第二章 第四話「ほう二つ名とな」
前回のあらすじ
お菓子回にも関わらずそこそこ苦めな終わり方
とにかくファブロフ爺さんに会おう。
マーサさんの店を出たオレはその一心でギルドへ走る。
日は高く、まだ人の多い時間帯だ。障害物の様に立ち並ぶ人ごみが煩わしい。
「クソ、急いでるってのに」
子供だろうか? 進行方向を塞ぐ様に現れた小柄な人影を前に思わず愚痴が出る。
すると道を塞いだ子供はそんなオレを見て呆れたように話しかけてきた。
「なんじゃ、気づいとらんのか? ずいぶんと焦っとる様じゃのう」
背丈に会わない年寄り声。よくよく見るとシワと髭がある。
「……あ、ファブロフ爺さん?」
「うむ。その方向から来たという事はやはりマーサの所に行っておったんじゃな。この道で張っておいて正解じゃったわい」
「そっか、考えてみればマーサさんの店に行った原因って……」
「うむ、ワシじゃからな」
「自信満々に言いきらないで下さい」
でもそういう事なら話は早い。この道で張ってた、って言うくらいならオレの要件も分かっているのだろう。
「間にが起こってるのか……教えてもらえますね」
オレの頼みを受けたファブロフ爺さんは一度頷き、そして人通りの少ない裏路地の方へと入っていく。
「ここじゃあ何じゃし、ちょいと場所を変えさせてもらうぞい。事情が複雑なんでな」
「……分かりました」
事情が複雑ね。
つまり今回の事件には何らかの裏があるという事なのだろう。
ファブロフ爺さんの後を追うオレは全容の見えない事情の中に自分が入り込んでいくのを肌で感じ始めていた。
裏路地を行くファブロフ爺さんに案内されたのは人通りの少ない裏道にある建物。そこの地下一階にある一軒のバーだった。
看板一つかかってないところを見ると、あまりマトモな店ではないのかもしれない。静かな雰囲気の店内では、女性のマスターが振るシェイカーの音だけが聞こえている。
オレと爺さんが店内に入るとカウンター席にいた2人の先客がこちらを見た。
意外なことにどちらも知っている顔だ。酒の入ったグラスを傾ける彼らは店に入ったオレと爺さんを見ると、店の雰囲気には似合わない軽めの口調で声をかけてくる。
「やっほー、待ってたよ後輩くーん。自分で言っといて何だけど後輩君って長いから、テツ坊でいい?」
「おうクソガキィ。やぁっと来やがったかぁ」
先客は『鳥籠』のウィラーさんと『絶対不破』のMrフルフェイス。2人の第一声がオレを迎い入れる言葉という事は彼らも今回の件に関わって来るのだろう。
「えらく濃いメンバーを集めましたね」
正直人選ミスを疑ってもバチは当たらないであろう面子である。
「今回の件はそもそもが『鳥籠』絡みじゃからな。『絶対不破』はリデル行方不明についての報告と師匠の義務とやらを果たすとか言うんで連れてきた。……所であの2人が師弟関係とか初耳じゃったんじゃが、お主知っとった?」
「あー、師弟関係が成立した時にその場にいましたよ。確か三日前です」
「みっ? いや、こいつらの場合は考えるだけ無駄じゃな。余生の無駄じゃ」
さすがは変態師弟。2人の行動は200年以上生きているファブロフ爺さんにも予想がつかないらしい。2人の師弟関係をバッサリと切り捨てた爺さんはそのままウィラーさんの隣に座ると、オレに対して『早く座れ』とでも言いたげに隣の椅子を叩いている。
促されるまま席に着いたオレはバナナをベースにリンゴとその他果物を混ぜたミックスジュースを。ファブロフ爺さんは度数の高そうな酒を頼みグラスを受け取って口に含む。そして髭の水気を指で飛ばした爺さんは、まるで言葉を選ぶようにゆっくりと話し出した。
「単刀直入に言えば、リデルの坊主は今人質になっとる」
言葉選んでそれかいっ!
