第二章:二人の少女の対人事情――5
◇ ◇ ◇
契約の証しとして、握手をする道兄とヘルメスを見て、武は思う。
――久しぶりの大仕事! ボクも気合入れないとね――!
さらに、こうも思う。
――好い加減、手を離してよっ! 道兄――!
「それじゃあ、ワタシは一先ず席を外して良いかな? 連絡先は残しておくから」
そんな自分のジェラシーが通じたのか知らないが、ヘルメスがメモ帳とペンを取り出した。
「何? ヘルメス、どうしたの?」
何故か分からないが、どことなく罪悪感を覚えつつ、武は尋ねる。
「うん。まだ、この領土内で宿泊先が見付かっていなくてね」
錬金領土は、観光を前提としていない。
その上、居住地となるのは、〝四番船〟と〝七番船〟。
〝九番船〟の〝学校長邸〟は居住地と呼べるが、あそこは来賓くらいしか受け入れないだろう。
それ以外の〝学級区画〟と〝貿易区画〟には、宿泊できる施設はない。
まさか、〝留置所〟に入る訳にも行かないから、小さいけれど結構な問題だ。使命は果たさなくてはならないけれど、女性なんだから滞在先は見付けるべきだろう。
「そんなことか。だったら、ウチに来るか?」
「え?」
「ふえ?」
平然と、道兄がとんでもないことを言った。
思わずヘルメスが疑問形を零し、自分も呆気に取られる。
「ここじゃあ、宿泊先見付けんのは大変だぞ? かといって、女性の野宿を推奨する気にもならねえしな」
それに、
「宿泊費が浮きゃあ、あんたは幸せだ。んで、その分、報酬弾んで貰えば、俺たちの生活が安泰だ。どうよ? この、〝win-win〟の提案!」
「バ、バカ兄! 何考えてるんだよぅっ!!」
道兄の言っていることは矛盾している。
彼は、ヘルメスの身を案じて提案しているのだろう。だが、重大な誤りに気付いていない。
「バ、バカだと!? どこにも問題ねえだろ!?」
「大アリだよっ!」
良い? と諭す口調で、それでも内心、大慌てになりながら、
「ヘルメスは、モデル体型で手とか足とかスラっと長くて、肌も透き通ってスベスベしてそうで、無駄な肉付きないのにグラマラスで、正直、ボク、ちょっと同じ女の子として、神様を恨みたくなるくらいの美人さんなんだよ!?」
一方、
「道兄は、彼女いなくて、一日中寝て過ごすのが贅沢って、公言するほどだらしなくて、ボクの前で普通に着替えるデリカシーない人間で、しかも目つき悪いけど、男の子なんだよ!!」
二人が、何かを言いたそうな目をしているが、気にしない。
武は、最後まで。そう、最悪の展開を予言した。
「つまり、非の打ち所のない美人さんと、健全な男の子が同じ部屋で寝泊まりなんてしたら! ……その、あ、あれだよ、あの……ヤっちゃうでしょ?」
「ヤらねぇよ! お前は、ふだん、どんな目で俺を見てたんだ!!」
道兄がドン引きしたが、これもヘルメスのため。
ヘルメスと自分は、主に胸とかに大きな差があるが、同じ女の子なのだ。
だから、そう言う空気になると困る訳で、最悪、依頼の取消しとかがあるかもしれない。
そう思っていたのだが、
「道真! それはナイスな提案だ!」
「ええぇぇぇぇ――――っ!!」
ヘルメスはノリノリだった。
「正直、ワタシも困っていてね。一石二鳥で合理的な、ナイスアイディアだよ! キミ、なかなかやり手だね!」
「気が合うなぁ、ヘルメス!」
親指を立て合い、意気投合している二人に、危機感が募り募る。
――ラ、ライバル! ライバルが奇襲で現れたよ――っ!!
「ま、待って待ってヘルメス! 聞いて! ボクの話聞いて――っ!」
「どうしたのさ、武? そんなにも顔真っ赤にして」
「だ、だって、このままじゃ道兄が狼になっちゃうよ!? ヘルメスもただじゃ済まないんだよ!? 籠絡されて、調教されて、身も心も、主に身を中心に従順に躾けられて、ボクのお姉さんになっちゃうんだよ!?」
「なるかあぁぁ――っ!! お前は俺を何だと思ってんだあぁぁ――――っ!!」
道兄が思い切り叫んで、自分を落ち着けるように頭を掻いた。
「良いか、武? お前の理論から言ったらな? まず、心配するのはお前の身じゃねえのかよ?」
「……ふ、ふえ?」
「俺がそこまで。――それこそ、お前の想像に匹敵するド変態なら、まず、毒牙に掛かるのはお前だろうが。俺と毎日同じ部屋で、一緒に飯食ってベッドだって隣り合わせで、風呂場も共用なんだぞ?」
だけどな? と、宥めるように優しく。
「俺は、お前に欲情したことなんざ、一度もねえだろう?」
とても残酷に言い放つ。
「……ないの?」
「ないぞ?」
「……ちょっとは、あったでしょ?」
「これっぽっちもない。色欲を表すゲージがあったとしても、針は一ミリも動いていない。だから、安心しろ、武」
「何でないんだよぅ! ちょっとはその気になってよ!!」
「お、お前、言ってること矛盾し過ぎだろ!」
ううぅぅ……。
と、涙目になりながら子犬のように唸って、武は吐き捨てた。
「もう知らない! 道兄なんて感電しちゃえば良いんだぁぁ――っ!!」




