表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洋上のアルス・マグナ  作者: kitaro-
第二章:二人の少女の対人事情
26/61

第二章:二人の少女の対人事情――8


          ◇  ◇  ◇


 それから約一時間が経過していた。

 太陽は傾き、窓のない九〇三一三号室からは見えないが、鮮やかな夕焼けが空を彩っている。


 そんな九〇三一三号室こと、鳴宮兄妹の自室では、三者三様の時間の過ごし方が見受けられた。


 自身専用のデスクにて、ノート型パソコンを弄っている道真。

 彼は、ブツブツと不平不満を呟きながらも、ちゃんと依頼をこなしていた。

 クラスメイトである〝システム科〟の生徒たちに、協力を要請しているのだ。


 システム科は、ネットワーク管理の仕事に従事するものが多く、必然的に錬金領土内の事情把握力が高い。

 探し物や探し人に対して、適した協力者である。


 道真がキーボードを叩く傍ら。食事用のテーブルに着いているのはヘルメスだ。

 彼女は静かに、手にする書物のページを捲り、目で追っている。

 どうやら読書が趣味らしく、持参したキャリーバッグの中にも、大量の書物が詰まっていた。


 そして、ベッドに腰掛けて、対面のテレビを眺めているのが武だ。

 未だに機嫌を損ねているらしく、唇を尖らせ、微かに頬を膨らませているのが、逆に少し可愛らしい。


 そんな、室内に流れる空気感に対して、ヘルメスが一言指摘した。


「キミたち、何でそんなにもギスギスしているんだい?」

「誰の所為だと思ってんだ!!」


 道真が思わず抗議の音を上げる。

 確かに、道真と武の兄妹喧嘩の原因は、ヘルメスのストリップ行為にあるとしか言えないのだから、正論だろう。


「責任転嫁は良くないよ? 道兄がイヤラシいからいけないんだよ」


 しかしながら、未だに武は信じていない。いや、寧ろ、当て付けだろう。彼女は完全に嫉妬していた。


「だから、勝手にこいつが脱ぎだしたって、何度も説明しただろ?」

「何でそんな嘘吐くんだよ! どうせなら、もっとバレない嘘にしなよ!」

「嘘じゃねえよ! 嘘みたいな話だけどなっ!」


 そんな二人を、微笑ましそうに眺めて、


「キミたち、仲良いよね?」

「「どこがだよっ!!」」


 ヘルメスが発した場違いな羨望を、兄妹は仲良くハモって否定する。


「喧嘩するほど仲が良いっていうじゃないか。羨ましい限りだよ」

「俺に言わせりゃ、この惨状を目の当たりにしながら、なお羨ましがれる、お前の思考回路が羨ましいわっ!」

「そう言えることが幸せなんだよ。それを手放した者からしたらね」


 どことなく、自嘲混じりのヘルメスに、


「手放した?」


 武が尋ねるように復唱した。

 ヘルメスは、静かに一つ頷いて、尋ね返す。


「キミたちは、もし〝輪廻転生〟できたら、どう思うかな?」


 二人は、僅かに沈黙して、短い思案の後、道真が答えた。


「そりゃあ、〝死の恐怖〟ってやつから解放されて、幸せなんじゃねえのか?」

「そうだね。ワタシも、そう考えていたよ。――それに、アルス・マグナは錬金術の奥義だ。そこに登録されることは、錬金術師には最高に名誉なことだと。……始めは、そう思っていたんだ」

 でもね?

「転生者であるワタシたちにも、悩みや不満はあるものだよ」


 考えたことはあるかい?

 視線を向ける鳴宮兄妹に、ヘルメスが問い掛ける。


「恋人や親友。愛していた者たちと、幸せな暮らしを送った後。自分だけが生まれ変わり、再び人生を送る感覚を」


 二人は答えなかった。答える言葉を持っていなかったからだ。


「不思議なものでね? ワタシの体も心も、何時までも、彼や彼女を忘れられないようなんだ。もう、どこにもいないと言うのに……。まるで、ずっと失恋と絶交を続けているような感覚だよ」

 だから、

「ワタシは一人を選んだ。本来の使命である、完全の研究に没頭することを。根っからの錬金術師だから、その間は嫌なことも忘れられる」


 もう一度。彼女は小さく笑みを零して、眉を寝かせた表情で、


「こういうのは、久しぶりなんだ。誰かと時間を共にするのはね」

「……そうか」


 言葉少なく、道真が応えた。


「だけど、すまないね。二人の時間を邪魔するみたいで」

「だから、言ってるだろ? 武と俺はそう言う関係じゃねえんだよ。ただの兄貴と妹だ。謝るべきポイントは他にもあるだろ……」

「そうかな?」


 ヘルメスは小首を傾げ、武に目を遣る。

 武は、見るからに不機嫌そうに、半眼で道真を睨んでいた。


 ヘルメスは、首を反対側に傾けて、


「そうかなぁ……?」


 と、もう一度呟く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