第一章:錬金術師と錬金術師――10
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その後。三人の姿は、四番船の〝メインストリート〟にあった。
デッキ4からデッキ6までを、吹き抜けの形にぶち抜いた〝繁華街〟である。
所謂、ロイヤル・プロムナードを真似たものだが、本家、ヨーロッパのアーケード街をイメージしたものと異なり、ジャパニーズスタイルだった。
販売店、食事処、喫茶、美容室などが並ぶ空間は、日本で言う〝商店街〟に近い。
商業の中心地であり、主に、学業時間外の住民や、勤務時間外のホムンクルスが働いている。
鳴宮兄妹とヘルメスは、その中から〝クック〟と名付けられた喫茶店を選び、店内でお茶をしていた。
卵料理が自慢らしく、三人が頼んだのはミルクセーキである。
黄身色のアイスドリンクを一口してから、
「そう言えば、自己紹介がまだだったかな? ワタシは〝ヘルメス〟と言う。キミたちは?」
「ああ、俺は鳴宮道真。こいつは、妹でホムンクルスの武だ」
「ホムンクルス? へえ、キミたちは、ホムンクルスの力を借りて、錬金術を扱うんだね? 面白い発想だ」
興味津々と、和やかな顔を見せるヘルメスに、道真は尋ねた。
「なあ? ヘルメス。依頼の前に一つ聞いときたいんだが……、あんたは何者なんだ?」
キョトンとした視線を向けるヘルメスだが、道真は無視して続ける。
「あんたは、錬金領土外の人間だ。――てことは、ホムンクルスじゃねえんだろ? だけど、あんたが行使してたのは、間違いなく錬金術だ」
道真が言いたいことは、要約するとこう言うことだ。
ヘルメスは外部の人間。つまり、クローン体やゲノム編集が禁忌とされている地域の住人である。
と言うことは、彼女はホムンクルスである訳がない。それなのに、ヘルメスは錬金術を操った。――能力器官が必須である技術を。
「一〇〇歩譲って、あんたがホムンクルスだとしよう。それでも疑問は残っちまうんだ。何しろ錬金術は、ホムンクルスと錬金術師がタッグになって、初めて発揮される、科学技術なんだから」
ヘルメスの生み出した氷の壁。さらに、それを用いた反応は、錬金術以外には考えられない。
どのように能力器官を用いようと、あんな大規模な化学反応は、〝方程式〟を組み込まなければ不可能だ。
しかし、ヘルメスには、パートナーである錬金術師が見当たらない。
とてもおかしな話だった。
「そんなの、ワタシが錬金術師だから、と答えれば、解決じゃないかい?」
それでも、逆に不思議そうな顔つきで、ヘルメスは淡々と答える。
さも当たり前の話を、何故そんなに難しく考えるんだ? と言いたげな表情だ。
「じゃあ、あんたは能力器官を持ちながら、尚且つ、錬金術の方程式を組み上げているってのか? 古代の錬金術師がそうだったとは聞いてるが、そんなチートな存在は、とっくの昔に姿を消してる筈だ」
何しろ、
「一六六一年に〝元素〟の概念が確立し、錬金術は一旦滅んだんだからな」
古代から中世にかけて、錬金術は〝四大元素論〟と〝三原質論〟により支えられていた。
曰く、物質は火・気・水・土から構成され、それらは変換することが可能。
そして、この世の基本物質は硫黄・塩・水銀であり、その三種により全ての物質を作ることができる、という論だ。
説明するまでもなく、この世界の物質は一一八種類の元素によって成り立っているため、二つの仮説はオカルトにすぎない。
それが証明されたのが一六六一年の話であり、その年に錬金術の時代は終わったのである。
「そっから、この錬金領土にて錬金術が復活するまで、三〇〇年以上経っているんだぞ?どう考えたって生きていられる筈がねえ」
指差ししている道真に対し、一つ、溜め息を落として、
「まだまだ勉強不足だね、道真? キミは錬金術師の目的を知らないのかい?」
「あ? 黄金変成だろ?」
「その先、だよ」
錬金術と言えば、名前の通り黄金を生み出す技術だ。
一般にも浸透したイメージだが、実は錬金術師に取って、黄金変成はただの通過点にすぎない。
そのことは道真も知っていた。
「ああ、金属の中では、金は完全なる存在。即ち、錬金術とは不完全なものを完全なものに変える技術だ。って話か」
「そう。古代の錬金術師に取って、最重要だったのは〝完全なる存在〟になることだったのさ。黄金を生み出し、万病を癒やし、死すらも否定する、神の如き存在になること。それこそが、錬金術師の真の目的」
じゃあさ? と、イタズラげな笑みを以て、ヘルメスは尋ねる。
「その一部が実現していたら、どうだろう?」
「どうだろう? って言われてもなあ……」
頬を掻く道真が、数瞬の間を置いて何かに気付く。
常日頃、怠惰を表現している眼を、剥くように開き、
「――まさか、ヘルメス。あんたは、不老不死なのか!?」
「半分正解ってところかな。正確には、〝転生〟だよ」
「ワタシは、中世に生きていた錬金術師。その生まれ変わりなんだ」