だが事態の大きさが反射的に浮かんだツッコミを押しとどめる。一瞬の動揺と遅れてやってきた理解は、オレの頭の中でいくつもの疑問を生み出していた。
「……ただの薬草採取が何でそんなややこしい事に?」
「今そこにおる『鳥籠』の中身、つまり先日話したカラドリウスの能力については覚えておるな?」
「え? あ、あの癒しと不老長寿がどうのこうのって話ですか」
「そうじゃ。実はその能力は他者にも行使する事が可能でのぉ。今回はその長寿を狙った者が、ウィラーの知り合いであるリデルを人質に脅しをかけて来とるんじゃよ。私の寿命を延ばせーとな」
「うわあ、そんな事になってるんですか」
まさか人災だとは思わなかった。
ある意味事件の引き金とも言えるウィラーさんはファブロフ爺さんの隣で居心地悪そうに肩をすくめて見せて感想を漏らす。
「あんな厳つい男をお姫様ポジションにするとか、もう正気の沙汰じゃないよねー」
「ウィラー、お主は酒に集中しとれ」
「うーい。マスター、コレお替わりー」
ファブロフ爺さんに釘を刺されたウィラーさんは再び飲みを再開した。
ちなみにMrフルフェイスはやばいお酒を飲んだのか、さきほどの『お姫様』のあたりでカウンターに沈んだまま起き上がってこない。大人っぽい雰囲気のバーで鎧姿の男がピクピク、というかカチャカチャと震えているその姿は毒殺される騎士を彷彿とさせる。
こんな時でなければ『プリンセスにツボったんですか?』とカタカナに言い直して聞いてみるのだが……今は人質事件が優先だ。
オレは目の前の現実から無理矢理目をそらして質問を再開する。
「それで脅しをかけてきているのはどんな奴なんです?」
「名前はカルネル。食材の流通と高級飲食店で財を成しておる大金持ちじゃ。たしか人族の67歳で高名な美食家としても知られておったかのう」
「そこそこ歳のいったグルメ爺ちゃんって所ですか」
「ま、ワシから見れば全然若造じゃがな」
ファブロフ爺さんはそう言ってグラスの中身を飲み干すと、まるで自分の方がグルメなのだと言わんばかりに高そうなお酒を注文して味わい深そうに飲みはじめる。
その間の説明を引き継いだのは少し酔った様子のウィラーさんだった。
「よく考えたら自分よりも年下だってのに、カルネルお爺ちゃんったら老獪だよねー。テツ坊は向こうの要求聞いた?」
「いえ、まだですけど」
「実はこいつがまた一癖あってさー、『今日の夜中、依頼に乗じて屋敷へと潜入しカルネルの元に来ること。その際リデルの身柄と引き換えに寿命を延ばす事だと』とか言って来てんだよねー」
「依頼?」
予想しなかった単語の出現に疑問が浮かぶ。だが反対にウィラーさんはこの件について口にしたくなさそうだった。
「敵方の打ったおぞましい先手としか言いたくねーなー。詳しい事はこの依頼書の写しを見た方が早いからコッチ見てー」
ウィラーさんはそう言って1枚の依頼書を差し出してくる。受け取って見たその依頼書は中々に個性的な内容だった。
『 「警護急募」
先日私の元に「今話題の男 怪盗羽ばたき仮面」と名乗る、聞いた事の無い人物から盗みの予告状が手渡しで届けられた。その予告状によると明日、屋敷にある金目の物を持てる限り頂いていくつもりらしい。賊は予告状を置き去る際にこちらの部下数名を意識不明の重体にしており、AないしSランク相当の実力者である事が分かっている。応募者はその点を踏まえて依頼を受けてほしい。
依頼内容はこのバカの生け捕り。条件はBランク以上で人数制限は無し。
生け捕りに成功した際は報酬を弾む事を約束しよう。
依頼主 カルネル・クリステン 』
音読したらMrフルフェイスが床に撃沈した。
「……ネタにしてくれと言わんばかりの内容ですね」
特にこの持てる限りの金目のものという適当な目標設定が驚異的だ。そして予告状の手渡しと言う『もういっそ口で言えよ』と言いたくなるサプライズ。
