第二章 第三話「ほうタルトとな」
前回のあらすじ
このプレゼント理論を使えば『わーい、今日は僕の誕生日だー!』とはしゃぐお子様の心だってイチコロです!
冒険者ギルド、奥。特別待合室。
回りくどい駆け引きに呆れたテツがその部屋を出ていったその後、サブマスであるニナを部屋の外に追いやったファブロフは、さっきまでとは打って変わってゆっくりとした口調で話出していた。
「さて、ウィラーよ。テツの奴も帰った事じゃし、早速不意打ちをわざと仕掛けたその理由を聞かせてもらおうかの」
ウィラーは自分の発言をハッキリと嘘だと断定するドワーフに酷く複雑な表情を見せて答えを返す。
「実際嘘だったから文句は言えないけどさー。さすがにその信じ方は酷いんじゃない? 昔なじみとしちゃ赤面ものだって言えばいいのかなー」
「思っくそ文句言うとるじゃろうが。全く、四の五の言わずにさっさと吐かんか馬鹿者が」
「うっわ、相変わらず本命ド直球っていうか……。ってハイハイ、言います言います」
軽口を叩きだしたところで睨みを利かされたウィラーは、仕方なしに答えだす。
「って言っても理由自体はさっきのままだね。カラドリウスの奴があんまり泣きわめくから、『じゃあちょっと試してみようかな』ってゴーサインを出して……見事瞬殺の返り討ち。それはもう、やってらんないくらいに速攻でカタを付けられたね」
「なるほどのう」
常識離れした話だ。
ウィラーの口調から察するにどうやら少なからずプライドを傷付けられ、それでもどうしようもないと判断したらしい。
目の前に座る一人と一匹の実力を知っているファブロフは、その言葉からうかがえるテツのポテンシャルの高さに内心で舌を巻いていた。
「全く、藪をつついて龍が出ることだってあるんじゃぞ? 分かっとるのか」
知らなかったとはいえ異世界人。
幸いテツは沸点が高くあまり激怒したりはしないタイプの様だが、そうじゃなかったら間違いなくキツイお礼を貰っていただろうと断言できる。
「そんなミニチュアサイズの龍が出るなんて普通思わないだろー、まあ出たけど。いやー、マジおっかなかったね」
どうやら仕掛けたウィラー自身も余計な手出しをしたことは分かっているらしい。
これならば余計な説教は無用だろう。
そう判断したファブロフは気分を変えるため。そして何より自身の好奇心に誘われてウィラーに問いかける。
「それで、手合せしたんじゃろう? どんなだったか言うてみい」
瞬殺と言ってはいたが、詳しい事は聞いていない。いったいどんな勝負が繰り広げられたのか? という事はファブロフの立場上聞かずにはいられない事だった。
しかし返って来たウィラーの言葉は、少しばかり予想外な観点からの指摘だった。
「そうだねー、観た感想となるとやっぱり『甘すぎて優しい』かな。ありゃ相当な温室育ちだね」
「ほう、いきなり精神論とはのう。しかもまたずいぶんと言いおる」
「まあ自分は[無詠唱]使った[空間魔法]の2連チャンで瞬殺されちったから、そこまでの相手とは見られなかったかもだけど……とりあえず不意打ちを仕掛けた自分に対する扱いが優しすぎだろ」
そう感想を述べたウィラーは『ま、おかげで命拾いしたんだけど』と、虚ろな目で付け足して、自嘲気味に笑う。
「なるほどのう」
不意打ちに関してはテツの方が一枚も二枚も上手だったらしい。
精神論の方はファブロフからすれば思ってもみなかった指摘だったが、人柄を考えればそのイメージはできてしまう事だった。
「ふむ。まあ確かに[詐欺師]持ちの割には人並み以上に良心がしっかりしとるヤツではあるな」
「良心ねえ。まあ甘いのがどうこうって話は置いとくとしても、良い人って言うよりは文字通りの『優しい人』って感じだったけどね」
「ふむ。『優しい人』……か」
