第二章プロローグ 「おお群衆よ」
前回までのあらすじ
一章は変わってしまった
夜もふけた深夜。
あと数時間で日が昇ろうというその時間、[迷宮都市ラース]のとある屋敷のロビーでは、一人の男がソファーにもたれくつろいでいた。
男は手に持った酒瓶をラッパ飲みしては飲み終えた瓶から床に捨てていく。時折テーブルの上に乗ったつまみに手を伸ばしてはいるが、それ以上に酒瓶に手を伸ばしている様だった。
外見から見て取れる年齢は20歳くらいだろうか。男の服の上からは、腕や首に彫られた刺青を見ることができる。
新しく空になった酒瓶を床に放った男は、新しい瓶を開けながら楽しそうに笑っていた。
「いやー、この家の酒とツマミは物が良い。やっぱ泊まるんならギルドの借家が一番だなぁ」
しかし上機嫌で酒を飲んでいた男の笑みは、外から聞こえてくる喧騒に気付くと露骨に嫌そうな表情へと変わる。
「よりによって今日来るか。……凹むねえ」
男のテンションが下がるのと比例して大きくなっていくその喧騒は、やがて詳しい内容が聞き取れるほどに近づいてきた。
「出てこいウィラー! この屋敷にいるのは分かってるんだ!」
「開けてくれ、俺はもっと生きていたいんだ!」
屋敷の外には男を、ウィラーを追いかけていた者たちが集まっていた。
ウィラーは膨れ上がる入り口の扉を見て、若干引きながらタメ息をつく。
「『僕ら今にも死にそうですっ』てセリフ吐く割には元気だよねー、君ら」
力任せに扉を叩くくらいならもう少し自分の体を大切にした方がよっぽど長生きできそうだと思うのだが、外の連中にはソレが分からないらしい。
「あとその扉。開いてるし、君らからしたら引き戸」
そっちから押して開くような作りじゃないんだよ。
だがウィラーの声は分厚い扉を叩く音に阻まれ、外には届いてないようだった。
集まった群衆たちは何度も何度もひたすらに扉を叩き続け、やがて彼らを押し止めている扉にヒビが入り始める。
「はあ、数の力ってのは怖えーわ」
こんな形で思い知った事が悔やまれる。
弁償の代金をおそらく自分が払わされるであろう事も悔やまれる。
おかげでウィラーの脳裏にはあまり嬉しくない未来予想図が浮かんでいた。
しかしそんな思考を中断させるかのように、扉を支えていた蝶番が吹き飛ばされてしまう。力づくで壊されたせいか柱が嫌なえぐれ方をしてしまっていた。
思わずため息をついたウィラーの足元に蝶番が飛んでくる。
「せめて壊すのは扉までにしてほしかったなー」
蝶番とは扉を支え、動かす支点となる部品である。それが壊れた扉など、壁にあいた穴を塞ぐただの板だ。
柱を含めた弁償代はさらに高くなるだろう。
ストッパーを無くした扉が叩かれるままに、ゆっくりと名屋敷の中へ倒れこんでくる。
「ギルド職員のみなさーん、恨むなら今から不法侵入してくる、その大勢を恨んでねー!」
この場にいない屋敷の持ち主には決して届かない、責任転嫁のための言い訳が扉の倒れた音と共にむなしくロビーに響きわたった。
「開いた!」
「開いたぞ!」
引けば開いた扉をわざわざ押し倒した群衆は、怒鳴るような声を上げて、新しく開いた四角い穴をへて屋敷の中へとやってくる。
入ってきたのは、言いようのない恐怖と焦燥感に駆られた30人ばかりの群集だった。
さすがに子供はいないものの、青年から老人まで男女問わずそろっている。
「あー、ようこそ! 人様の屋敷へ。家の持ち主を訪ねてきたのなら生憎だけど、ここ借家なんだー。そういうわけだからお帰りいただけるかな?」
ウィラーは足元に飛んできた蝶番の一部を蹴り飛ばし、慣れ親しんだ目の前の光景にのんきな口上をしゃべりだす。
蹴り飛ばした蝶番が不用意に近づいてきた群衆の1人に蝶番が命中した。
しかし人々はウィラーの口上など聞きもせず、額を抑えてうずくまった1人を押しのけ、必死な声で叫んでいく。
「頼むウィラー! わしはまだ死にたくないんじゃぁ。どうかぁ、どうかぁ!」
「命をぉ、寿命をくれぇ!」
「金ならいくらでも払う。いいだろ? 金はちゃんと払うから!」
「頼む、こっちを見て、俺の話を聞いてくれっ!」
押し寄せる懇願の声。
すがるような念。
押し付けがましい願望。
その全てを一身に受けたウィラーは、その上でそれらを鼻で笑って吐き捨てた。
「あいにく怪我や病気は自分の手には負えねーよん。どうせ押し掛けるんだったら、[神官]のいる神殿か、[治療師]のいる治療院。それか[巫女]たんのいる神社にしたら良かったのにね。ま、恨むんならご自分等の判断ミスを恨みなさいという事で……回れ右して帰れや」
嘲るような切り返しに、押しかけた群衆は簡単に沸騰する。
「貴様、私をバカにしてるのか!」
「お前、ふざけるなよ!」
「なあ、聞いてくれよ! ちょっと俺の寿命を延ばすだけでいいんだ」
「金は払うと言っているだろう!」
それぞれが思い思いに怒りをぶつけてくる。が、何故自分達が相手にされないのかは分からないらしい。
