リメイクしました第一章 第一話「ほう異世界とな」
前回のあらすじ
主人公は混乱している。
これはまさか、ドッキリなのか?
それは異世界トリップという、夢とロマンと妄想の集合体ともいえる可能性を無視して考えた、思いつく中で一番ありえそうな可能性。
修次あたりがどこからか特殊メイクのできる知り合いを連れてきて、気絶から目覚めたオレにいきなりふざけたイタズラを仕掛けてくる。ソレがオレの考えた現在の状況に対する推理だった。
修次の奴は人を騙すとなったらとことんやるヤツだしな。
ともかく目の前のエルフのコスプレイヤーは普通にかわいい小動物系の女子。しかも着ているのはデザインから考えて神官服、それも全く安っぽさを感じさせない作りのもので、いかにも本物ですって顔をしている。
恐ろしいクオリティーだ。服や装飾品にかなりの金をかけているのだろう。
その上この神殿だ。柱はどれも細かい装飾が施され、ひんやりつるつるな石の床は磨き抜かれている。さらにこの広さ。多分この建物は学校の体育館ぐらいの広さはあると思っていいだろう。どうやってこんな場所を見つけて借りたのかは分からないが、怖いくらいの用意周到さである。
しかし分からない事が一つだけあった。
オレの着ている服装まで変わっているのだ。『アルジャンワールド』で[シュウ]が着ていたものとよく似た特徴的なデザインの半そでローブ。下には黒い長袖のインナーを着せられていて中途半端にファンタジー感を出している。
まあそのおかげでドッキリだと分かったのだが……これの狙いが分からない。まさかドッキリだと気づかせた上で何かのリアクションを期待されているのだろうか?
それにしても人が気絶してる時にわざわざ服まで替えさせるとは。
頭にパソコン喰らったオレが気絶したのはともかく、気が付いたのが病院じゃないって事は救急車すら呼ばなかったのではないだろうか? しかも目が覚めたらコレとかずいぶんなお気遣いである。
しかしまあ、ドッキリだと理解すればもう安心。何が異世界トリップだか。こうなるとさっき取り乱した自分が笑えてくるな。
しかしそうなると1つ厄介なことがでてくる。この自称エルフの神官さんだ。
「落ち着きましたか?」
と心配そうに声を掛けてはくれるが、ドッキリという事は間違いなく修次の知り合いだ。
あのバカがどこかに隠れて笑っているか、オレの変な言動を後から報告されるの可能性が高い以上ここで『ヤバイ、この娘メッチャタイプだー』と舞い上がるのは愚の骨頂。
しかし「これってドッキリですよね」と言ってしまえば空気が凍りつきエルフの神官さんの立場がなくなってしまうのは間違いない。金だって掛かってそうなのに全部パーになるだろう。
そう考えるとここはあくまで冷静に対応し、後々ドッキリの宣言がされたときに「やっぱりなー、そうだろうと思ったよ」と言えるようにしなければならないという事になるのではないだろうか?
つまりここですべき事、それはオレにドッキリを仕掛けるエルフの神官さんのムチャ振りに、ドッキリに気付いたことを悟られないよう完璧な受け答えをすること。という事になる。
おのれ修次。わざわざオレが気づくよう服を変えたのはこのためだな。あの野郎、
……という事は、このエルフの神官さんにはオレがドッキリに気付くであろうことは知らされていない可能性が高い。きっと今は『コスプレ』がどーのこーのというさっきのオレの発言のせいで、内心冷穏やかじゃないだろう。
ここは『ちゃんと騙されましたよー』というポーズをとるためにも、さっきの『エルフっぽい人』発言は謝るか。
あっちも仕事だろうから、会話はスムーズにいくはずだ。
とりあえずすすめられた椅子に座って頭を下げる。
「さっきは変なこと言ってすいません。一瞬視界がぼやけてよく見えなかったんです」
するとエルフの神官さんは、不思議そうな顔をしたものの気にしない事にしたらしい。
「ああ、そうだったんですか。よくは分かりませんでしたがビックリしましたよ」
と笑ってくれた。
しかしコレが全てドッキリ成功のための布石とは、何と言う演技力なんだ。このクオリティーはプロの役者並みと言ってもいいだろう。
修次よ、お前は人選にまで金を掛かけたというのか。
驚愕と衝撃の冷めやらぬ中、役者さんは可愛らしい笑顔で自己紹介を開始する。
「私はこの神殿の神官をやっているティーリアと言います。よろしければお名前をお聞きしても?」
ティーリアか。『やっぱり』と言うべきか、間違いなく偽名だなこれは。
「あ、オレは鉄平っていいます。テツでいいですよ」
どうせ修次からテツで紹介されてるだろうしね。
「そうですか。テツ様とここであったのもマーリア様のご加護でしょう、体調が完全に回復するまで休んでいってください。大怪我でしたからね、神聖魔法で治療したとはいえ後遺症が無いとも限りません」
「おお、神聖魔法」