ウィラーの言う『甘さ』は経験を積むことでとれるだろう。だが『優しさ』というのは言ってしまえば人格の一部だ。そう簡単にどうにかなるようなものでも、していいというものでもない。
『優しい人』単語を聞いたファブロフはある吸血鬼の言葉を思い出して、思わず押し黙ってしまっていた。
逆にそれを見たウィラーは懐かしげに微笑み、天井を見上げてファブロフの考えていた言葉を言い当てた。
「『優しい人とは、誰かのために冷徹とも呼べる感情の元、自分自身を切り捨てる事のできる者を差す。故に優しい人間が強いのは……』」
「『誰かのためと言う理由で、自分の人生をアッサリと妥協できる、その気質から来るのでしょうねぇ』か。ふん、覚えておるわい。ハールマンじゃな」
ファブロフは不機嫌そうに吸血鬼の名を吐き捨てる。
耳に響く低い声が少しばかり険しくなるのを感じてウィラーは笑みを浮かべてしまう。
見なくても分かる。前の席に座るドワーフの顔はさぞかし怖い事になっているに違いない。
ファブロフの性格、そして考え方を知っているウィラーはひたすら天井を眺めるという自分の判断の正しさを評価しつつ相槌を打った。
「ジジイはこの言葉嫌いなんだっけ?」
ウィラーに促されたファブロフは愚痴と言うには少々鋭すぎる口調で文句を綴っていく。
「自己犠牲の精神を『ある意味では究極の妥協』などとぬかす奴じゃ。好きになれるわけないじゃろう」
「まあまあ。そこはホラ、あの人なかなか死なない体してるから。種族的な価値観の違いって言うヤツ?」
「ほう、ならばライフワークが『惰眠をむさぼる事』などとぬかすのも種族的な価値観の違いか?」
「いやー、それはむしろ個人的な価値観の……ってまあ今、ソレは置いといて」
少しばかり話が逸れた。
顔の位置を再び正面に戻したウィラーは己の感想報告を再開する。
「ようはその言葉があの少年にはピッタリって感じなんだよね。あの少年のこれからは大変だなーって思うくらいに」
「なんじゃ、ずいぶん他人事じゃの」
ファブロフもウィラーの言おうとすることは理解している。
先程の言葉はこれから先、あの異世界人の少年が精神的な壁にぶつかるであろうことを示唆するために言ったのだろう。
だからこそウィラーが何らかの手助けをするだろうと考えていたファブロフは、そのそっけない反応が意外だった。
「まあ関わったら少年を自分の厄介ごとに巻き込んじゃうからねー。ポテンシャルだけ見たらこっちが泣きたくなるくらいの、文字通りの怪物だったし。まあ平気でしょ」
このガキ、さては瞬殺されたことを引きずっておるな。
これまでの会話の流れからそう判断したファブロフは眉を寄せてウィラーを見る。
とはいえもちろん今抱えているゴタゴタに巻き込みたくないのも本心ではあるだろう。だからこそファブロフはあえてそこには触れず、頷くことで肯定の意を示すに留めていた。
「ま、異世界人じゃしな」
結局はこの一言に尽きる話なのだから。
「……やっぱりおっかないねー」
その言葉に頷きながら、ウィラーは深く息を吐く。
「しかし、じゃからこそ、あやつがこれから何を見てどう成長するのかが少しばかり楽しみではあるがのう」
「そうだねー。まあ……そうだよねー。ほんと、あの少年はこれから何を見て、どう成長するんだろうね」
ファブロフの言葉にそう答えたウィラーは、テツの出ていった待合室の扉を感慨深げに眺めていた。
「卵と泡だて器とボウルだ」
そう、卵と泡だて器とボウルである。
今、冒険者ギルドを逃げるように後にし、久しぶりに宿『空回り』に帰って来たオレは、目の前に差し出されたその三点セットを見てもの凄く戸惑っていた。
宿の扉をくぐった次の瞬間に現れたソレ等は、オレの鼻先で小さく上下して存在を誇示している。ご丁寧にさっきまで冷やしてあったらしい。
ドアを開けた時の出迎えに何故無機物が出て来るのだろう?
