第一章:錬金術師と錬金術師――8
◇ ◇ ◇
日暮連治の今日の運勢は、きっと大凶だろう。
コンビニで、お気に入りの雑誌を立ち読みしようと思えば、先週が合併号だったようで、今週号は休刊。
そこで仕方なく、ポケットに手を突っ込みながら店内を彷徨けば、万引きだと因縁つけられた。
確かにやったことはあるし、常習犯と言えば常習犯だが、今日は何も盗んじゃいない。
余りにもイライラしたので、ストレス発散にキャリーバッグひったくってみたら、メスガキとクソ野郎がどこまでも追ってくる。
ストーキングにも程があるぞ、こん畜生。
と、諸々の事情があってプッツンした結果、相応の報復をしようと決めた次第だ。
「お前……フーリガンか?」
「大正解だよクソ野郎。オレは、自分の体温を限界まで上げることができる。発火とまでは行かねえが……まあ、触れたら大火傷ってくらいなら行けるぜ?」
本来ならば、この熱で、化学反応だとか何とかをどうこうするそうだが、詳しくは知らん。
オレは縛る者がいない自由人だから、シンクロだとか、錬金術がどうのこうのなんて無関係なのだ。
大切なことは一つだけ。この能力があれば、むかつく奴を黙らせることができる。それだけで、十分素敵だ。
「今更謝る必要はねえよ。そのすかした面あ、皮膚ごとベロンベロンにしてやっからよぉっ!!」
言って、連治は突進した。
「武」
だが、相手は慌てる様子一つなく、
「〝ミリ波〟照射」
「うん」
余裕ぶっこいてんじゃねえ!! と怒鳴ろうと思ったのだが、
「熱っ!? あ、あぢぢぢぢぢっ!!」
全身に走る、異様な熱さに言葉を奪われる。
――何だよこれは!? 白熱電球が全身くまなく頬すり寄せてきてんじゃねえか? って、あ、熱っ――!!
「て、てめえら、何しやがった!?」
とはいえ、相手が何かしているようには見えなかった。
ガキの方が両手をかざしてはいるが、そこからは光も陽炎も生み出ていない。
要するに、燃焼系の錬金術でもなければ、自分のような発熱能力者でもないことになる。
それでも、何かしているのだ。そうでもないと、この熱さの説明が付かない。
「学のないお前に説明しても、多分理解できないとは思うが。……まあ、無知のままやられるのも可哀想だな。説明してやる」
拳をめり込ませたくなるほどムカつく、余裕綽々な表情で、野郎が解説してきた。
「波長を三・一六ミリ。つまり、九五ギガヘルツに変調した〝電磁波〟。ミリ波って言うんだが、これを人間に向けて照射すると、皮下〇・三ミリにある〝痛点〟を刺激するんだよ」
すると、
「刺激された痛点は、対象人物に焼け付く熱さを感じさせる。今のお前みたいにな。ああ、言っとくけど、身体的な障害は残らない。照射を止めれば熱さは消えるから、安心しろ」
「だったら、とっとと止めやがれ! ぶっ殺すぞ!!」
「嫌だよ。止めたらぶっ殺すんだろ?」
熱い。ひたすらに熱い。ムカつくくらい、熱い。
連治は、テニスコートを右往左往し、落ちていたラケットを掴んで。
「好い加減にしとけよ! コラぁぁっ!!」
全力で、ガキ目掛けてぶん投げる。
「わぁっ!?」
「危ねえ! 武っ!」
野郎がガキを庇い、抱き締める形で倒れ込んだ。
直後、鬱陶し過ぎる熱さが、嘘のように退いていく。野郎の説明は正しかったらしい。そして、これは好機だ。
「はっ!! 散々舐めた真似してくれたなぁ! お礼にたっぷりなで回して、全身くまなく大火傷させてやんよ! 覚悟しやがれぇっ!!」
連治は一気に距離を詰め、左手でガキの顔面を鷲掴みする。
……だが、それは、突如目の前に現れた〝壁〟に阻まれた。
当たり前だが、こんなところに壁はない。しかも、その壁は半透明で、触れただけで痛みを感じるものだった。
これは氷だ。
「全く。身の程知らずも大概にしなよ。ワタシを誰だと思っているんだ? このワタシから所有物を奪おうなんて……」
呆れた表情をした青い女が、ゆっくりと階段から姿を見せた。




