第二章 第七話「ほう襲撃戦とな」
視点移動ができるようになり、書くのが大分楽になりました。
試験投稿の際にいただいた読者の皆様方によるご意見、ご指摘がなければ今回の話は書けなかったと思います。
本当にありがとうございました。
前回のあらすじ。
予期せぬ仲間の追加は基本最初の会話に戸惑う
サーブされたジュースをおとなしく飲んでいると、外から外気と夕焼けの赤い光が入ってきた。
「あ、お疲れ様です」
という言葉と共に、ティーリアさんが店内に足を踏み入れる。
心なしか顔色が優れない。
「お疲れ様です。その、大丈夫ですか?」
「え? ええ。大丈夫ですよ。それでその、他の人たちは」
問われ、奥にアリスさんがいることを伝えると、それを聞いたティーリアさんは、
「あ、じゃあ私も着替えてきますね」
と言って店の奥へと歩いていく。
リデルの事を気にしているのだろう。沈んだ面持ちは余裕が無い。
だけど余裕がないのはこっちも一緒か。
気付けば集合時間まで、すでに一時間を切っていた。
その事に、地下に籠ると時間間隔が狂うな。と驚いたオレは、トイレを借りて中でステータスを操作。
ステルス機能を持つ[カメレオンローブ]に加え [アイアンロッド]を装備変更メニューを使う事で装備する。
来ている物が一瞬で変わるありさまに、おお、便利。と思いつつオレは、[カメレオンローブの使い方を確認した。
ローブの作りはパーカーに近い。
フードの部分がカメレオンの顔を、ファスナーの取っ手部分がカメレオンの巻き舌をデフォルメしており、名前にも納得のいくデザインだ。
迷彩機能は意識するだけでオンオフが効く便利使用だが、発動には魔力を使うらしく、10秒単位で魔力が5減っていくのがステータスから見て取れた。使用時の残りMPには気を付けた方が良いだろう。
というか行動中・戦闘中にステータス管理か……。
先日の戦闘では気にしなくとも戦えたが、今回もそれで行ける保証はない。
しかしだからと言って一日で何とかなる問題でもない。
「正直戦っている最中はそっちのけになりそうだけど……おいおい慣らしていくしかないか」
結局丸投げに近い結論を出したオレがトイレから出ると、少しし間をおいてファブロフ爺さんとMrフルフェイスらしき鎧の人物が入店した。
着替えたMrフルフェイスは装飾の多い鎧姿に裾の別れたマントを羽織っている。
『羽ばたき仮面』と言う名称に合わせたデザインにしたらしく、ヘルムの両横には広がりのあるミニチュアの翼。マントとは尾羽を意識したデザインになっていた。
ファッションショーをしただけはある。
これ見た相手の親玉は相当驚くだろう。かなり気合が入っていた。
「お疲れ様です。その鎧姿、良い感じですね」
ファブロフ爺さんにねぎらいの言葉をかけると、爺さんとしても満足のいく出来だったのか上機嫌な答えが返ってきた。
「うむ、そうじゃろう。こやつの手持ちにピッタリのが合ってのう。普段は使わんと言うからちょうどええと思って持ってきたんじゃ」
「へえ、使わないんですか? 何でまた」
聞けば、鎧の中から、
「性能が高すぎて鍛錬にならねぇんだよ。先祖代々伝わってる。つぅ話だが、地力がつかねえせえで、有事の際以外にゃ使い難くてな」
と意外な答えが返された。
性能が高すぎる?
