第二章 第八話「ほう片手でとな」
前回のあらすじ。
リアルマネー、それは世界を左右する禁断の力。
トーク力、それは場を混乱させるテンションの力。
「まあその、なんだ。……良い連携だったと思うぞ?」
開口一番、こちらへとやってきたアリスさんがねぎらいの言葉を口にする。
その語尾が疑問系な事に『ああ、やっぱこの世界の人から見てもさっきのは異常だったんだな』と思っていると、アリスさんがチラッとこちらに目を向けた。
「テツは……そのあたりか?」
ステルスが看破されていた。
「え? よく分かりましたね」
驚いていると、アリスさんは平然とした口調で、
「君は隠密技能を持っていないみたいだからな。身体強化すれば痕跡と気配である程度のアタリはつくさ。獣人あたりなら素の感覚でも勘付くんじゃないか?」
と何でもない事のように言ってのける。
そういえばさっきも獣人に気付かれてたな。
そういうものなのだろう。単にBランク以上の冒険者がおかしいだけ。という気はするが、一定レベルを超えた相手を前に道具に頼るだけでは足りないというのも事実らしい。
ちゃんとステルス行動したければ隠密技能を身に着けろ。というわけだ。
ハードルが高い。
そのことにげんなりしたオレは、
「もしかしてさっきの不意打ち、結構危なかったんですかね……」
と苦笑混じりの言葉を返す。そんなオレに、
「前提条件が良かったんだろうな」
と言ったアリスさんは、
「先ほどの、あー、冷凍ビームか。うん。ソレを受けた冒険者達は、襲撃犯の協力者について一切の情報が不明という状況で身構えていた。その上人数も多かったからな。居ると分かっても敵か味方か判別出来なかったのだろう。……誘導も強烈だったしな」
と、どこか遠くを見る様に締めくくった。
「ある意味都合が良い状況だった。ってことですか」
流石にそのあたりの判断は難しいな。
オレが経験不足を感じていると、前にいたMrフルフェイスがオレたちのほうに振り返る。
「おぉい、喋ってねえでさっさといかねぇか? 俺様の『冷凍ビーム』を回避した連中がこっちを伺ってやがるぜ?」
言われ、慌てて周囲を見れば、動けなくなった人影に紛れ静かにこちらの様子を見ている冒険者たちが確認できた。
恐ろしいことに、
「あ、おい今の声聞いたか! あの鎧、こっちに気付いてやがる!」
とMrフルフェイスの言葉を聞きつけた相手の声が聞こえてくる。
やばい、これは来るか……!?
おそらく戦闘は避けられない。そのことに焦りを感じたオレは、
どうする、魔法で不意打ち? いや、でも[ストップ]で固まった無防備な人に当たるかも……、そもそもオレの位置はバレてるかのか?
と混乱しかけた頭で思考する。
しかしそんなオレを嘲笑うかのように状況は動き続けていた。
その事を思い知らせるかの様に、こちらを伺っていた弓使いの冒険者がポツリとあることを口にする。
「なあ、ちょっと思ったんだが……あの鎧の声、アイツじゃね? ほら、この前ギルドで騒いでた……」
オレは思いっきり混乱した。
「うわあ、これ不味いだろ……」
思わず口から愚痴が出て、焦りの感情と共に『やっぱり!』という言葉が思い浮かぶ。
あれだけ良い空気吸って喋っていたのだ。正体がばれても無理はない。
でも元々はリデルの救出作戦なんだし、バレてもいいんじゃなかったっけ? 偽物だってことは相手の親玉にバレる前提だし……ああ、でも正体がバレる前提じゃないか。
そこまで考え、『じゃあダメだ』と結論を出したオレは、
最悪オレの空間魔法で逃げろ。って話だったけど……脱出できても指名手配されたらヤバイよなぁ。
と自分の未来を悲観した。
そんな中、弓使いのトンデモ発言に大盾を持った冒険者が弓使いに同意する。
「あ、それ俺も思った、あれだろ? よく器物破損して衛兵にしょっ引かれてる『御用武者』 」
盾使いの口から出たのは知らない人の二つ名だった。
え……? 人違い?
