ケモダン!~勘違いだよ!私何もしてないよ!~
びび、と何かを受信してがっと書き上げました。
その後頭を冷やしてかちかち書き足したものです。
いろいろ突っ込みどころはありますが、読んでいただけるとうれしいです。
私の名前は、ルアンディーク=オルギニス。愛称はルディ。よく女に見間違えられるがれっきとした男だ。
長年平和なとある大国の大貴族として生まれ育ち、それなりに濁った政治を渡り歩きながら生きてきた。
そんな私が我ながら美しい顔をあほ面させて立っている場所は城のバルコニーの手前。
何かしらの知らせを発表する際使う王族か、何かしらの功績を立てた英雄くらいしか立てる権利を持たないその場所になぜ私がいるのかといえば、なってしまったのだ。
なにが、って?
奴隷商人やらご禁制の品を売り払う闇の商人やらを自分の身を危険に犯してまで潜入し、摘発逮捕に多大な功績を立てた英雄として、である。
私の周りにいる王や王妃や王太子や姫やらそうそうたるメンバーはにこにこしている。
そう、にっこにこなのだ。私でもなかなか会えないやり手すぎて恐れられている大貴族の当主様方も、長年頭を悩ませていた闇の組織を綺麗さっぱり片付けられたとほくほく顔で語りかけてくる有様。
「どうしてこうなった」
私は、間違いなく悪事を犯したというのに。
それはそうと、『ケダモノ男子!』という乙女ゲームをご存知だろうか。
これは、男子がケダモノのごとく襲ってくる、という意味ではない。
は?とお思いの方もいるだろうが、つまり、極論言ってしまえば、獣っぽい男子(物理)と恋愛しちゃえ!というゲームであると、覚えていただきたい。
私は猫派だ。
もちろん犬もハムスターも蛇もわりと受け入れる性質ではあったが、一度野良猫を抱き上げたときのくんにゃりとやわらかくしなやかでいて手放したくないあの感触に、一発で落ちて以来猫派である。
ついでににゃぁ、とあいらしい声で鳴かれて私は心臓を射抜かれた。
しかし私の家族は猫アレルギーだった。故に猫は飼えず、代わりにそれ関係の本や動画やゲームを漁って、そしてこの『ケダモノ男子』略して『ケモ男』を見つけたのだった。
ここまでいえばわかるだろう。
私は転生者だ。猫派であることに変わりはない。
前の私のことは名前やら家族やら覚えてないくせに禄に使えない豆知識だけは豊富にあったが、猫のことに関してはきっちり覚えているので、よほど猫のことを愛していたのだろう。
閑話休題
肝心の『ケモ男』で暮らす人々は男女問わず、いろいろな動物の耳と尻尾が生えている。
その中でも猫科は高貴な種族として頂点に立っている。
王族ならライオン、チーター、ヒョウなど各種国ごとに違いはあるが、基本猫か、猫科の系列である。
犬は補佐や宰相になることが多いし、鳥は情報系、ハムスターは潜入系など、それぞれの能力を生かして暮らしている。
どうしてこうなったのか、という問いに答えた動物好きなのに動物アレルギーの開発者がもふもふ!生きたもふもふをおおおおと叫んでいたのが印象的だった。
その『ケモ男』のヒロインも一風変わっていて、大貴族の美人系、貧乏貴族のかわいい系、奨学生の平民平凡系の3種類から選べる。
なお、その誰か一人を決めたら、決めなかったほかの2名もゲームに出てくる。
美人系なら発破をかけてきたり、かわいい系なら親友になったり、これもまた選択しだいで悪役になったりすることもある。
ということは、同じ攻略者ルートでも最低3種類のエンドがあるわけで、しかもそれぞれの言動もまた違っていて飽きが来ない。
そして、攻略者は安定の貴族系…と思いきや平民や商人、元奴隷や教師なども入っていて、攻略ルートも逆ハーから固定までわりと楽しめる仕様なので、家の事情などからペットを変えない人やこういう猫耳が大好きなんていう女性層のハートをがっちり掴んだ。つまり、大ヒットした。
当然私も『ケモ男』にドはまりした。記憶におおよその攻略ルートが残っていることから、よほど思い出深いのだろう。
ついでに言えば、私はかつて腐っていたので、攻略対象同士で薄い本を大量に製作したこともある。