その言葉に不可解を覚えたオレは[鑑定]をかけ鎧の性能を確認する。
[イカロスの大鎧] 全身鎧 ランクSS
使い手を大空へと導くイカロスの加護を受けた伝説の鎧。装備中の飛行が可能となる。
SPDにプラス補正、風魔法命中率上昇、防御スキル[迎撃の逆風]自動展開、不壊。
どう見てもチート装備だった。
「何だこの鎧……性能高すぎだろ」
同等以上の装備はオレの手持ちにもある。だがそれはゲームだったからこそ手に入ったもので、この世界で手に入れたものではない。
素材を集めて造ったのか、それとも迷宮で手に入れたのか。どちらにせよ危険度の高い場所に行かなければ手に入らない装備だろう。
これが二つ名持ちの冒険者か。とオレが驚いていると、ファブロフ爺さんが、
「あー、なんかえらい感心しとる様じゃが、騙されんようにの?」
と訂正の言葉を投げかけた。
「え、騙され? 話が良く見えないんですけど……」
「あー、じゃろうなぁ。実はこやつの鎧なんじゃが……まあ簡単に言えば、セクハの遺産でのぅ。この迷宮都市の防備のために幾つかの特殊な鎧をこやつ、『絶対不破』の実家であるリアルマ家に寄贈したんじゃよ。それでリアルマ家の人間は代々この手のチート装備を受け継いでおる。という訳なんじゃ」
つまり独力で揃えた装備じゃない。という事らしい。
「まあ戦力強化は望むところなんで、別にいいんですけど……」
答えたオレは、この強力すぎるSS装備に以前見たゲームの攻略サイトを連想。同時に『絶対不破』という二つ名の本質を理解した。
課金アイテムだ。
セクハさん経由で入手された『強力で壊れない、現実化したゲーム装備』とくれば、まず間違いはないだろう。
「そうか、こっちの人の手に残ったのか……」
そう呟いたオレは、そういう影響もあるんだな。と思いつつ、
「これ、二つ名に本人関係ないと言うか、もうこれ詐欺なんじゃ……」
とファブロフ爺さんに質問する。
「ええか、テツよ。武装関係の二つ名とはそういう物じゃ。例えば『なんとか剣』とかいう二つ名の者がおるとするじゃろう? もしそやつが『今日の気分は槍!』とか言って武装を変えても、基本二つ名はそのまま『なんとか剣』。そういうものなんじゃ。これは詐欺ではない。そういう決まり、規則なのじゃよ」
「まあ一々変更するのも面倒でしょうし、理解はできますけどね……。所で武装系の二つ名って多いんですか?」
「まあ戦闘スタイルや性格は被る事が多くて二つ名にしにくいからのぅ。武装系の二つ名は近年増える一方じゃな。クセの強いのは別じゃが」
「はぁ……ギルドも大変なんですね」
「まあのぉ。一応本人の申請があれば変更も可能じゃが……つけられると広まるのも一瞬じゃしなあ。変更しても昔の名前で呼ばれたりと、苦労しとる者も多いみたいじゃよ」
腕の良い冒険者と言うのも人によっては大変らしい。
そういえば『トラウマおじさん』とかそんな感じだったなあ。と考えていると、ファブロフ爺さんが、『ところで』と言って話し出す。
「他の面子は来ておらんのか? すでについておると本人達から報告を受けたんじゃが」
「ああ、今この奥で覆面とかつけてますよ。ウィラーさんはまだですけどね」
「まあ奴は時間ぎりぎりじゃろうな、性格的に。まあええ、とりあえず奥の二人が戻ったら突入方法についての提案をする。そのつもりでおってくれ。あとマスター、ビール、ジョッキでの」
どうやら突入のやり方に追加の提案があるらしい。
「んだよ爺さん。こいつに空間魔法で飛ばさせるってぇ話じゃなかったのかぁ?」
と、それを聞いたMrフルフェイスが爺さんに問う。
「いや、よくよく考えたら集まっとる連中のランクがランクじゃ。中には転移系の魔石を持っとる者もおるじゃろう。そいつで街に戻られた場合、間違いなく増援を連れてくるはずじゃ」
つまり転移で飛ばす戦術は無理という事だ。
まさか全員と正面からやり合うのか? と焦ったオレは、