呆気にとられていると、盾使いに言われた弓使いが再び口を開いく。
「は? 何言ってんだお前。俺が言ったのは盗賊ギルドの『アングラ騎士』のことだぜ?」
するとそれを聞いた周りにいた他の冒険者、杖を持った女性、メガネの男、中年、幼さの残る女の子がそれぞれ異論を唱えだした。
「え? 私は『絶対不破』さんだと思ったんですが。間違えちゃったかな?」
「違います。あの男は薄利多売の欠陥商人、『飯屋ライザー』! 商人ギルドの異端児が、まさかこのような形で祟るとは……」
「おいおい、何言ってんだお前ら。声なんかはスキルで簡単に変えれるだろ? あの特殊な装備で判断しろよな。というわけで『軍筒闘士』! ……外したか?」
「あ、分かっちゃいました! この人の正体は幼女好きで有名なユニコーン乗りの『ロリコーンナイト』、通称ロリコーンさんですよ! 私あんな感じのヘルムつけてるの見たことありますもん!」
それぞれが思い思いに二つ名を列挙していく。最後に喋った女の子にいたっては、
「ほら、ロリコーンさん、先日うちの妹に飴ちゃんあげてましたよね! 私のこと覚えてますか? ……ところで私思ったんですけど、ヘルム被って『羽ばたき仮面』は無理があると思うんです。いっそ今ここで取りませんか?」
と手を振りながら話していた。
Mrフルフェイスは『いやあ』とでも言いたげに頭をかいて女の子に向けて手を振りかえしている。
当たり前だがヘルムを取る気はないらしい。
それを横から見ていたオレとアリスさんは、
「一瞬、開始数分で企画倒れになるかと思いましたよ。あっぶねぇ……」
「全くだ。世の中に鎧姿の冒険者が多くて助かったな」
と内心肩を撫で下ろす。
恐ろしいことに一人、正解を言い当てた人がいた。もしあのまま気付かれたらとんでもなく面倒な事になっていただろう。
同じような危機感を感じたらしく、Mrフルフェイスも、
「おぉい、さっさと行くぞ」
と急かすように手招きする。その言葉にうなずいたオレ達はタイミングを合わせて屋敷の正面扉へと走り出した。
後ろで、『あ!』という声が聞こえたが当然のごとくガン無視。
しかし警備の冒険者たちもオレ達の動きに素早く反応。捕まえようと動き出していた。
「ごめんなさいね、行かせるわけにはいかないの」
という言葉と共に、先ほど正解を言い当てた女冒険者が、手に持っていた杖を振り上げる。
どこからどう見ても魔法職。
つまりはご同業だな。と思った瞬間、[魔力感知]に引っかかりを感じたオレは、違和感の位置に目を向けた。
見れば足元に魔法陣が展開している。
「下から来ます!」
というオレの警告に一泊遅れて、地面から石杭が突き上がった。
動けない冒険者を避けた下からの一撃か……!
人混みが障害になるこの状況では誤射を避けやすい上下からの点攻撃が有効という事らしい。さすがBランク以上の冒険者、勉強になる。
「それにしても無詠唱かよっ」
流石異世界甘くない。と思わず驚愕の声が出る。その言葉に、
「違うぞ、今のはあの杖、マジックアイテムの効果だ」
と答えたアリスさんの声に驚き、改めて女魔術師を見たオレは相手が呪文の詠唱をしている事に気づいて歯噛みした。
マジックアイテムを利用した魔法の連撃。
すでに相手の展開した魔方陣が完成しようとしていた。
その動きを見たアリスさんが、
「シルフ! 奴らを抑え込め!」
と精霊魔法を発動。上空に位置したシルフが、上からの風圧で冒険者たちの行動を阻害する。
速い。
しかもポイントが的確だ。動ける冒険者にのみ風圧が集中。風で地面から巻き上げられた砂が、彼らの顔面に殺到する。
シルフの独断だろうか? さすが精霊、えげつない足止めだ。
思わず感心したオレは、
「長くはもたない。今のうちに行くぞ!」
というアリスさんの声を聴いて、弾かれたように走り出した。
直後、追手の冒険者達がシルフへの対応を開始。
「逃がすかよ。おっさんと姐さん!」
という弓使いの声に、中年剣士と女魔術師が反応。中年がタメを作り、女魔術師が詠唱を切り替える。
「付与しろメガネ!」
という中年の声に、メガネの魔術師が杖を掲げて愚痴を言った。
「メガネ呼びは勘弁してください。[エンチャント・ウインド]」
「なに気にすんな、[サークルエッジ] !」
「空に向かって[ウインドウォール] !」
風のエンチャントを纏った剣腹の一撃でシルフの風が押し戻される。直後、空に向かって放たれた固定化された風の壁に、シルフが巻き込まれ吹き飛ばされた。
「そう簡単にはいかないって事か」
さすがに腕利きが集まっている。
相手が足止めを突破した様子を見たオレは、その事を走りながら痛感した。
