第一章:錬金術師と錬金術師――3
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〝マグヌス・オプス〟とは、この錬金領土を稼働させるために働く、ホムンクルスの生産方法である。
ホムンクルスとは、〝能力器官〟と呼ばれる〝超過生体能力器官〟を保有する、人工生命体のことだ。
生物を〝化学工場〟に例えることは、珍しい話ではない。
それ程に、生物の体内で行われる〝化学反応〟。――〝生化学〟は高度なもので、その反応を研ぎ澄ました器官が、〝能力器官〟である。
ホムンクルスは錬金術を使うために不可欠な存在で、海上妖精も、システムギルドの一員も、そして、マグヌス・オプスを実行する〝ガラスの館〟の従業員も、ことごとくホムンクルスだった。
そう。ホムンクルスは、錬金領土を運行させるため、日夜働いているのだ。
マグヌス・オプスは、生体系錬金術。〝生物工学〟で言う〝ゲノム編集〟の、集大成である。
ゲノム編集とは、遺伝子組み換え技術の上位版と比喩できるだろう。
狙った遺伝子を破壊し、働かせなくさせたり、別の遺伝子に置き換えたりするこの技術は、即ち、遺伝子を思いのままに編集する技術だ。
マグヌス・オプスでは、人工生命体の遺伝子を編集することで、能力器官を植え付けた、錬金術の発動者を生産しているのである。
「しかし、誰が考えたんだろうな、鳴宮? 錬金術師の組み上げた〝方程式〟を、現実の技術とするために、ホムンクルスを利用するなんて」
「そりゃあ、〝学校長〟の〝パラケルスス〟じゃねえか? 錬金領土を提案したのも、あの人だろう?」
「〝最高権力者〟自らが提案か……。じゃあ、〝ホムンクルス製造規約〟とか〝ホムンクルスの市民権尊重〟みたいな法整備に、抜かりがないのも納得は行くなあ」
まあな。と、道真が同意の意味と思われる、呟きを漏らした。
「世界中探しても、ここくらいだろうな。クローン人間の製造・人間のゲノム編集が可能な地域なんて」
人間をベースに生物工学を実行することは、二〇三八年現在も世界規模でタブーだ。
受精卵から〝ES細胞〟を作成することにも、未だに倫理的観点からの反感が根強い世の中。
クローン人間を製造し、かつ、ゲノム編集を施すなど、聞く人が聞いたら憤死するだろう。
しかし錬金領土では、〝ホムンクルス製造規約〟により、その両方が認められている。
恐らく、否、確実に世界初の規約だ。
〝デザイナーズベビー問題〟など、問題は山積みだったが、ホムンクルスの有用性や、〝ホムンクルスの市民権尊重〟による人権保護の法制度で処理したらしい。
ホムンクルスはクローン体だ。
パートナーとなる、錬金術師。そのDNAをベースに、ゲノム編集による遺伝子改良を加えた存在である。
「まあ、現代の錬金術には、ホムンクルスがどうしても必要になってくる。この、錬金領土を支えているのは、ホムクンクルスだっつっても過言じゃねえし」
「ホムンクルスが発動担当。錬金術師は研究担当。錬金術師が組み上げた方程式を、〝反応〟と言う形で実行に移すのが、ホムンクルスだったっけ?」
「ああ。そのためには、錬金術師の脳内にある方程式を、〝シンクロ〟により読み取らなければならねえ。だから、ホムンクルスはクローン体である必要性があったんだよ」
つまりは、
「根本的な部分で、錬金術師とホムンクルスは同一人物。もちろん、コピーのままじゃいろいろ問題あるから、ゲノム編集で差異を設け、親族とした訳だ。――前置きが長くなったが、俺は自らの意思で武を妹にしたんじゃねえよ」
「はいはい、学校長の配慮ってことね。良くできたシステムだ。……だけど、完璧ってことではないみたいだよな?」
ああ。と、道真は億劫そうな呟きを漏らす。
「〝シンクロ〟のできない非行ホムンクルス。〝フーリガン〟のことか?」
錬金領土を悩ませる問題の一つに、〝フーリガン問題〟があった。
フーリガンとは、錬金術師とのシンクロに失敗したホムンクルスの総称だ。
あだ名の由来は、その性格にある。フーリガンは揃いも揃って反抗的なのである。
噂に寄れば、マグヌス・オプスの工程の一つ、〝人工知能のインストール〟に失敗したらしい。
しかも、フーリガンは他のホムンクルス同様、能力器官を持っており、それを非行の道具に使っているのだ。
原因は不明。対処法も存在しない、大問題である。
「流石に、生み出した手前、処分なんてできないしな。それこそ、傲慢ってものだ。世界中からバッシング受けて、錬金領土が終わりを迎える」
と、歩みながら語り合っていた二人の間に、くぐもった音が割り込んできた。
音は、道真のズボンのポケットからしている。
音の正体は、スマートフォンのバイブレーション機能だ。着信音の代わりにしているのだろう。
スマートフォンを取り出し、液晶画面を見た道真の表情が、苦笑い気味に歪む。
「うげっ!? もうこんな時間か。武、怒ってなきゃ良いんだが……」
道真には、振動の原因である受信メールを開かなくとも、差出人が妹のもので、文句が綴られていると分かる筈だ。
彼女との約束の時間を、思い切りオーバーしていたのだから。
「悪い、先行く! 武にろくでもない野郎が集ってないか、心配だからな」
「おー」
友人は、駆け出した道真の背中を見届けつつ、最後の台詞に対して、
「やっぱ、アイツ、シスコンだよな?」
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