「じゃあ、どうするんですか?」
とファブロフ爺さんに答えを求める。すると不敵な、というか邪悪な笑みを浮かべた爺さんは差し出されたジョッキを手に取りぐいっと煽って話し出す。
「しょうがないのう、じゃあお主らには先に話しておくか。なに、基本はおぬしが鍵じゃ。ええか、まずは……」
と、話し始めた爺さんの戦術は確かにオレ無しでは成り立たない、しかし確かな可能性を持つものだった。
●
「さすがに街外れ。人通りが少ないな」
あれからウィラーさんを加え、全体の流れを確認したオレは、自分の他、四人のメンバーと共に日の落ちた街外れにやって来ていた。カルネルの屋敷近く、五十メートルほど離れた路地裏で藤間期に屋敷を眺めている状態だ。
あの後、着替えを終えたティーリアさんがフォルムチェンジしたMrフルフェイスと会い、『初めまして』という初対面相手の対応を喰らったMrフルフェイスが、精神的にかなり凹む。という事件があったが『覚えられてないならフォローは効くさ。また初めからやりなおしゃー良い』というウィラーさんの励ましも効き、それ以外は特に何の問題も無く進行。
まずウィラーさんが依頼を受けた事にして屋敷の中に入るという事が決まっていた。
まあMrフルフェイスの方は、話しかけた事ないとか言ってたし。ティーリアさんにとってはよく見る鎧ぐらいの認識だったんだろう。
そんな事を考えていた俺の前で、
「ほんじゃ、おっ先ー。後からちゃんと来てね~、来ないと泣くぜー?」
と言ったウィラーさんが単独で屋敷へと歩いていく。
ウィラーさんの仕事は事態に乗じての人質捜索。俺たちがいかないと話にならない役割だ。
「見捨てませんって。そっちもよろしくお願いします」
と手を振って笑うウィラーさんに返したオレは、その後ろ姿を見送って蝙蝠型モンスター[ファントムバット]を召喚。[召喚士]のスキル、[感覚リンク]で視界を共有し偵察に送り出した。
召喚の試運転を兼ねた偵察である。命令を受けたバットは素早く夜空へ舞い上がり、ほどなくして[感覚リンク]による情報が送られてきた。
おお、違和感……!
視界にテレビを埋め込まれたような気分だ。遠近感が狂いそうになる。
それは召喚モンスターの方も同じなのかリンクのつながった視界がブレているのが目に見えた。
このままではいけないと両目を閉じて、視界とモンスターの飛行軌道を安定。
オレは思いもよらぬ初体験におっかなびっくりしながら、屋敷に配備された冒険者の数を確認した。
さすがに街中。屋敷の敷地外には出ず籠城体制を取っているらしい。
軽快は厳重。雇い入れた冒険者の大半は無駄にデカい庭に配備し、こちらを待ち構えているようだった。
「ファブロフ爺さんの予測通りか」
人質のいる屋敷の中に部外者。それもリデルの知人かもしれない相手を入れはしないだろう。という話を聞いていたオレは言葉を漏らす。
それを聞いたアリスさんとMrフルフェイスが、
「うむ、腕が鳴るな」
「おぉう、そんで冒険者の野郎どもはどんな様子だぁ?」
とオレに声をかける。その言葉に、
「半信半疑って所ですね。中には回答なんて来ないんじゃないかって思ってる態度の人もいます。真面目に警備しているのは……三分の一くらい、かな」
と返したオレはまさかこの二人と組むことになるとは。と苦笑した。
今回の襲撃ではファブロフ爺さんはギルドの別動隊を後方指揮。ティーリアさんは作戦後、負傷者の救護に回るらしく、実働はオレ、アリスさん、Mrフルフェイスの三人で行うとあらかじめ決められている。
さすがにギルドマスターと街の神官が動くのには無理があるらしい。
二人とも立場があるため実働は無理。というのが会議の段階で言われた結論だ。
そこで場数を踏んでいるアリスさんを中心に、Mrフルフェイスが陽動、オレが偵察と大技を担当する形になったのだった。
「ウィラーさんが屋敷内に入りました」
瞳を閉じた視界の向こうで、召喚モンスターとリンクした映像がウィラーさんの屋敷入りを確認した。