●
一方、Mrフルフェイスこと『羽ばたき仮面』を追う冒険者達は、少ない人数ながらも自らの職務を果たすために動いていた。
リーダー格の中年剣士を筆頭に、青年の大盾使いと弓使い、女の子の槍使いに加えて、女性とメガネの魔術師が続く、計六人のパーティーで前を行く侵入者を追いかけている。
「おっさん! あの鎧、正面扉から屋敷に入る気だ!」
侵入者の主犯と思われる鎧の姿を捉え、弓使いが叫ぶ。
そしてその動きを牽制すべく弓に矢をつがえた弓使いは、移動する鎧の姿を見て舌打ちを打った。
地面すれすれの浮遊状態か……。
思ったよりも厄介な相手だ。
本来ならば次の動作が確定するレベルの挙動や体重移動。それを浮遊する事でフェイクとして成り立たせた敵は、地面を蹴った動作で真逆に移動するなどのフェイントでこちらの誤射を誘ってくる。正直言って撃ちにくい。
その事に『ならば』と考えた弓使いは、つがえた矢に魔力を流し、矢に追尾機能を持たせる[シーカーアロー]を待機状態で発動。視界に浮かんだスキルのターゲットマーカーをMrフルフェイスに合わせて目標ポイントを確定する。
狙いは顔面。
「喰らいやがれ……!」
そう口にした弓使いは、矢から手を離し、追尾の一手を撃ち放った。
追尾機能付きの一矢が、人ごみの隙間を飛んでいく。
その軌道は静止した障害物が問題にならない事を証明し、一直線に敵のヘルムへと向かっていた。
もちろん必中とは言えない、ガードされればそれまでの一撃だ。
しかしその撃ち落す動作を隙として狙える面子が冒険者側には揃っていた。
さっきのよく分からん必殺技には驚かされたが、所詮は二、三人。こっちが数で勝る以上やりようはあるってもんだ。
内心で唱え、そのことを自信とした弓使いは、
「さあ、どうするよ?」
と挑発の感情を込めてMrフルフェイスを視線で追いかける。
鎧が、近くにいた冒険者を掴み取っていた。
●
……え、この人何してんの?
人ごみを縫うように飛来する弓矢。その接近に気付いたオレは、その標的となったMrフルフェイスの行動を見て呆気にとられていた。
まるで荷物を取るかのような動作で、近くにいた冒険者の襟首を掴んだMrフルフェイスが、当然のようにその冒険者を持ち上げる。おそらくは腕に浮力が集中しているのだろう。
気軽さすら感じる片手持ちだ。
そしてその行動の狙いに気付いたオレは、頬が引きつるのを自覚する。
最悪だこの人!
そう思った次の瞬間、Mrフルフェイスめがけて飛んできた矢が、その冒険者に命中した。
「ああ! 何てことしやがるっ!」
弓使いのが焦った叫び声をあげる。撃った本人だから焦りもひとしおなのだろう。
その言葉を聴いたオレは、ホントだよ。と内心で同意した。
哀れな被害者は魔法職らしき白衣のローブに胸鎧を装備した男の冒険者だ。装備していた鎧に当たったのだろう。矢は乾いた音を立てて弾かれていた。
さすがはBランク以上の冒険者。装備もいいものを使っているらしい。
涙目の持ち主とその装備は傷一つなく固まっていた。
一連の行動を見た[ストップ]状態の冒険者達が思わず顔を青くする。
そんな中、Mrフルフェイスはオレとアリスさんを庇うように位置取りを変化。片手持ちされた被疑者の顔が相手に向くよう細かく角度を調節する。
盾替わりにされた冒険者が『次また撃ちやがったら殺す』とでも言いたげな視線で弓使いを威圧した。
「ぐっ、やってくれるなこの野郎」
と睨まれた弓使いが唸り声をあげる一方、元凶であるはずのMrフルフェイスは、
「ふはは、残念だったなぁ。俺様の『冷凍ビーム』を喰らったこいつらはそこそこの間動けない! しかも、俺様はこれ以上こいつらに攻撃しない! つまり、今からこいつらが受ける全てのダメージは全部テメエ等のせいとなるのだぁ! おっら、攻撃してみろや」
と挑発し、さりげなく全責任を相手に擦り付けていた。
味方から見ても外道である。
そんなMrフルフェイスを見て思う所があったのだろう。アリスさんが小声でこっそりと苦言を呈す。
「おい、さすがにやりすぎじゃないのか?」
常識的な正論だった。
しかしMrフルフェイスは、
「おぉい、勘違いすんじゃあねぇよ。俺様が何の保険もなくこんな手を取ったと思ってんのかぁ?」
と心外そうに、小さな声で話し出すと、
「いいかぁ? この鎧の特殊スキル、[迎撃の逆風] は飛んできた矢を弾く効果を持つ。つまり弓矢は完全に無効ってことだ。これでも気ぃ使って動いてんだぜ? 盾にした奴にダメージを行かせてねえよ」
と意外な事実を口にした。
この人、凄い。敵の攻撃も味方の苦情も全部アイテムの力で解決しやがった!