などという疑問を抱く中でも、冷たい空気が鼻に触る。
「あのー、フェレスさん? こういう時の出迎えってせめて生物じゃないですかね?」
少なくともオレの常識の中の『出迎えてくれるモノ』の中には、決して孵る事のない卵など入ってはいない。
オレはこの不可解な状況の真意を探るため。三点セットを目の前に差し出してきた張本人に向けて抗議の声を上げていた。
しかしボウルを持ったフェレスは意外そうな反応を返す。
「あれ、テツ君知らないの? 場所によっては店員や警備員としてゴーレムを使ってる店だってあるんだよ?」
「……ああ、そういやこの世界ははそうゆう所だったっけ」
つまり無機物が出迎える事も多々あるわけか。
広場のアレの他にゴーレムを見たことがなかったから考え付かなかったが、確かにゴーレムっていったら元々そんなイメージだった気がする。
という事に、指摘されてから初めて気づく。
どうやら広場の問題児に間違った常識を植え付けられかけていたらしい。
刷り込み効果って怖い。
だが考えてみれば広場のアレ以外に見たゴーレムは昨日の村にあったアダマンタイト製のアレくらいだ。
そもそも髪型の決まってないゴーレムを見たことがない。
「なあ、もしかしてゴーレムって珍しいのか?」
「え、そこでゴーレムに喰い付くの?」
急な話の跳び方に戸惑ったのかフェレスが少し驚いた顔を見せる。
とはいえ知識自体は持っているらしく、結局は流れるように説明へと入っていった。
「えっと、そうだね。確かにゴーレムは珍しいよ。[ゴーレムメイカー]のジョブを持った人が少ないから性能低くても単価は高いし、良い素材を使った者はその分素材代が割り増しされるからね。まあ持っているのはお金持ちくらいだよ」
「へー、しかし[ゴーレムメイカー]ね。何か強そうだな」
「さあ、どうだろう? 確かにゴーレム自体は強いんだけど、ほとんどの職人は戦わなくても食べていけるからって理由で大都市に籠ってるから低レベルらしいよ。例外は最近SSランクに上がった『怪機仕掛け』って人くらいかな。まあこの人に関しては全然いい噂を聞かないけど」
「ふーん、人格はアレだけど実力が高いタイプの人?」
「だね。見たことは無いけどホビット族の天才職人らしいよ」
「へえ、ホビットか」
ゴーレムだったら鍛冶に強そうなドワーフだろ。と思っていたので、その事実は少し意外に感じる。
ホビットと言えばジオットさんだ。同じ種族だし、身長もジオットさんと同じくらいだろうか?
