第一章:錬金術師と錬金術師――9
◇ ◇ ◇
「危なかったね、便利屋のお二人さん。ワタシが駆け付けなかったら、ちょっとだけピンチだったよ?」
〝ヘルメス〟は、和やかな微笑みを向けながら、身を起こす二人にこう告げる。
「だから、助けてあげた分で、奪還に対する報酬はチャラにして貰えないかな?」
「ああっ!? 勝ち誇ってんじゃねえよ! まだ、オレがここにいるだろうがっ!!」
名も知らない輩が、小汚い言葉を発しながら、左手に次いで右手を氷壁に宛がった。
「こんな氷で止められるかよ! 今すぐドロッと溶かしてやんよ!」
男がニヤニヤ笑いを浮かべるが、その表情は焦りに変わり、やがて驚愕へと移行していく。
それもそうだ。ご自慢の発熱能力を以てしても、氷の壁からは雫一つ零れないのだから。
「生憎と、それは無理だよ。キミの能力は体温を上げるもので、化学反応やエネルギー変換を用いる訳ではないのだろう?」
と言うことは、
「キミの熱には上限がある。タンパク質の凝固温度は、大体六〇℃。たとえ、それを越えられたとしても、一〇〇℃には至らない筈だ」
しかし、とヘルメスは氷の壁を指差した。
「ワタシが生み出したのは、氷点下一〇〇℃を下回る、超低温の氷だ。キミにそれは攻略できない」
「ぐぅっ……!!」
それでも、男は諦めない。聞き分けのない子だ。少し手痛いお仕置きが必要だな。
思い、指をパチンと鳴らした。
「――っ!!」
刹那、超低温の氷壁は、液体へと姿を変える。
もちろん、男の努力が実を結んだからではない。こちらが、結晶化した水分子を緩ませて、液体化させただけだ。
液体=水となった氷壁は、熱に加え、押す方向で力を加えていた男を、呑み込むように包み込み、
「もう一度」
こちらの指の音で、再度、固体へと移り変わった。
「――――っ!! ~~~~っ!!」
氷漬けになった男が、何かを叫んでいるようだが、当然ながら聞こえない。そして、男が自力で脱出することは不可能だ。
先ほどの相対で、それは証明されている。男の能力では、この氷に刃が立たない。
「――――っ!! …………!」
男の顔色が失われ、抵抗と思しき反応が薄れ、白目を剥いたところで、三度目の指パッチン。
流石に人殺しはしたくないので、お仕置きはこれくらいにしておく。
便利屋兄妹が一部始終を傍観する中、融解した大量の水によりずぶ濡れになった男が、人工芝の上にダウンした。
「さて、一先ずは一件落着だね。ところで、ワタシはこの錬金領土に詳しくないんだ。だから、ナビゲーターが必要なんだけど……」
兄妹は言っていた。頼まれたとあれば、何でもお任せあれ、と。
「キミたちに依頼しても、良いかな?」