こういうことをやれる人間がいるなんて……さすがはファンタジー世界である。
「しかもジジイによると人気爆発、応募者殺到の大人気らしいぜー」
「うわあ、そうなんですか。ちなみにこの『怪盗羽ばたき仮面』っていうのは……もしかしてウィラーさんの事ですか?」
二つ名を呼んで初めて会った時に見た[カラドリウス]の翼を連想したオレがそう尋ねるとウィラーさんは渋い顔をして酒を煽る。
「まー、そだねー。多分向こうはそのつもりなんじゃない? 言っとくけどその話自体はでっち上げの作り話だかんね? 自分盗みとかやんないから」
「え、じゃあ何でこんな話が?」
「人質取られてキレた自分が暴力に走るのを防ぐための布石かなー。『羽ばたき仮面』とかいうネーミングが挑発にしか思えないけど一応は牽制目的だと思うよー」
話が進むにつれてウィラーさんの口調が荒れていく。そんなウィラーさんの投げやりな解説をファブロフ爺さんが補足した。
「ウィラーがリデルを助けようと動くのを計算に入れた上でのやり口じゃな。依頼を受けた冒険者としておとなしく要求に従えばそれで良し。人質の奪還に来た場合は雇った冒険者を使い撃退、もしくは盗賊として捕まえ評判を地に落とす。もしこれでばっくれたら『怪盗の正体はウィラー』というデマをあらゆる手を使って広める腹づもりじゃろうて。実際に大金使って冒険者を雇っとるのも良いアピールに成っとる。おそらく最後には意識不明という設定の部下数名の証言を持ち出してくるじゃろうな」
「目を覚ました警備の話によると賊はSランク冒険者『鳥籠』だったとの事ですって感じですか」
「おお、そんな感じじゃわい。もちろんギルドが盾になって否定することは簡単じゃが……風評被害によって広まるであろうこの今話題の二つ名は一生ついて回るんじゃないかのう?」
「うわぁ」
つまりこのカルネルって爺さんは挑発と牽制と警備の強化、そして逃げ道の封鎖をこのペラ紙一枚で済ませようとしてるのか。この依頼書、ふざけた文面なのにえげつないな。
酒の勢いもあってか被害者のウィラーさんは少し自暴自棄になっている様だった。
「はっはー、世間様に後ろ指さされた挙句『あいつマジ羽ばたき仮面』って言われるとか。考えただけでも凹むわー」
よく見ると目頭抑えてるんだがアレは大丈夫なのだろうか。
しかしそんな心配はファブロフ爺さんが切って捨てる。
「テツよ、気にしたってしょうがないんじゃ。気にせんでええぞい」
間違っちゃいないんだろうけど情け容赦なさすぎるお言葉だな。
「ハア、性格悪いですね」
「ふん、確かに嫌らしい絡め手じゃわい。何も知らん世間が今回の件を見た時『こんなふざけた泥棒に入られて、カルネルさんったら何てかわいそうなの』と思うように組み立てておる。部外者には被害者に見える様、上手く先手を取っておるわい」
わざとなのか天然なのか、ファブロフ爺さんの事を言ったオレの皮肉は、何故かカルネル爺さんの批判に繋がってしまう。
確かに話を聞く限りではカルネル爺さんの性格も相当なんだろうけど、どこか納得のいかない展開だ。
しかしそんな不満には目もくれず、ファブロフ爺さんは話続けていく。
「ちなみに護衛の情報じゃが、元々おったのが30人弱。それに加え今回の依頼でBランク20人、Aランク4人、Sランク3人、SSランク一人の計28人が屋敷の警護に増援となることが既に決まっておる。しかも有能な者を金のかかる指名依頼までして指揮下に加える徹底ぶりじゃ」
「とりあえず『ちなみに』の前フリで重要な事を話すのは金輪際止めて下さい。……にしてもここにいるメンバー対60人近くの冒険者ですか。暴力で解決したくても戦力的にはかなり不利ですね」
「ま、通常なら手詰まりじゃな」
通常なら……という事は今回は勝手が違うって事だろうか?
