
「嘘じゃねえよ! 嘘みたいな話だけどなっ!」
そんな二人を、微笑ましそうに眺めて、
「キミたち、仲良いよね?」
「「どこがだよっ!!」」
ヘルメスが発した場違いな羨望を、兄妹は仲良くハモって否定する。
「喧嘩するほど仲が良いっていうじゃないか。羨ましい限りだよ」
「俺に言わせりゃ、この惨状を目の当たりにしながら、なお羨ましがれる、お前の思考回路が羨ましいわっ!」
「そう言えることが幸せなんだよ。それを手放した者からしたらね」
どことなく、自嘲混じりのヘルメスに、
「手放した?」
武が尋ねるように復唱した。
ヘルメスは、静かに一つ頷いて、尋ね返す。
「キミたちは、もし〝輪廻転生〟できたら、どう思うかな?」
二人は、僅かに沈黙して、短い思案の後、道真が答えた。
「そりゃあ、〝死の恐怖〟ってやつから解放されて、幸せなんじゃねえのか?」
「そうだね。ワタシも、そう考えていたよ。――それに、アルス・マグナは錬金術の奥義だ。そこに登録されることは、錬金術師には最高に名誉なことだと。……始めは、そう思っていたんだ」
でもね?
「転生者であるワタシたちにも、悩みや不満はあるものだよ」
考えたことはあるかい?
視線を向ける鳴宮兄妹に、ヘルメスが問い掛ける。
「恋人や親友。愛していた者たちと、幸せな暮らしを送った後。自分だけが生まれ変わり、再び人生を送る感覚を」
二人は答えなかった。答える言葉を持っていなかったからだ。
「不思議なものでね? ワタシの体も心も、何時までも、彼や彼女を忘れられないようなんだ。もう、どこにもいないと言うのに……。まるで、ずっと失恋と絶交を続けているような感覚だよ」
だから、
「ワタシは一人を選んだ。本来の使命である、完全の研究に没頭することを。根っからの錬金術師だから、その間は嫌なことも忘れられる」
もう一度。彼女は小さく笑みを零して、眉を寝かせた表情で、
「こういうのは、久しぶりなんだ。誰かと時間を共にするのはね」
「……そうか」
言葉少なく、道真が応えた。
「だけど、すまないね。二人の時間を邪魔するみたいで」
「だから、言ってるだろ? 武と俺はそう言う関係じゃねえんだよ。ただの兄貴と妹だ。謝るべきポイントは他にもあるだろ……」
「そうかな?」
ヘルメスは小首を傾げ、武に目を遣る。
武は、見るからに不機嫌そうに、半眼で道真を睨んでいた。
ヘルメスは、首を反対側に傾けて、
「そうかなぁ……?」
と、もう一度呟く。