オレは隣の二人に沿う報告しながら[ファントムバット]を帰還させ、ファブロフ爺さんから支給されたマジックポーションを一口含む。
おお、みかん味。
意外と美味い。と、そう思える程度に余裕は持てている。
大丈夫。と、自分に言い聞かせる横で
「よし、では突入する。テツ、『絶対不破』手筈通りに頼むぞ」
というアリスさんの声が、オレ耳に飛び込んだ。
作戦が、始まろうとしていた。
●
カルネル邸。
迷宮都市ラースの街外れに位置するその屋敷に集まった冒険者達は、皆覇気のない表情で屋敷の警護を行っていた。
三階建の大きな屋敷と広い庭。しかし何が起きるわけでもない退屈な仕事。その現状に暇をもてあそんだ彼らが口にするのは、先ほど門をくぐった一人の冒険者の事だった。
「なあ、さっきのってSランクの『鳥籠』だよな。俺初めて見たぜ」
と冒険者の男がそう言えば、
「ええ、私も。あの噂本当なのかしら? 寿命を延ばすって話」
と近くにいた女冒険者が答えを返す。
その言葉に、さあなぁ。と言った他の冒険者が、
「ただ、これでSSが一人にS相当が一人。加えてさっきの『鳥籠』だ。守りとしては完ぺきといって良いだろうな。正直俺等はいらんくらいだぜ」
と自虐的な笑みを浮かべて見せた。
「そうね……この防備の中攻めて来るって相当な事よ? あの、『羽ばたき仮面』? とかいうの。もし来ても瞬殺でしょうね」
女冒険者の言葉に周りの冒険者は同意の頷きを作ろうとする。
その時だった。
「何だ……ありゃぁ」
誰かが言ったその言葉に、敷地内で警備をしていた全員がそれぞれの得物に手をかける。
そして、来たのか? どこに!? と警戒を強める彼らを促す様に、
「おい、空を見ろ! 何か浮かんでやがる!」
と冒険者の一人が声を上げた。
「鎧だ……」
空を見上げた冒険者達はその堂々とした立ち姿に言葉を無くす。
装飾の多い全身鎧。武器は無い。ただヘルムの両端に翼を広げるような飾りを付けたソレは月をバックに夜空の中を浮かんでいた。
「シルフの精霊術……いや、精霊じゃねえっ。そもそも魔力を使っていない? まさか鎧の機能で浮いてるのか!? 聞いたことねえぞ……!」
誰かの驚きが声になって響く。
そんな中、敷地の入り口にある門の上へと着地した鎧は、驚き戸惑う冒険者達に堂々とした姿で言い放った。
「 『怪盗羽ばたく仮面』参 上!」
その言葉を聞いた冒険者達は怪訝な表情をしながらも、各々の武器を抜き、構えを取る。
「おい、聞いてたのと微妙に違うぞ……?」
誰かの言ったその言葉が全てだった。
●
あの鎧、初っ端からトチりやがった……!
最初の名乗りを間違えたMrフルフェイスに、内心で『羽ばたき仮面な!』とツッコんだオレは[カメレオンローブ]の降下を発動。ステルス状態に入りMrフルフェイスの近くに待機する。
衣擦れの音やにおいに気付いたのだろう。獣人の幾人かは、ん? と首を傾げたり、こちらを向いて警戒の表情を作っている。
そんな中、杖を前に構えたオレは [マジックポーション(高品質)]を取り出しある空間魔法を選択。下準備を進めながらは会議で聞いたファブロフ爺さんの言葉を思い出していた。
●
あの後、バーで提案された爺さんの策は、ある空間魔法を使い全体の制圧を行うというものだった。そしてその核となる魔法が、
「……[ストップ]、ですか」
「うむ、そうじゃ。文字通り相手の動きを止める魔法で、効果時間は術者の力量に比例する。つまり……」
オレが使えば長時間の無力化も期待できる。
「足止めにはもってこい。って事ですね」
呪文リストを見れば確かにある。使えないという事は無いだろう。
「うむ。レベルの高い者には魔法耐性の高い者もおるが……お主なら余裕で抜けるじゃろう。連続で展開すればかなり良い足止めになるはずじゃ」
「おぉ、良さそうじゃねぇか。後は命中率だが……そこんとこどぉよ」