と妙な関心をさせられたオレは、
そういえばさっき撃たれた人、涙目だったな。
と先ほどの光景を思い出して一人納得していた。
本当に防具が良ければあの反応はあり得ない。やはり普通に当ったらヤバかったのだろう。
心臓に悪そうな、実に嫌なフォローだった。
そんなオレの前で、不思議そうな顔をしたアリスさんは、
「じゃあその冒険者、意味ないじゃないか」
ともっともなコメントを口にした。
確かに……!
何故気づかなかったのだろう。
鎧の効果で矢が無効なら最初から盾なんて必要ない。もっともなツッコミだ。
その事に衝撃を受けたオレは、すぐさまMrフルフェイスに視線を向ける。
すると当の本人は真剣な小声で、自分の意見を口にした。
「分からねえか? コイツはこちらが心理的に相手の出足を抑え、なおかつ敵の余裕と選択肢を削り取る効果的な一手。……つまりは嫌がらせだぁ!」
身もふたもない結論だった。
ああ、リデルもこんな感じだったな。
と先日のバカを思い出し、これがモデルケースかとオレはいまさら理解した。
年季が入っている分、実務的で性質が悪い。しかもさっきの返答など最後の部分だけ大声である。
その言葉は動ける冒険者達にも聞こえたらしく、
「くそっ、何が嫌がらせだ! なあおっさん。撃っていいと思うか!?」
と弓使いが弓に矢をつがえ、仲間に確認を取っていた。
Mrフルフェイスが冒険者の盾を使ったため、弓使いには[迎撃の逆風]で弾かれた自覚がないのだろう。
いつの間にか弓使いのヘイトをMrフルフェイスが一身に集め、オレやアリスさんに矢が撃たれにくい状況が出来上がっていた。
「ああ、さっきのアレはそういう事なのか。……意味、あったんだな」
驚いた顔でアリスさんが呟いた。
その言葉に同情していると、頭に血が上った弓使いに中年冒険者が待ったをかける声が聞こえてきた。
「やめろ! あの盾にされてる冒険者、Aランクの『ごめんなサイエンス』だ! 見ろあの目、俺たちの顔を脳裏に刻んでやがる。今度ダメージ入れたら最後。後日、適当な謝罪と一緒に爆発物を投げ込まれるぞ!」
どうやら冒険者の盾は二つ名もちだったらしい。キャラが濃そうな説明だ。
その事実を聞いた弓使いは、気丈にも、
「くっ……でも、要は当てなきゃいいんだろ。やってやるぜ」
と言っててみせる。
するとその言葉を聞いたMrフルフェイスが空いていたほうの手で二人目の冒険者を手に取り、中年冒険者が悲痛な叫び声をあげた。
「ああ! あの娘は配達業界の癒し系アイドル、『速達ヒール』! やめろ、うちの娘があの子と仲良しなんだ! 当たったら……というか撃ったら最後、あの娘のファンに殺されちまうっ」
「ああ、くそっ、俺もファンだよド畜生! 嫌な人選しやがって……!」
弓使いが恨めし気に呻く中、盾にされてる本人は羞恥心で顔を真っ赤に染めていく。
すると、流石に悪いと思ったのか、Mrフルフェイスは『速達ヒール』と呼ばれた女性を降ろし、次の冒険者に手を伸ばした。
ああ、女の人相手には気を使うんだな。
と意外なフェニミズムに驚いたオレは、先ほどから解説役になっている中年冒険者へと目を向ける。
新しく掴まれた冒険者を見た中年は驚愕の表情を浮かべていた。
またヤバい人でも引いたのだろうか?
そんな気がしたオレは持ち上げられた冒険者を見る。
先ほどの『速達ヒール』と同年代くらいだろう。今度は男の冒険者だ。それほどヤバそうには見えないが、先ほどの中年冒険者の表情から察するに、この人にも何かあると見て良い。
一体何者なんだ……?
この場にいる全員が気にしているらしい。疑問を含んだ静かな空気が辺りに満ちる。
そして沈黙の流れる中で、ゆっくりと中年が話し出した。
「そいつは知らないやつだ。よし、撃っていいぞ。というか撃て」
果断な即決だった。
……え?
