第四話
「……まさかとは思うが」
レドは頭をよぎる不安をぬぐいきれなかった。底辺が八十センチほどの大型のトランク。押し込めば子供が一人入りそうだった。
「そのまさかじゃ、この中に子供のアムモンが入っておる」
あっけらかんとレドの思いを肯定するルルキド博士。
「おい。――窒息死するだろう!?」
レドは慌ててトランクを開けようと手を伸ばす。
「大丈夫じゃ。中は冷凍保存されている。その心配は無用じゃよ」
レドの手はひらりとかわされ宙を漂う。
「そうか」
「わしも昔はアムモントレーナーとしてばりばり活躍したもんじゃが」
「ばりばりって実際に使う奴初めて見たぞ?」
「話の腰を折るでない。とにかく今じゃ残っているのはこの三匹のアムモンだけじゃ。一匹おぬしにやろう。選ぶがよい」
そういって三つのトランクをテーブルに並べるルルキド博士。
「……悪いけどじいさん。俺はアムモントレーナーになる気はないんだ。気持ちだけ貰っておく。じゃあな」
席を立つレド。
「お、おい」
慌てて後を追おうとするルルキド博士。
と。そのとき、研究室への扉が開く。
「博士。やりました。例のアムモンを捕獲することに成功しましたよ」
おそらく研究員であろう、メガネをかけた細身で肩幅のある男が汗をたらして歓喜に喜んでいた。
「そ、それは本当か?」
例のアムモン?
レドの脳裏に先ほどとは別の不安がよぎった。
「はい。偶然にもこのラボの窓をのぞいているところを捕まえました」
「なんという幸運じゃ。で、あちらさんの許可は下りたか?」
「ええ。先ほど連絡してもうどうしようもないからこっちで好きにしていいと」
許可?
連絡?
レドの心音が高鳴った。
どくん――
どくん――
「さあ、早く入れ」
メガネをかけた男は手に巻いた鎖を引っ張り何かを急かして部屋に入れようとする。
流れるような銀の髪。その首には太い錠がはめられていた。
町中で会ったときと違ってその顔は青く、震えていた。鎌状の前脚も動かせないようにロープで固定されている。
引きずられるように中に入るシザーズ。
後をつけてきたのか。ずっと。
全く気がつかなかった。そして捕まったのか。
レドはルルキド博士に向き直り、問いただした。
「……じいさん。許可っていうのはなんのことだ?」
「ん?そこにいるアムモンを解剖する許可のことじゃよ」
はにかんだ顔でルルキド博士は答えた。
解剖?
どういうことだ?
「なんじゃ? ニュースみてないのか? アムモン育成センター、レイクーンから逃げ出したアムモンがこれじゃよ。全く人に懐かず危害を加える一方でどうしようもないからこちらで処分してもいいということになったんじゃ」
びくり、とシザーズは反応し、がたがたと体を振るわせる。
そんなことが許されるのか?
いや、許される。ここはそういう世界だ。
例えばこれがゲームの世界の話だったとしよう。
剣と魔法の世界で勇者や魔物が存在し、村人に危害を加えている魔物を退治する勇者がいるんであれば、決してゲームに登場しなくても、その裏で魔物を解剖して研究する学者がいても不思議はないんじゃないだろうか。無論そんな存在はどのようなゲームにもでたことはないし、これからもでないだろうが。
どうする……。
先ほどしたようにこの学者たちを倒してシザーズを助けるか。しかし相手はさっき叩き伏せた黒服達と違って国の財産ともいえる学者だ。手を出せばこちらも無事ではすまない。
いや、そもそも自分はなぜシザーズを助けた。同情したからか。信念からか。正義感、あるいは倫理観からか。
おそらくはその全てだろか。
だが残念ながらこれ以上自分にできることはない。
一度助けたんだ。二度も助ける義理もなければ、必要もない。
それにこれからもこんなアムモンをみるんだ。いちいち助けたらきりがない。
そう思い、レドは外にでようと扉に歩み寄る。
シザーズとすれ違い、ドアノブに手を回したところで背後から鈴のような声がレドの耳に届いた。
「マ……マスター」
驚いて振り向くレド。
そこには泣きそうな顔でレドを見つめるシザーズがいた。
「マスター」
震えた声でレドをそう呼ぶシザーズ。
「え?」
「マスター? ……じゃと?」
みんなが驚きを隠そうともせずレドを見つめる。
「まさかとは思うが。おぬしのアムモンなのか?」
ルルキド博士は確認するように問いただす。
どくん――。
どくん――。
どうする。ここで正直に否と答えたら一匹アムモンを見捨てたことになる。おそらく彼女は生きたまま実験の材料にされるか、メスを入れられて、およそ生き物の自然死とは思えない無残な最期を迎えるだろう。
だが、肯定したらそこに責任が発生する。
レドはアムモントレーナーになりたくないからシフォン学園をでていったんじゃなかったのか?自分が主だと答えたらこの先彼女の面倒を見る必要がある。
そもそもなぜレドはアムモン使いになりたくないのだろうか。
それはアムモンを決して道具としてみることができないからじゃなかったのか?
「マ……マスター……!」
「どうなんじゃ?」
意を決して答えた言葉は自然なものだった。
「ああ、そうだ。俺のアムモンだ」
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