Mrフルフェイスに言われて試に魔法陣を展開。発動せず待機状態にしてみると、一m四方ほどの魔法陣が組み上がる。
意外と小さいな。
当たる確率が低そうだ。と思ったオレは、物は試しと陣の大きさを広げてみる。
だが、魔力量が足りないらしい。構成した分ををそのまま引き延ばすと陣そのものの維持ができなくなる。
ならばその分の魔力を興居したらどうだろうと考えたオレは、陣への魔力を過剰供給。
「お、いける?」
余剰魔力を均等に慣らし、陣の構成を崩さないよう調節すれば、意外と簡単に拡大が完了した。
どうやら陣の拡大に従って対象の数も増えているらしい。
オレと爺さんが対象になっていた。
おっと、自爆回避、自爆回避……。
一瞬焦って発動を取り消し考察する。おそらくは[無詠唱]、[魔力精密操作]など魔術師系スキルの合わせ技。ゲームには無かった技術だ。
だけどこれ、使えるよな。
そう思ったオレは再び魔法陣を展開。拡大によって生じる変化を確認する。
二回分の魔力を込めればその分だけ広がり、発動対象も二人になる。[多重詠唱]した上で魔方陣を統合する感じだ。
MPがある限りいくらでも対象を増やせそうだった。
一回の消費MPは30。60人以上が相手と考えると足りないが、そこは『マジックポーションを飲みながら発動すれば行けるんじゃないか? よく魔法職の連中がやってるぜー』という、遅れてきたウィラーさんの話で解決。
これならいけそうだ、という結論に達したオレ達は、一度に止めれるだけ止めてしまおうという方針を決定した。
本番は一発勝負。相手のランクを考えた場合、陽動無しでは躱される危険が高いため、Mrフルフェイスをおとりとして登場させ、何かそれっぽい言葉を言わせている隙に魔法陣を地面に展開・発動する方針で計画を練る。
そして、[カメレオンローブ]のステルス機能と囮を併用すればいけるという結論に達した結果、『全員は無理でもできる限り多くの冒険者を止める』という役目がオレの仕事として割り振られたのだった。
●
そして今。
囮となったMrフルフェイスが冒険者たちの注意を引き付けていた。
魔法陣の準備は出来ている。後はMrフルフェイスの陽動発言だけだ。
上手くいってくれよ。
そして獣人の人達、こっちに来ないでくれ。と願うオレは、冒険者達を前に [ストップ]の魔法陣を準備するため魔力を練り始める。
ステータスを見ればMPが二けたまで減っていく。それをマジックポーションを口にし全開まで回復。
さらに魔力を練り上げたオレは準備の完成を間近に控え、Mrフルフェイスの言葉を待っていた。
●
一方、Mrフルフェイスを前にした冒険者達は、明らかに賊である鎧を前に動けないでいた。
悩む彼らの頭にあるのは、今回の依頼内容と、羽ばたき仮面を捕まえた場合にもらえる追加報酬だ。
冒険者達は考える。
今回の依頼は集まるだけで金が貰える美味しい仕事。その上で『怪盗羽ばたき仮面とか言うのを捕らえれば追加報酬が出るというモノだ。
追加報酬の額は大きい。これで名乗りが事前情報の通りなら即座に勝負を仕掛けただろう。と。
しかし今の名乗りは『怪盗羽ばたく仮面』。かなり惜しいがニアミスだ。
これは囮か相手のミスか。
もちろん自分達の誰かが行けば、相手の実力も、本物かどうかも推し量れる。
しかし万が一囮、もしくは偽物の場合は追加報酬をもらうのに交渉する必要が出てくるだろう。
交渉を有利に進めようと思ったら、相手が難敵であることがベスト。
場合によってはスキルの無駄撃ちも考慮に入れなくてはならない。
中堅越えした自分たちでもスキルなしでは勝てない敵だった。と、そう主張できるからだ。
しかし、もし後から本物が来た場合を想定すると、今ここで体力やMPを消費する事は商売敵にとって『羽ばたき仮面』捕獲の有利となり、自分の不利となる事は分かり切っている。
偽物と本物。賞金が高いのは間違い無く本物の方だと断言ができた。
つまり誰かがいけばそれで解決……!