あの頃は萌え滾る勢いのまま、徹夜も辞さなかった。若さとはすばらしいものである。
長々といい連ねていたが、結局何がいいたいかというと、その『ケモ男』攻略対象の一人が私、ルアンディーク=オルギニスっていうわけだ。
黒髪に黒目。父方の祖母に似た釣り目のきつい美人系の顔立ちをしていて、生えているのは黒猫の耳と尻尾。
なんとなく暗殺者っぽくて、夜に鏡をのぞくとちょっとちびりそうになるのは内緒だ。
けれど、私は本来なら、悪事を重ねた挙句実家から切られて処刑される、いわゆる悪役になるルートを通るはずだったし、私自身もそのルートを外れるつもりはなかった。
その理由は、彼の生い立ちを語らねばならない。
ルディは、庶子の長男として生まれた。とはいっても政略結婚した気位の高い正妻に疲れた父がのんびりかわいい母に猛アタックをかけた末にできたのがルディであり、彼が生まれた時点で母子共に正式な妻と息子として家に受け入れたので、彼としては跡取りの自覚があるし、その優秀さを余すことなく発揮していた。
当然子を生んでいない正妻は面白くなく、母子共に暗殺待ったなしの状況を恐れた父がわりとえげつない方法で正妻を追い詰め、療養という名目で絶対に出れないという噂の修道院にぶち込んだ。
邪魔者のいなくなった家は一気に明るくなり、父と母の仲も良好で、弟と妹は現在合わせて5人。
当然、全員同じ母から生まれ育った。
無邪気になついてくる弟妹はかわいいのだが、あえて言えば母の体が持たないのでもうすこし自重しろ、というくらいだろう。
不自由もなく、仲もいい一家の中で、どうしてルディが道を踏み外したか。
その理由が、親しい友を救うためにおきた悲劇であったのだと、ゲームを進めていた私は思いっきり泣きじゃくった覚えがある。
ルディには、友がいた。
厳しい鍛錬や勉強の息抜きに屋敷を抜け出して出向いた市場で出会ったのが、後に親友となる平民のレッグという少年だった。
レッグ的には、どう見ても貴族の子供にしか見えない美少女(男)が平民の服を着て楽しそうに歩いていたので誘拐されるのではないかと心配して声をかけてくれたらしい。
家族はどうした。護衛はちゃんと周りにいるのか。さらわれる可能性が高いんだから早く家に帰れ。
ため口でずばずば言い放つレッグに、ルディは恐れるどころか目を輝かせて懐いた。
敬語ではなく話せるのは家族か特別なお友達だけよ、とルディに言ったのはのんびりしながらも芯の強い母だった。
心配されてる。→赤の他人なのになんで?→そういえば敬語じゃない。→友達になりたのか!
ある意味すごい思考回路である。子供とは突拍子のない考えをしているといういい例だ。
説教していたら相手が満面の笑みで抱きついてきたことに、驚いたのはレッグのほうだったろうに。
それでも友達か!友達だな!わたしはルディだ!と話しかける美少女(幼い頃はどう見ても少女にしか見えなかった)を、結局は突き放すこともせずやれやれと受け入れたのだから、彼のお人よし具合は相当なものだった。
その後、ルディはレッグの幼馴染で妹分のラファとともに、偶にしか会えなくても絆を深め、充実した日々をすごしていたのだが、その行く末に暗い影が見え始めたのは彼が18、学園を卒業し家業を徐々に習い始めていた頃だった。
親しい仲だったラファとレッグを監禁し、平民を助けたくば言うとおりにしろといったのは、恵まれたルディに嫉妬し、落とそうと画策するとある家だった。
元々黒い噂が絶えず、しかも領民に重税を課して幾度となく注意されているにもかかわらず裏金でもみ消している、ある意味悪い貴族の典型的な家だった。
悪巧みを考えさせれば一級品のその家から、誰かに伝えれば二人を即座に殺してやるといわれたルディは誰にも相談できずに結局、そいつらの言いなりになるしかなかった。
手紙でしかあえない恋人と親友を、ルディはどんな思いで守ろうとしたのか。
それでもルディは歯を食いしばって醜い闇をその目に焼きつけ、証拠を集め、悪事に手を染めながらも、いっそともに落ちるつもりであったのは間違いだろう。
ルディの罪が裁かれ実家からは勘当されたわずか3日後。
ルディとともに処刑となったそいつらの、やけくそになった叫びに、彼の心はずたずたに引き裂かれた。