セリフがファンタジーだ。まあそれはいいとして。
「とりあえず様付けは勘弁してください」
ドッキリだと分かってはいても、というか分かっているからこそ恥ずかしい。
「え、そうですか? 分かりました。それにしてもテツさんは何故このような所で倒れていたんですか? それも頭にあんな怪我を負って」
「そう、ですね」
友達のパソコンを頭に喰らって気絶しました。と言っていいものかどうか。……正直言う気にはなれん。
「えーっと、ちなみにここは何処なんですかね?」
オレはとりあえず話を逸らすことにした。
「え、知らずに入って来たんですか?」
「え、ええ」
これは、マズったか? いや、この程度ならオレの誤魔化しスキルでも十分切り抜けられそうだ。
「実は昨日酒を飲みすぎたみたいで、途中から記憶が飛んじゃってるんですよ。まあ頭は……どこかの角にぶつけたんだじゃないですかね」
「まあ、そうなんですか。テツさんって面白い人なんですね。もう飲みすぎちゃダメですよ」
「……以後気を付けます」
オレは何故騙されたふりして嘘をついた揚句、『おもしろい人』認定されてるんだ……。そりゃ仕掛け人側からしたら面白いかもしれないけどさぁ。
「でも酔い潰れてたわりにはお酒臭くないですね」
うっ、今度はソコにツッコミを入れるか。
「そ、そうですか? まあ酒臭くても嫌ですし、オレとしちゃありがたいですけどね」
「フフッ、それもそうですね」
よし、納得した(?)ようだ。この酔い潰れて記憶ないフリ作戦は正解だった……のかな。
「えっと、此処がどこかでしたね。此処は慈愛と始まりの神マーリア様を祀る神殿の一つ。『始まりの神殿』と呼ばれている場所です。多くの英雄の旅立ちと功績が記録された歴史ある神殿なんですよ」
『始まりの神殿』。という事は昨日の『アルジャンワールド』で最初に出てきたあの場所か。
ドッキリなのに趣味全開。やはりオレに気づかれるのは前提という事なのだろう。
「一応確認ですけどこの町の名前って『迷宮都市ラース』ですよね」
「はい、本当に一応ですね」
「まあ確認ですからね。実はこの町に来たの昨日なんでちょっと不安になっちゃったんですよ。酒で記憶飛んじゃってましたし」
「まあ、そうだったんですか」
「いやー、田舎者なんでちょっと舞い上がっちゃいました」
「これからは気を付けて下さいね」
「……そうですね。分かりました」
何て理不尽な飲酒レクチャー。オレ酒なんて飲んだ事無いのに。
ま、まあ何にせよこれで『アルジャンワールドアルジャンワールド』ネタなのは確定したと言って良いだろう。
そしてお淑やかなコスプレイヤー、ティーリアさんが爆弾発言を投下した。
「そういえば今日は一週間に1度のフリーマーケットの日なんですよ。せっかくですし体調が戻ったら見に行ってみてはどうです? 何か掘り出し物があるかもしれませんし」
「へー、そうなんですか」
「ええ、そうなんです!」
一見すると普通な話題。だがこの会話の危険性がオレには分かる。コレはドッキリをバラすためのネタフリだ。
扉の外に『ドッキリでしたー!!』と書かれた看板を持った修次が待ち構えているのが見ないでも分かる。
行くべき……なんだろうけど、内情が推理できてしまったからこそ騙されたおマヌケ君としては行きたくない。というのがオレの本音だ。こんな事ならっこのドッキリの為にかかった資金やスタッフさんの努力を無視して、最初から『え、コレってドッキリですよね』と空気の読めない指摘をしておけばよかった。
そうやって悩む様子を見たティーリアさんはオレの背中を押すべく優しく言葉をかける。
「ほら、窓の外はにぎやかですよ」
「え、窓の外?」
そういえばドッキリの対処にいっぱいいっぱいで見もしなかった。が、確かに窓から外の様子をうかがう事が出来る。見てみるとそこには見たこともない光景が広がっていた。
ファンタジーにありがちな中世の街並みに武器防具を装備した通行人。
獣人と思われるネコ耳のや獣顔の人、ドワーフと思われる背の低い老人や、ティーリアさんと同様に耳のとがったエルフ。中にはモンスターと思われる生物を連れた人までいる。
ただ道を歩く人から道沿いに立ち並ぶ露店へと足を運ぶ人まで老若男女様々な人が通って行く光景は、街に活気がある事をよく表していた。
コレがガラス1枚を挟んだ向こうに広がっているのかと思うとものすごく不思議な感じがする。まさにファンタジーだな。
「……って違えよ。そうだけど違う!」
「え? え!?」
「あ、すいませんティーリアさん。何でもないですから」
「え、あ、はい。そうですか? 本当に大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
だが内心は全然大丈夫じゃない。
何だこの現実離れした窓の外。地球は? 日本は? オレの地元は!?