二つ名も何か裏のありそうな感じだな。
「ありがとなフェレス、おかげで疑問が解消できた。じゃあオレちょっと部屋で休むから夕食時になったらまたコッチ来るよ」
「いや、逃がさないからね?」
「あ、クソ駄目か」
しかしそのまま部屋に戻ろうとした所で、再び三点セットが行く手を遮ってしまう。
勢いよく突き出したせいでボウルの中の卵が跳ねている。
どうやら殻は厚いらしい。
「ところで最初の質問の答えがまだだったね。質問は『どうしてウチがこの三転セットを持っているか?』だったっけ?」
「その質問を口に出した覚え無いけど。……やっぱケーキ?」
こちらの内心を的確に読んでいる目の前の猫耳娘は一体どれだけ甘いものに飢えているというのだろう。
しかしフェレスは若干憐みのこもったオレの視線に気づかず、にやけた顔で頷いている。
「正解! 話が早くて助かるよ」
よほど楽しみにしていたのか、あからさまな期待をひしひしと感じる。
認めたくはないが断れる気がしなかった。
「ま、仕方ないか」
約束は約束だ。
「じゃあ厨房かなんか貸してくれる?」
せっかくだからいくつか作って自分用に取っておこう。
そう考えたオレは、こうして調理場へと足を踏み入れたのだった。
「さて、何を作るかな」
とりあえず例の三点セットを片手に[料理人]の作れるレシピを調べていく。
フェレスが張り切って用意したらしく、材料に関してはかなりの数を渡されていた。
いくつかよく分からない食材もあったが、そのあたりは[鑑定]とレシピ検索の併用し、作れるデザートを絞り込むことでクリアすればいいだろう。
本来なら食材に対する知識がいるはずだが今のオレには何一つ関係ないのだ。
そもそもオレ自身の料理経験は16年間の人生ひっくるめて見ても学校の調理実習くらい。普通ならそんな高1男子がケーキ作りなど出来るはずがない。
どうせ自然と作成手段は[料理人]スキルによる、自分の体を使ったオート調理になる。
そう、[裁縫師]の時にもあったアレがまた起こるのだ。
オレは覚悟を決めてレシピの中から『あ、コレ食いたい』と思った『洋梨とスライスアーモンドのタルト』の製作を選択し、念のため隣にいるフェレスに確認を取る。
「フェレス―、洋梨のタルトでもいい?」
「うん、問題なし。何でもいいからどうぞ作っちゃってください」
「あいよー」
返事が若干投げやりなのは気になるが、材料には余裕がある。自分の分も合わせて10個ほど作る事にするか。
個数の設定を終わらせ、最後に決定を念じるとすぐさま体が動き出し、普段使わないような筋肉を使いつつ淡々と作業をこなし始めていく。
それもさも楽しそうな軽い足取りで。リズミカルな手さばきでだ。
「テンションの高いオート製作と、この体のスペックが憎い」
こんな事なら調子に乗っていくつも作ろうとか考えるんじゃなかった。
服を作った前回とは違い、今回は厨房での、体全体を使った。というか体全体が乗っ取られたような状態での作業である。それが正直思っていたよりも怖い。
とは言え始まってから公開してもどうしようもない。揺れる首と手足の制御を諦め、転々と変わる視界を黙認するしかない事は分かっていた。
しかしそんなオレの姿に、邪魔にならない様にと厨房の入り口に避難したフェレスは感嘆の声を上げていた。
「わ、軽やかなステップ! 一挙手一投足がすごい早い。それに目が……死んでいる!?」
「余計なお世話だっ」
オレだって好きでこんな事をしているわけじゃない。未だって自分の意思が介在しない視界が転々と変わり続けているのだ悪影響を与えるのだ。
「あ、不味い。ちょっと酔って来た」
「テツ君、レベル99の生産職ってバ……自分の体の動きに酔う物なの?」
「お前『今バカなの?』って言おうとしただろ!」
[無詠唱]で[リカバリー]を使い立て直したオレは、自動で動く体を無視してフェレスを睨み付けようとしながら言葉を返す。
結果としてオレはきれいに向けた洋梨を睨みつけていた。
「あと何分コレに耐えればいいんだ……」
洋梨に向けて険しい顔でをする自分が恥ずかしい。
しかし現実は非情。
お菓子に限らず、料理を作るにはどうしても一定の時間がかるものだという事を、ケーキが完成するまでの間に、オレは文字通り身をもって体験する事になるのだった。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
今回はちょこっとだけ哲学? と番外編のキャラを出しました。
とりあえずできるだけ少ない話数で、三章につながる伏線を少しだけ混ぜつつ、二章のメインである対人戦へと持っていきたいですね。
とりあえずこの章一番のオチ(ギャグ的なヤツ)はすでに決めてあるので、頑張って書きたいと思います。