第二章:二人の少女の対人事情――7
◇ ◇ ◇
鳴宮宅は、四番船のデッキ9にある。
部屋番号は、〝九〇三一三〟。
窓のないインサイド・キャビンで、台所と洗濯場も、共同のものを使わなくてはならない、安価な部屋だ。
玄関から奥に向けて通路があり、その左側に風呂場とトイレがある。
メインとなる部屋の内装は、出入口から見て左側にツインベッド。対面の壁に、テレビとクローゼット。
更に奥の方に、食事用の円形テーブルと、自分専用のデスク、本棚。
手前側の洋服ダンスは、主に武が使っている。
薄緑の壁紙を持つ、質素な部屋だ。
「ほほう。ここがキミたちの自宅だね?」
「言いたいことは分かるよ。狭い部屋だなぁ。だろ?」
「いやいや、ホテルのツインルームよりは豪華だし、住めば都とも言うしね!」
「気ぃ遣ってると思うが、逆に酷だぞ?」
ヘルメスの気遣いに、ちょっとだけ青筋を立てていると、武が玄関へと向かいながら、
「じゃあ、ボクは共同キッチンでお茶入れてくるよ」
こちらを睨むように視線を向けて、釘を刺してきた。
「道兄はくれぐれもイヤラシいことをしないようにっ!」
必要以上の力で閉められた扉が、大きな衝撃音を立てる。
……あいつ、まだ怒ってんのかよ。分かんねえなぁ……。
何だろう? 反抗期か?
「全く、いくら何でも出会って直ぐの依頼人に、んなことする訳ねえだろう。俺をどれだけ信用してねえんだ」
深く嘆息をして、なあ、ヘルメス? と同意を求めようと振り向く。
直後、嫌な予感がした。
「……ヘルメス。お前、何で上着脱いだ?」
彼女が、羽織っていた青のサバイバルジャケットを、ベッドの上に脱ぎ捨てていたからだ。
白のタンクトップとデニムのショートパンツでは、流石に肌の露出が多い。
思わず心音が高鳴るが、これは動悸と呼ぶべきなのか?
「何でって、報酬を前払しておこうかと思っただけだよ?」
「いや、関係ないよな? 脱ぐことと」
「そんなことないよ」
おもむろに。当たり前のように。超自然に。
白のタンクトップを脱ぎ捨てる。
「うわああぁぁぁっ!?」
結果、ブラに隠された胸以外の、上半身全てが露わとなった。
「な、ななな何ストリップしてんだよ! お前はぁっ!!」
「何って、だから前払だって。ほら、体で払うってやつ?」
「ふ、ふざけんじゃ、ぎゃああぁぁぁ――――っ!!」
あろうことか、躊躇い一つなくショートパンツも脱着。
目の前の超絶美女は、下着オンリーと言う、端から見たら絶対に勘違いされる格好になってしまった。
しかも、その下着は黒いレースで透け透けで、存在自体が色欲の象徴にすら見える。
やたら豊満な胸と、くすみ一つない絹のような肌。
例えるならば、女神か淫魔のどちらかしかない。
「ふふんっ。どうだい? これでも、昔モデルをやっていたこともあったんだよ?」
「い、いや、どうかと聞かれたら、ご立派ですねとしか言えねえけどな?」
「そのご立派な体を、これから好きにできるんだ。報酬としては、これ以上ないと思わないかい?」
言いながら、前屈みするヘルメスは、わざとらしく谷間を寄せている。
際ど過ぎるレースの下着。角度的に、先端に色付く発禁な部分が見えそうで、目を逸らしながら抵抗の意を込めて、叫ぶように抗った。
「待てえぇぇっ!! 何だ、その売春婦みたいな発想はぁ! 女の子なら、もっと羞恥心と己の体を大切にしろおぉぉっ!!」
「ふふふっ。優しいね、道真。安心しなよ。ワタシは三〇〇年以上生まれ変わり続けてきたんだ。こう言う経験はタップリしてきたし、今更恥じらいなんてないよ」
――逆に困るわ、恥じらえやあぁぁ――――っ!!
言いたかったが、鼻血を抑えるのに必死で声を出せない。
「ほら。どこでも好きなところを弄りなよ。どんな恥ずかしい格好もしてあげる。良ければ、この下着も脱いじゃおうかな?」
――や、止めろ! これ以上は理性がっ!! 本当に、一線越えちまうっ――!!
「道真の言うこと、何でも聞いてあげる。どんなプレイも容認するからさ」
耳元で囁かれたときだった。
「お待たせぇ。ゴメンね、遅くなっ…………」
これ以上ないバッドタイミングで、武が帰宅し、直後固まった。
下半身に集まっていた。否、体中から血の気が引いていく。
何かが地面に落ち、破砕する音がした。その音で、武が持って来た茶器類が破損したことが分かる。
「……何を、しているのかなあ?」
茶器の弁償以前に、まずは、弁明だろう。誤解を解かねばならない。
「ああ、武。今から大人な方法で、道真に報酬を払う所なんだ。ちょっと、関係持つけど良いかな?」
なのに、この女、何てタイミングで言いやがる。
「へ、へえ、そう。……そうなんだ。良く分かったよ」
「待て! 違うっ! いや、もう信じて貰えないかもしれないがっ……!」
振り返ると、パチパチと、空気の爆ぜる音がした。武の体から、光と音が放出されている。
「た、武? お前、放電なんて、んな出力……」
武のスペックは低い。放電などできない筈だが、
「道兄なんて……、道兄なんて……!」
人間の体にはリミッターが組み込まれていて、非常事態には恐るべき力を発揮すると聞く。
「感電死しちゃえば良いんだあぁぁ――――っ!!」
「ぎゃああぁぁぁぁ――――っ!!」
そんな、役に立たない知識を想起した。