そう結論付けた一人が周りを見れば、他の者も同じことを考えていたらしい。
お互いに『お前が行けよ』と無言で視線を送りあう。
しかし相手は控えめに見てもキチガイ。我先にと挑みたがるものは皆無だった。
するとその空白の時間を好機と見たのか、鎧が垂直に飛び上がる。
それに対応する気らしい。
誰かが展開した魔法陣の光が冒険者達の視界に映りこんだ。
おお、誰だが知らんがナイス……!
お前の様子見、無駄にはしねえ。ヤツの手の内を暴くだけ暴いてほどほどに負けて引いてくれ。
そう考えた冒険者の一人が、後で礼くらいは言ってやろう、と魔法陣の光をこっそりと目で追い、出所を確認する。
出所は地面だった。
地面に出現した巨大な魔法陣。常識ではありえない速度で組み上がり待機状態へと変化するソレはどうやら賊の技らしく。
気付けば腕を前へと突き出した鎧が、空中で『いくぞ……』とタメ付きの声を作っていた。
「ヤベエっ、先手取られた!」
誰かが大声で狼狽える。
逃げるには陣が広すぎる。発動の妨害は間に合わない。
誰もが地面を見下ろす中、空の鎧がその手のひらを突き出した。
●
かかった。
成功の核心に、よし! と小さくガッツポーズを作ったオレは、Mrフルフェイスの『いくぞ……』という声を聴いて、魔法陣を展開。急いで[ストップ]を発動する。
魔法陣の網にかかった冒険者達の動きを空間が固定し縫い止めていく。
そして魔法の発動に合わせたMrフルフェイスの、
「必殺、冷 凍 ビーィムっ! ……その場の空気が、凍りついたぁ」
という陽動のセリフを聞いたオレは [ストップ]で動けなくなった冒険者達に心の底から同情したのだった。
オレは、とんでもない事に手を貸してしまったのかもしれない。
嫌な疑念が湧き上がる。
確認した所、かかった数は58。魔法陣の端に逃れた何人かはとっさの判断で難を逃れたらしい。遠巻きに動かなくなった同業者たちを伺っている。
よく見ると動けなくなった冒険者達も顔の表情くらいは動かせるらしい。再び舞い降りたMrフルフェイスを視線で追い、『何で!?』という視線を投げかけていた。
無理もない。
彼らの大半はあの陽動の言葉で魔法が発動したと感じたはずだ。
どこをどう聞いても一発、いや二発ギャグだったのだ。『その場の空気が凍りついた』で動けなくなるなど、正気の人なら信じたくないのが普通だろう。
ただあらかじめオレに気づいた獣人の人達はカラクリに勘付いたらしい。喋れないながらも、こちらに視線を送っていた。
やはり位置を把握されていたらしい。
その視線を受けて、この段階で封じ込めれたのは運が良かった。と考えホッとしたオレは、
「説明しよう! 今の技は俺様の開発した対『なんか面白い事やってよ~』ギャグ『冷凍ビーム』だ! 何を言ってもしらけるならばいっそソレを前提にしてやろう、という逆転の発想から生まれた最終兵器! 完成度高いけどギャグがイマイチ、と思うなら、自虐ネタを組み込んだ『エアクラーッシュ! ……俺の評価もクラァァッシュ』がオススメだぁ。困った時にはぜひ使ってくれぇい!」
と、被害者たちの疑問に答えるMrフルフェイスの声に、この人普段何してんだろうな。と間の抜けた感想を抱かされる。
混乱している被害者達の『違う! ソコはどうでもいい!』という視線は完全に無視されていた。
「これが……実戦か」
思わず呟いたオレに獣人たちが妙な視線を送ってくる。
そんな中、万が一に備え敷地の外でスタンバっていたアリスさんが、作戦の成功を確認し合流した。