面倒見もよく、ふざけあい笑いあった親友レッグ。
いいたいことはきっぱり言い放つ、かわいい妹分のラファ。
そのどちらも、ルディの邪魔になるならと、とうに自殺していたという。
時折届く手紙は、彼らが最後に残した手紙の筆跡を真似て書かれたものだったと、下卑た笑い声でルディの心を踏みにじった。
その夜その後、何があったのかは誰も知らない。
処刑当日の朝、監視が牢に入ると、そこは原型をとどめていない肉と血の池に横たわる、息を止めた麗人の姿があったのだという。
そのあまりに美しく禍々しい姿に、すべてを隠蔽することを決めたのは、ルディが残した証拠と、友達の手紙と思い込んでいた紙の数々から推測された事実をしった王だった。
その後、ルディを陥れた家の捜索をしたところ、地下牢からがりがりにやせ細った二人が保護される。
彼らもまた何度か脱走を実行したが、そのすべてを邪魔され、行動できないように必要最小限の食事しか与えられず、一室に閉じ込められていたのだ。
彼らは助け出されたとき、真っ先にルディを心配したが、時すでに遅く。
真実を知らされ、ルディの家に引き取られて体を癒した彼らは執事と侍女として生涯独身のまま、尽くし続けたという。
ちなみにこれ、数あるバットエンドの中でもっとも穏便なルートである。
ルディを攻略するにはレッグを助け、ラファに恋を自覚させないまま妹分として親しくさせ、さらに原因の家を没落させ、執拗なほど叩き潰し、同じ貴族の立場に立って彼好みの容姿になった上でようやくとっかかりに入れると言う、もはや嫌がらせかドMにしかできないんじゃないかと思うほどの難易度だ。
しかもどうやっても彼が悪役にならなければレッグもラファも死んでしまう、つまりヒロインと出会えないまま処刑台直行ルートからどうやって彼を救うのか。
もし一度でも選択を間違えればその時点でバットエンド確定であり、どれほどあがこうと処刑台に立つ姿に歯噛みする女性の心を完膚なきまでに折り続けるという、まさに『鬼畜ルート』である。
しかし私は何週も失敗しながらも全ルートをコンプリートした。
ちなみにかかったのは年単位で、コンプリートしたのは全プレイヤーのうち、私を含め5%にも満たない猛者たちだけだ。それぐらい鬼畜ルートは種類は多くバットエンドもひどかったと伝えておこう。でもやりがいはあった。
しかもそのルートをコンプリートした記憶を思い出したのが、親友たちをむざむざと浚われたショックからだというのだから、今更である。
まあつまり、脅された時点で彼らを助け出す手段をもたない私は、あいつらにそそのかされて確かに人身売買の会場に向かったし、嫌々ながらもその始まりを見ていたのだ。
ゲーム時代なら最後まで見届けるはずだったのだが、突然城の騎士たちが乱入してきて彼らを次々と捕縛、そしてその後、ご協力ありがとうございました!といわれたのが今思えば始まりだったのだろう。
その次の悪事も、かろうじて逃げていたらしいハゲ(ではないがレッグとラファを監禁している憎らしい奴なのでそう呼ぶことにする)とともに、次は盗品の闇オークションにやってきた。
それもまた数時間がたつころ、騎士が乱入して以下略である。
そのときにハゲはつかまったが、レッグとラファは別のハゲのところに移動していたらしく、その貴族ハゲから今度は暗殺ギルドに行く羽目になったが以下略。
その次も、その次も、その次もつぶされて、あれ?と首を捻っているうちにレッグとラファは救出された。
彼らも助けられたし、でも自分は結局悪事に手を染めたのだから正直に自白したほうがいいと、独自に集めていた証拠をそっくりそのまま差し出して事情を洗いざらい話すことにしたのだが。
その後芋づる式にほかの悪徳貴族たちが捕まって処刑されたのに、その手柄も私のものになった。ルートなら一緒に処刑されるはずなのに、だ。
どうも、都合よく潜入捜査をしていた誰かが私も潜入していたのだ!と勘違いしたらしい。まあ私はそれまで品行方正な人物として頑張ってきたのだから当たり前といえば当たり前の認識だが。