「何か手があるんですか?」
「なーに、作戦とも呼べんような簡単な話じゃよ。こっちにはお前さんの転移魔法があるからのう。邪魔者共に退場してもらえば後は暴力に走った『怪盗羽ばたき仮面』が屋敷を正面突破すりゃ案外何とかなるんじゃないかと思っての」
「あー、なるほど。戦う前に転移魔法で飛ばしまくれって事ですか」
確かにそれなら簡単で手っ取り早い方法だ。流石に敵を全員というのは無理だろうが、ある程度の人数差を覆すことはできるだろう。
「ついでに『怪盗二つ名仮面』、じゃなくて『怪盗羽ばたき仮面』の名を人質を悪の商人から助けた義賊として広めるぞい。ウィラーの受ける精神的苦痛の方は……妥協するんじゃな」
「うわー、そこは妥協させる気なんですか」
「負けたカルネルが腹いせに正体を広めかねんからの。先手じゃ」
「それある意味王手だと思いますよ」
いい感じ光明が見えていたのに、最後の最後でファブロフ爺さんの地雷踏みスキルが飛び出しやがったな。『何言ってんのこのジジイ』とでも言いたげな顔でファブロフ爺さんを見つめるウィラーさんの前で、解決策が新しい呼び名の襲名を決定づける。
そして抗議の声を挙げようとするウィラーさんにファブロフ爺さんは畳みかけていった。
「生憎手札も時間も足りん。大体テツがおらんかったらロクに手も打てぬまま言いなりになっとったかもしれんのじゃ。恨むのなら仕掛けてきたカルネルを恨むんじゃな」
さすがはファブロフ爺さん、全部人のせいにするとかマジせこい。
「まあ言ってることは間違いじゃねえしなぁ。『鳥籠』ぉ、まあ何だぁ、頑張れ」
いつの間にか席に座りなおしていたMrフルフェイスまで諦めろと声をかける。しかし励ましを受けたウィラーさんはただ沈んだ表情で沈黙を保っていた。
「あの、ウィラーさん。大丈夫ですか?」
「やだなあテツ坊。自分これでも117歳だぜ? いい年したジッチャンだぜ? もう全然平気だって」
どこから聞いても空元気。
そうだよな117歳にもなって『怪盗羽ばたき仮面』はキツイよな。
オレはお通夜じみた空気の中でウィラーさんに同情する。
しかしオレは忘れていた。そう、今この場に、この手の空気を一変する事の出来る奇特な男がいる事を。
「んだよ陰気くせぇ。しゃあねえなあ、そういう事ならその『怪盗二つ名仮面』の名。この『絶対不破』様がぁ、貰ってやるぜぇ!」
マジですかい。
その救いの衝撃発言に全員の視線がMrフルフェイスへと集中する。
この人、リデルが師匠と呼ぶだけの事はあるのかもしれない。色々と問題はありすぎるけど、女性が絡まなければ実はすごい器のデカい人なんじゃないだろうか。
そんな衝撃を胸にオレはそんなMrフルフェイスにおそるおそる声をかける。
「あの、『二つ名仮面』じゃなくて『羽ばたき仮面』です」
「……おぅ?」
こうしてどことなく締まらない空気の中、カルネル爺さんの張った鳥用の罠に、規格外のイノシシがひっかりに行くことが決定した。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
お久しぶりです。大分執筆が遅れましたがどうにか投稿です。
お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
とりあえずリアルの時間を喰いに喰った発掘が一段落したので次話はもう少し早いペースで仕上げるつもりです。
引き続きよろしくお願いします。