第二章:二人の少女の対人事情――1
◇ ◇ ◇
「錬金術師の、生まれ変わり?」
「転生って……マジか?」
ヘルメスは、鳴宮兄妹の驚きを孕んだオウム返しに、肯定の意味を込めた笑みを浮かべた。
「そう。ワタシたちのように、〝輪廻転生〟を繰り返す錬金術師は、〝アデプト〟と呼ばれている」
元々はね?
と前置きして、兄妹へ説明を兼ねた昔話を始める。
「ワタシは、〝四大元素〟の一つ〝水〟の研究者だった。もちろん、一端の錬金術師として、〝黄金変成〟や〝万能薬〟の研究も行っていたよ。〝能力器官〟を獲得したのは、研究の成果だろうね」
錬金術師の実験は、〝実験室〟にて行われた。
この実験室は密室であった場合が多く、実験によって発生した煙が充満し、病気になる者や、最悪、死に至る者もいたほどだ。
さらに、〝万能薬〟の研究では、〝エリクシー〟というものの生成を目指していた。
エリクシーは〝賢者の石〟とも呼ばれ、服用することで〝不老不死〟になると言われている。錬金術師に取って、悲願の一つだ。
もっとも、その材料には硫黄と水銀が選ばれることが多く、近代科学視点では、一〇〇パーセント失敗するだろうけど。
しかし、恐らくはそう言った、無謀な挑戦の結果として、偶然、能力器官が発現したのだろう。
ヘルメスは、そう考えている。
「その後、――二十八才くらいだったかに、ワタシは、〝水を用いた発電〟に成功したんだ」
「水を用いた発電? ……待て。それって、もしかして〝燃料電池〟のことか!?」
「ああ、今ではそう呼ばれているらしいね」
〝燃料電池〟とは、〝水素〟と〝酸素〟を化学反応させて、直接発電する装置のことを指す。
有害物質はもちろん、二酸化炭素すら排出しないクリーンな発電方法で、生まれるのは〝H2O〟。つまり、水だけだ。
一昔前に流行った〝水素エネルギー〟と、深く関わった技術だった。
「あんな近代の技術を、三〇〇年も前に実現させたってのかよ!?」
「錬金術の副産物ってのは、意外に価値があるものさ。酸類の製法や、無機物の医薬応用。安息香酸もグラウバー塩も、錬金術師が発見したものだよ?」
もっとも、その頃は水素も酸素も、一括りに〝気〟であったため、一般技術として広まることはなかったが。
ただし、
「その功績を讃えられて、ワタシは〝アルス・マグナ〟に登録されることになる」
「アルス・マグナ?」
錬金術の用語としてはメジャーな名前だが、聞き慣れないのだろうか? 武が疑問形で復唱した。
「アデプトを生み出すシステム。つまり、ワタシを転生させているシステムのことだよ」
アルス・マグナとは、
「有能な錬金術師の肉体を素体として保存し、そこからアデプトを生産し続けるシステムのことを指す」
「待て待て待て! 不可能だろ!?」
まあ、そうだ。道真の反論は正しい。
常識という観点から考えたら、の話。倫理的な制約を以てすれば、の話。
「不可能じゃないさ。この〝錬金領土〟でも、似たようなことはやっているじゃないか」
そう。アルス・マグナは、極めて高度なバイオテクノロジーだ。
「保存した肉体から細胞を取り出し、〝初期化因子〟を注入する。すると、細胞はどんな種類の細胞にも変化できる、〝万能細胞〟になるのさ」
この原理は、〝ES細胞〟や〝iPS細胞〟の作成方法と瓜二つ。
さらに、
「その〝万能細胞〟を培養し、肉体を作成。そこに、〝人工知能〟として保存した、人格データをインストールする。――すると……」
「結果的に、肉体だけを改めた錬金術師が誕生する。ってことか……。確かに、転生としか言えねえな」
諦めにも似た吐息を落として、道真が認める。
「そうして代々転生を繰り返し、永劫の時間の中で研究を続ける錬金術師。それが、アデプトなんだよ」
ヘルメスは微笑みながら伝えた。
自分の正体と、使命を。