予想外の言葉に内心、間の抜けた声が出る。
知らない奴だから撃っていい。はどう考えても理屈としておかしい。
その事に驚いていると、オレと同様、驚愕した弓使いが中年冒険者に話しかけた。
「え? いや、おっさん。アレ、あんたの娘さんの彼氏じゃなかったか?」
衝撃の新事実である。
少し話が見えてきた。が、中年は弓使いの言葉に対しその首を横に振っていた。
「いいや、人違いだ。オレはあんな奴知らん。撃て。今なら殺れる……撃つんだ」
中年は殺る気、というか殺らせる気満々。その事に弓使いが異議を上げる。
「いや、そもそも標的変わってんじゃねえか! いいかオッサン、俺が矢を当てたいのはあの鎧! あの冒険者はどうだっていいの!」
「どうだっていいなら撃ったっていいじゃねーか! 撃てよぉ!」
凄まじい返しだった。
「すごい、超理論だ……」
「なかなか話せる口だな、おっさん」
メガネや盾使いが呆然と呟く。相手の女魔術師が、
「なんて恐ろしい人選、まさに悪魔の所業よ……!」
と口元を抑えて嘆く横では、槍使いの女の子が、
「やばいですね。あたし帰りたくなってきました」
と思いっきり引いていた。
「うーむ、闇が深いぜぇ」
というMrフルフェイスのコメントが妙にしっくりきてやるせない。
だんだんとカオスになってきたなあ。
一歩引いた視点で眺めていたオレは、でも冷凍ビームが出た時点で兆候はあったしなあ。と現状の流れに納得を作る。
ふと気になって、
「なんか思ってた対人戦と大分違うんですけど。実戦ってこんな感じなんですね」
とアリスさんに聞くと、
「いや、勘違いするなよ? 対人戦に人間関係が絡むのはしょうがないというか。絡むことなく明後日の方向に飛んでいく事もたまにはあるというか。こっちにとっては初対面でも、向こうは向こうでこれまでの人生があるわけでだな……」
と混乱まじりのフォローが来た。
その言葉に、『たまにはこんなのもあるのか』と衝撃を受けたオレは、世界って複雑だよな。と妙な悟りの境地に到達するのだった。
●
一方、会話にならないと気付いた弓使いは、
「だー、おっさんが壊れたっ! おい、何とかしてくれ!」
と、近くで動く人影に気づき、助けを求めて声をかけていた。
しかし何故か人影からの返事がなく、様子もおかしい。
弓使いたちと同様に冷凍ビームを回避したらしく、動いてはいる。ただ少々人間離れした身長なのか月明かりの下で大きな影を作っていた。
その事に疑問を感じた弓使いが、改めて人陰に向き直る。すると、その段階になってようやくその人影が返答した。
「MURiiiiiiiiiiiii」
モンスターだった。
「はあぁ!? [シャドウオーガ]じゃねえかっ! おっさん、正気に戻れ! ああくそ、何でこんなのがいやがる! こいつSランクだろ? ……厄日か」
見れば[シャドウオーガ]の足元に召喚陣が展開している。どうやらこの新手は召喚モンスターらしい。
焦る弓使いの声を聴いて、中年冒険者が正気に戻る。
「ええい、あと少しのところで!」
と悔しそうに吐き捨てた中年は、弓使いと[シャドウオーガ]の間へと、割り込む形で躍り込んだ。
●
突如出現した[シャドウオーガ]に慌てふためく冒険者達。
その様子を見ていたアリスさんが、
「あれは……ああ、君か」
とオレの方を見て納得の声を作っていた。その事を肯定し、
「隙だらけだったので召喚しておきました」
と言葉を返したオレは、[シャドウオーガ]の横に三体のモンスターを追加召喚。計4体のモンスターを場に残し、六人の冒険者に相対させる。
AランクとSランクのモンスター達だ。足止めとしては十分だろう。
そう考えたオレは、アリスさんの、
「よし、今のうちに行くぞ」
という言葉に頷いて、正面扉の前へと移動。
冒険者の盾を置き捨てたMrフルフェイスが、重厚感のある扉を開け放つのに合わせて、残りの召喚枠を使い切り、二体のモンスターを召喚した。
いよいよ敵の本丸だ。
ファブロフ爺さんによると、この屋敷の中にはSSランクの使い手と、Sランク 相当の実力を持つ冒険者がいるらしい。
それがどのくらい強いのか。そして、そのレベルを相手にオレはどこまでやれるのか。
そんな好奇心に近い疑問を抱えたオレは、腹の中に居座るような緊張を覚えながら屋敷の入り口をくぐり、その中へと足を踏み入れる。
まさにここからが正念場だった。