第一話
「理屈としての正解と行動としての正解は必ずしも一致しない」
レド・クリーアの育ての親が最初に教えてくれた言葉だった。
「私から見れば世の中は間違ってみえるが、世の中の人からすれば私のほうが間違ってみえるんだろう」
当時、まだ幼いレドには分からない言葉だった。
「そのうち分かる」
そういって育ての親はレドの頭を撫でた。
「外の世界は狂っている」
そう育ての親は教えてくれた。
レドは怯えを隠し切れなかった。
だって外の世界に憧れを抱いていたから。いつか外の世界に出てみたかったから。
けど、現実は違っていたらしい。少なくともここ数年の生活でそれは実感できた。だから出ようと思った――。この街を。
「早く起きれば?また授業をさぼる気か?」
学生寮の一室。その半開きのドアの一枚隔てた向こうから男の声が届く。
レドは寝返りを打って、こたえた。
「むにゃむみゃ……返事がない。ただの屍のようだ」
「じゃあ僕は先に行っているからな」
つっこみはなしだった。
「……」
レドは沈黙を貫いた。
「本当に行ってしまうぞ?」
意外と寂しがりやな奴だ。
レドは同じ寮のグリース・ゾディアをそう評価した。
「先に行ってろ。……後から行くから」
「……わかった」
ばたん、と部屋の扉が閉じられる。
やっと静かになった。
レドはもう一眠りしようと、まぶたを閉じる。しかし眠気はすでに飛んでいた。
仕方がなく、身支度を整えて部屋を出る。
そして食堂への扉を開ける。
「やっと来たか」
グリースがあきれた声を出す。
艶のある薄緑色の髪に、威圧感すらある漆黒の目。その堀の深い顔は美丈夫の部類に入るだろう。レドと同じブレザーを着こなし席についていた。
食卓には五人分の食事が用意されていた。香ばしい香りが鼻を通り抜ける。食欲がわき、お腹がなる。グリースが隣の席を促した。
「早く食べれば?」
なぜいつもグリースは隣の席を勧めるんだろう。レドは不思議だった。
正直に言えば、レドとグリースは友達と言うほど親しくはない。レドが通う学園。シフォン学園でグリースとレドは同級生だし、同じ釜の飯を食べた者でもある。
しかし、レドが入学当初からグリースは彼を見下していた。
その理由は二つある。
レドが落ちこぼれともいえる成績の持ち主だということ。グリースが名家のもので学年主席の地位にいるということ。
「おはよう、レドくん」
良く通る凛とした声のほうに視線を送ると、そこにはもう一人、劣等性であるレドに話しかける変わり者の女性がいた。
彼女の名前はブルーリ。これまたレドと同じ同学年で学年二位の成績の持ち主。青色の髪を頭の両サイドで結ってたらしており、南国の海を思わせる碧眼はいつもレドに優しい視線を送る。。化粧っ気はないものの、その整った顔立ちは器量よしの部類に入る。格闘術の段位を持っており、黒と白で統一された学生服を着こなし、、律儀に今日もレドが食卓につくまでテーブルに置かれた食事には手を出していなかった。
「……先に食べていいっていつも言ってるだろ?」
「うん。――けど、お食事はやっぱりみんなで食べたいし」
その、ほんわかした雰囲気と、男女わけ隔てなく構う性格でクラスでも中心人物だし、熱を上げている男子も多いと聞く。告白もいくつかされていると噂されるが浮いた話が出てこないのは本人にその気がないのか、他に想う人がいるかのどちらかだろう。
「いよいよ今日だね。アムモンの授与式」
ブルーリが朝食の魚を端でほぐしながら口を開く。
「……ああ、そういえばそんなものもあったな」
さほど興味なさそうにレドは食卓につく。
「――おいおい、そんなものって。レドはなんのためにシフォン学園に入ったんだ?」
グリースはあきれた声でため息をつく。
「……アムモン使いになるためだろ?」
「わかってんじゃないか。そう。アームズモンスター、略してアムモンを使いこなせるように今まで厳しい訓練つんできたんじゃないか。最も、君のような落ちこぼれじゃあたいしたアムモンはもらえないだろうけどね」
「……ちょっとグリースくん。駄目だよそういう言い方は」
ブルーリはレドを庇うように止めに入るが、別段、落ちこぼれなのは本当のことなのでレドとしては反論する気もなかった。
アムモン……。
何百年も昔、馬鹿な科学者達が武器や兵器に人格と人や動物の形、繁殖能力を持たせるのに成功したのが始まりとされている。