まさかあれだけの数の人間に特殊メイクを施し、かつこんなファンタジーなロケ地を用意したと? いや、どう考えても不可能だ。いくら修次でもコレは無理。
考えたくもないが、すごく嫌な予感がする。
「あのー、ティーリアさん」
「はい」
「これも一応の確認なんですけど、ティーリアさん魔法って使えます?」
「ええ、もちろん。テツさん怪我は私の[神聖魔法]で治療したんですから」
「そ、そうなんですか。それはありがとうございました」
言い切りやがった。やっぱり演技じゃな……いや、まだ分からん。
「何か魔法を見せてもらってもいいですか? 神聖魔法ってあんまり見たことないんで」
「そうなんですか。ならもしかしてテツさんの故郷では[治療師]の方が主流だったんですか?」
[治療師]。昨日見た修次の持ちジョブにあった職業だな。正直に『あったとしても多分廃れてます』とは言えないし。ここはとりあえず、話を合わせてみることにするか。
「え、ええ。実はそうなんですよ。だから見る機会があまりなくて。ダメですか?」
「いえ、もちろんいいですよ。神官の[神聖魔法]には[治療師]の[回復魔法]と違って攻撃用のものもありますからね。興味がわくのも分かります」
うわぁ、魔法見せる事了承しちゃったよ。淀みなく言い切ったよ。ドッキリだったら普通回りくどく断るトコなのに。
……いや、呪文の後に看板持った修次が「ってできるわけないだろっ」と飛び込んでくる可能性も十分にある。小道具使ってそれっぽく見せることだって出来なくは無いだろうしな。
まだだ、まだ終わっちゃいない!
オレがそんなことを考えてるうちにティーリアさんは腕を宙に突き出して詠唱を始めていた。
「この手に織りなすは破魔の力、制裁の雷……」
ティーリアさんの前で、まるで呪文に導かれるように光の魔法陣が描かれていく。まるで一言一言が線の1つ1つを作り上げていく様だ。
「すげえ」
その辺のオタクがノリノリでいう呪文とは声のレベルが違う。口から発せられるその一言一言にハッキリとした力の重さを感じるのだ。
そしてついに魔方陣が完成する。
「[ホーリースパーク]!!」
ティーリアさんの言葉と同時に神殿の中に針山状の白雷が広がった。
「すっげえ」
この魔法はどう見ても本物だ。アレを小道具でどうにかするとか多分無理。だがそうなると今のオレの状況を説明できる言葉が一つになってしまう。
つまりは『異世界トリップ』。
どうやらオレはシャレにならない環境にぶちこまれていたらしい。
「まあこんなものですね」
「へー、そんなものなんですか(棒)」
雷が収まってガックリきてるオレとは対照的に、ティーリアさんは満足そうにうなずいている。
どうやら使った魔法の間合いは2メートルほど、広がった白いパルスの継続時間から考えて硬化時間は5秒くらいらしい。
スタンガンよりは間違いなく凶悪だろう。
「どうでしたか私の魔法は?」
自分の魔法が眩しかったのかティーリアさんが目を擦りながら聞いて来る。
「すごかったです。ビックリしましたよ」
ホント色んな意味で驚いて絶望のどん底です。
「本当ですか? そう言ってもらえると嬉しいです。見せたかいがありました」
「あ、ありがとう、ございました」
どうやらティーリアさんは、絶妙なタイミングで絶妙なセリフを言う人らしい。
しかしこれからどうしようか?