で、上司にそのことを報告したところ、彼みずから囮になってくれたのだ→つまり私は悪事をしたフリをしていた、とこれまたうまい具合に勘違いされ、私は無罪。
家族にもなんて危険なことを!と怒られて心配されて説教されて、巻き込まれないよう自主的に避け続けていた母と父とかわいい弟妹たちにもみくちゃにされて、安堵のあまり思わず泣いてしまったのは忘れてしまいたい記憶だ。
助けられた恩返しだと働き始めたレッグが有能な執事となり、いつまでたってもあなたが心配だから傍にいてあげるといったラファは凛々しい奥さんになり、こんなルートなかったよなぁ?と直角になった首が痛み始めた頃に、この呼び出しである。
右を見る。にこにこ顔の王様や王妃様や王太子や王太子妃になった貴族美人系ヒロインがいる。
左を見る。にこにこ顔の大貴族の皆さんやそのうちの一人の正妻になった貧乏貴族系ヒロインがいる。
前を見る。にこにこ顔の警備の近衛たちと文官になった奨学生平凡系ヒロインがいる。
後ろを見る。ちょっと不安そうに、でも誇らしげな笑みを浮かべた家族が、親友が、伴侶がいる。
もう一度、前を見る。
じっと注目して、私の言葉を待っている民衆がいる。
もう、と焦れたラファの声と同時に背中をとん、と押されて、こけそうになりながら明るい日差しのバルコニーに飛び出る。
近衛が一瞬吹き出た笑いをごまかすように渡された、声を拡大させて届ける魔道具にスイッチが入れられる。
じじじ、と雑音が流れて静まり、しん、と全神経を研ぎ澄ませている様に緊張しながら、私はかろうじて声を出した。
「はじめまして、私はルアンディーク=オルギニスといいます」
ざわざわと、時折黄色い声が聞こえるのは仕方ない。我ながら美青年だしね。でもいまだ自覚がないのもしょうがないと思う。
私が心の準備をしている間におおよその説明は王がしてくれたから、一言言えばいいっていわれたけど、さすがにもう少ししゃべらないと。
きゅ、と拡大機を握って、息を吸った。
「……私は、」
その日、国の膿を出しつくした一人の貴族が英雄となった。
皆が彼を褒め称えたけれど、彼はそれを誇りにしなかった。
彼はいう。
「私は、私の大事な人を守りたくて、他の人を不幸にしようとしていた」
貴族としてではなく、一人の人間として、他人と大事な人を天秤にかけて、そして自分はもっともしてはいけないことをしたのだと、いう。
「私が彼らを大事にして誰かを犠牲にすれば、それは彼らを傷つけることなのだと、私は気づかされた」
大事だからこそ、誰にも話せずにいたけれど、それは傲慢だったのだと。
「誰かを頼れ、と言ってくれました。私は一人ではなく、一人で全部背負わないでほしいと。見ているほうも、つらいのだといわれて、私ははじめて気づいたのです。私が彼らをかけがえのないものだと思うように、彼らもまた私を同じように思っていてくれたのだと」
言葉を、探るようにしばらくの沈黙。そして、決してなめらかではない言の葉がいつしか静まり返った大広間に、雪のように降り注いでいく。
「今回は、彼らを助けられました。でも、どこかでなにかの選択を間違えていたら?なにかひとつでも言動を間違えていたら、彼らはここにいなかったし、私もまた、処刑された彼らと道を同じくしていたでしょう」
どこからか、すすり泣く声が響き始める。
それはきっと、彼の瞳から落ちたしずくが、彼らの心に響いたからだ。
「お願いします。大切な人が隣にいることを、当たり前に思わないでください。事故があるかもしれない。私のように誘拐されるかもしれない。もっと、ひどい目に合わされるかもしれない。…だから、どうか、大切だと、伝えてあげてください」
言葉を切って、頭をさげた英雄は静かにバルコニーに背を向けた。
その先にきっと、大切な人たちがいるのだろう。
広間では、夫婦が手を繋ぎあい、恋人が尻尾をからませ、きょうだいは笑いあい、やがて、誰からともなくそれぞれの家に帰り始めた。
そうして夕日が沈み、夜闇が空を覆う頃。
ぽつり、ぽつりと、家に明かりがともる。
それはかけがえのない、大切な一日の終わりを告げる、あたたかで大切な灯火だった。
お読みいただきありがとうございました!!