そのアムモンを武器として使う者。あるいは調教師になる者を育てるシフォン学園では四年生になると一匹、成績に応じた優秀なアムモンが与えられる。
グリースは学年主席だから、実力に相応しいそれ相応のアムモンが与えられるだろう。
「生きた武器を貰えるのがそんなに嬉しいか?」
思わずそんな言葉が口をついで出た。
グリースとブルーリは目を合わせ、そして口を開く。
「そりゃそうだろ。これから先、アムモン使い。あるいはアムモントレーナーになれば、安泰した生活送れるんだぜ? もう一度聞くけど、レドはなんのためにシフォン学園に入ったんだ?」
正確には入れさせられたんだよ。
喉元までせり上がった言葉を無理やり飲み込む。
「あの……レドくん。たぶんレドくんは倫理的観点から言っていると思うんだけど、アムモンは人格があるっていってもそれは人工的に作られたものなんだよ? 確かに最近はアムモンにも人権をっていう運動も少なからずあるけど」
ブルーリは言いづらそうに指をもじもじさせる。
「はんっ、武器に人権なんて与えてどうするっていうんだ? 第一あれは何百年も昔の科学者たちが兵器そのものに人格と人や生き物の形と繁殖する能力を与えたのが始まりじゃないか。それが今じゃ、野生化して僕たちの生活を脅かす存在にもなっている。だから僕たちアムモン使いやアムモントレーナーに需要があるんじゃないか」
言わば人工的に作られた家畜だ。そう切り捨てるグリースだった。
「……なるほど、そうだったな」
「そうそう」
「そういえばレドくんは昔からアムモンも人と同列に見ているようなところがあったよね」
「ふん、お優しいこったね」
グリースは鼻で笑った。
「一応この国にもアムモン使いの軍隊もあるけど、現在のペジスタ国は平和なもんだからアムモンをペットにしている人も増えているってニュースで流れていたね」
「そういえばやってたな~、あ、そういえば今朝の連絡掲示板でレモールアムモン育成センターのアムモンが一匹、逃げ出したんだってよ。確かニュースでもやってたぜ」
レイクーンアムモン育成センター。
シフォン学園の隣に位置する建物で、シフォン学園の学生に与えるアムモンを育てている施設でもある。
「え? そうなの? 逃げてどうする気なんだろう。今更野生になじめるとは思えないし。人に危害を加えたら処分される可能性もあるのに」
思案するように腕を組むブルーリ。
「だろ? 身の程を知らないアムモンもいたもんだよな」
「どんなアムモンだろう?」
「それがさ、何でも噂によるとあのシザーズらしいよ」
「シザーズ?」
思わずレドは聞き返した。
「シザーズってあのシザーズだよね。前に上級生のアムモンだった」
「そうそれ、うちの上級生を再起不能にした」
「その噂って本当だったんだ?」
驚いた顔で口に手を当てるブルーリ。
「再起不能って自分のマスターに逆らったのか?」
野生のアムモンならいざ知らず、アムモン育成センターで育てられたアムモンが主に牙を剥くとは到底あり得なかった。
「詳しい事情は知らないけど、レイクーンセンター始まって以来の大問題児らしい。決して人間に懐こうとせず、何度もマスターを代えられて、何回もセンターに送り返されてを繰り返しているってさ」
「そりゃ気骨のあるアムモンもいたもんだ」
心からレドは感心した。
「そんな怖いアムモンのマスターにはなりたくはないねえ」
「うん。ちょっとごめんかも」
朝食を食べ終え、食器を片付けると、学園へ行く準備を始める二人。
「あ、忘れ物があったんだ。部屋に戻るから先に行っててくれ」
「ちょっと、授業遅れちゃうよ?」
ブルーリが心配した声で言う。
「相変わらずどんくさいな。レドは」
「すぐ戻るよ」
レドは手を振って踵をかえす。
嘘だけどな……。
もうすでに退学届けも出してある。二度と戻ることもなければシフォン学園の敷居をまたぐこともないだろう。
二人が寮を出て学園に着いたであろう時間を見計らってレドは学生寮を後にした。
初めて小説を書きます。至らないところが多々ありますが、少しでも面白い話が書けるようにがんばります。批評、酷評、アドバイス、誤字脱字の指摘、たくさんのコメントお待ちしております。
物書きとしても未熟者ですがどうか長い目で見守ってください。