今の状況は結構ヤバイ。冷静に自分の状況を考えれば見ず知らずのファンタジー世界で、無一文ホームレスになるのだ。
とはいえあんまり此処にいるわけにもいかないだろう。気は進まないが外に出るしかない。
「それじゃあオレそろそろ行きますね」
「あ、そうですか。くれぐれも気を付けてくださいね。特にお酒に」
ああ、さっきのホラ話を信じてくれてるのか。
さすがに少し良心が痛むが、こればっかりは仕方のない。さすがに『異世界から来ました』なんて、さっきの嘘よりも嘘くさいからな。
しかしこの神殿といい町といい例のゲーム、『アルジャンワールド』そのままなのが気になるな。セーブポイントとかもあるのだろうか。
ゲームではこの神殿を出てすぐの広場の真ん中にセーブポイントとして大きなクリスタルが置かれていたはずだが。
「あの、もう1つだけ聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
「此処を出てすぐの所に広場がありますよね」
「ええ」
「で、ですよね」
やっぱあるのか。
「それで、その広場の中心に大きなクリスタルってあります?」
「クリスタルですか? 何千年も前にそういうものがあったという伝承が、私たちエルフの昔話にあったと思いますが」
「何千年も前。そうですか」
つまりゲームと違って死んだらそこまでの世界って事か。気落ちするオレを見てティーリアさんが励ますように声を掛ける。
「替りと言ってはなんですが、今は百年前にこの世界を救った異世界の勇者の像が建っていますよ」
「異世界の……勇者?」
まさか同郷の人なのだろうか? もしそうならしかるべき人に頼めば案外簡単に帰れるかもしれない。
ティーリアさんはそのまま田舎者設定のオレに像の説明をしてくれる。
「百年前に魔王が世界を滅ぼしかけた時、勇者が魔王を倒した事は知っていますね?」
「あ、はい。そのくらいは」
知らんけど。何か常識っぽいからここはYESで通す。
「あまり知られてはいませんが実はその勇者は各国の王達が自国最高の魔術師達を集め異世界から召喚した最強の王様だったらしいのです。」
「へえー、そうだったんですか」
しかし召喚されたのが王様とはね。勇者の出身した世界はオレがいた世界とは別の世界か、同じだとしても時代が違ってそうだ。
例えその勇者が基の世界に帰っていたとしても同じ方法で家に帰れる可能性は低そう。帰還フラグ終了のお知らせである。
「その圧倒的な実力の一端に触れた各国の王達は『これで世界が救われる』と涙したと聞いています」
「へー、すごかったんですね」
「ええ、そしてその英雄を称えるために作られたのが広場の像というわけなんです。大きい街の広場にはたいてい立ってますよ」
「なるほど」
流石は勇者。ずいぶんと慕われている。
広場には大抵像があるということは、像が建てられた当時の人気は相当なものだったのだろう。
「説明としてはこのくらいですね。後は自分の目で確かめた方が早いです。すぐそこですしね」
「ですね。色々と教えてくださって本当にありがとうございました」
「いえ、お話しできて楽しかったです。またお時間のある時に遊びに来てくださいね」
「はい」
本当に良い人、もとい良いエルフだったな。美人で優しくて質問にちゃんと答えてくれて。異世界に来て最初にあったのがティーリアさんで良かったな。
目が覚めていきなり戦闘。とかでなく、平和な異世界トリップスタートを切れたのもよかった。
今は何とかなると信じて、食糧探し兼観光といこう。
せっかく来た剣と魔法の世界なんだ。帰るまで楽しんだ方がいいに決まってるしな。
「それじゃあ行きますか」
腹をくくったオレは神殿の厚い扉をあけ放つ。
防音性の高い扉だったらしく開けた途端に外の喧騒が神殿の中へと流れ込むと同時に、さっきまで窓の向こうにあった光景が。文字通り新しい世界が目の前に広がっていく。
本当に異世界に来たんだ。
建物も住人も今まで住んでいた場所とは全く違う。全く別の世界。
一体どんなものが待っているのだろう。
ふと広場に目をやればティーリアさんの話の通り台座に乗った勇者の像が見えた。天に向かって剣を振り上げるゴツイ鎧を着た戦士の像。
ああして立派に異世界を生き抜いた先輩だっているのだ。オレにだってきっと生きていける。
そして自分を奮い立たせて踏み出した1歩目が地面に着くのと同時に、ある事に気が付いたオレのテンションはハイだった所から一瞬で地の果てへと落ちていったのだった。
「ダメだ、立てない」
地面に両膝をついたオレは憎々しげに呟く事しかできない。
それほどまでに、目の前の現実に打ちのめされていた。
「見なきゃ……よかった」
神も仏もないとはこの事を言うのだろうか。
絶望で真っ黒に染まったオレの瞳にはピッチリ七三ヘアーの勇者像が堂々とした姿で建っていた。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
とうとう第一章が始まってしまいました。
最初はちょっとインパクトのあるモブキャラとして書いた例のピッチリ七三がにいつの間にかずいぶんと成り上がってしまってます。