「金の問題じゃねーんだよ。引っ越すたびにアポなしで図々しく押しかけやがってさぁ。ほんといい加減にしろよな」
しかしウィラーがいくら望みを撥ね付け、立ち退くように言っても、人々は全くひるまなかった。
「なら金以外の報酬も出す! 欲しいものがあるなら言ってくれ!」
「そんな、頼むよ。まだまだ死にたくないんだ!」
「何故だ、金の何がいけない!」
「基準が金じゃないって事は俺にもチャンスがあるってことだよな? な?」
「分かってるって……欲しいのは女だろ?」
最後のにはちょっとだけ心が揺れた。
思わず片眉がピクリと動く。
「……けど、文字通りお話にならないね。全く、何で交渉の余地があると思えるんだか」
先ほど言った通り、怪我や病気なら専門職に任せればそれですむ。
散々命だの寿命だのと喚いているが、この中には必要に迫られて訴えに来た者も、死期が近い者はいないはずだ。
その事をウィラーは経験から知っていた。
そもそも本当に死を恐れる人間は自分を相手にする前に、ひたすらにレベルを上げることで生命力の底上げをする。それがこの世界という場所だ。
しかしこの場にいるほとんどの人間のレベルは良いとこEランク程度。
感覚を研ぎ澄まして探りを入れさせてみても全く脅威を感じない。
「お前ら、まるで歩く雛鳥みたいだよな」
ピーチクパーチク喚き散らして、望むものが届くまでひたすら口を開ける。歩く分だけ性質が悪い。
彼らが寿命を求めている理由は予想が付く。今までやってきたものと同様に『自分がいつか死ぬ』という事を感覚的に理解し、その現実を遠ざけたい一心でここにきたのだろう。
自分だってモンスターとの戦闘中に、締め付けてくるような死の恐怖を味わったことがある。
あの腹に溜まるような不安から逃れたくなる気持ちだって理解できる。
だが、だからこそ、ここで寿命が延びたとしても、彼らがさらなる命を求め再び自分にすがってくる事は目に見えていた。
だからウィラーはそうじゃない人に呼びかける。
「自分は『親の死に目に立ち会わせて』とか『せめて生まれてくる息子の顔が見たい』ってな感じのちゃんとした理由があればギルド経由で動くようにしてるからさ。依頼がしたいならギルドに行って許可取ってくれないかなぁ? 頼むから」
するとその言葉を聞いたほんの数人が安心した様に屋敷から去っていく。彼らには何かしらの理由があったという事なのだろう。
だが、大半の人々は納得がいかない様だった。
「うるっせえな! あんな所行ったってどうしようもねえんだよ!」
「以来の審査で弾かれたからこうして来たんだろうがっ!」
「つべこべ言ってねえでやることやれよ!」
盛大な逆ギレ。
「ほんと、お話にならないね」
ギルドの受付で依頼として受理されなかった。と言う事は、彼らが出した依頼の本質が『死ぬのが怖いから長生きする手助けをして』という内容だった事を示している。
取り合う必要があるとは思えなかった。
「それじゃー、夜更かし大好きな雛鳥の諸君。健康と美容。そして他ならぬ自分の精神安定のために、この辺で眠っとこうかー」
その言葉の意味が『力づくで黙らせる』という事を察し、ざわつく人々の前でウィラーは笑う。
彼らは自分にかなわない。これほどの数をそろえながら実力行使に出ていない事からもソレは明らかだ。
中には『各上相手の無茶なお願いでも皆で行けば大丈夫!』なんて甘い考えで来た者もいるだろう。
勝敗は分かり切っていた。
痛い思いをすることを恐れた数人が逃げていくのを見ながら、ウィラーは自分の中へと呼びかける。
「起きろ、カラドリウス」
すると呼びかけに応じて、ウィラーの体中に彫られた刺青が青く光りだし、刺青から噴き出るように漏れ出した真っ白な光が、ウィラーを核にして一羽の怪鳥を形作っていった。
その場に成った。白い、大きな鳥。
巨大な翼が群衆の中を羽ばたいた。
壁にあいた風穴から入ってくる夜風が心地良い。
「はー、毎度のように思うけど……むなしい勝利だよね」
作業と言ってもいいような戦闘を終えたウィラーは、カラドリウスを収め、苦々しい表情で気絶した群衆から目を逸らす。
ロビーに立っているのはウィラーだけ。気絶させた群衆達はしばらくの間は起きそうにない様だった。
少しばかり名残惜しいが、今すぐにこの屋敷から退散して、ギルドに報告するべきだろう。
しかしウィラーがそう結論付けた所で、倒れていた群衆の中から1人の男が立ち上がる。
「さす、がは……Sランク冒険者、だな。『鳥籠』の、ウィラー」
しかし途切れ途切れにしかしゃべれないらしい。
相手に意識があるとは思っていなかったウィラーは驚き、賞賛の意を込めて手を叩く。
「へえ、立っているのもつらいはずなのに、ここまで喋れるか。タフだね。結構吸い取ったのに気絶しないなんて、大した精神力だ。」
そしてただ一人、フラフラになりながらも立ち上がった男はゆっくりとウィラーに質問をした。
「なぜ、求めるものを、救おうと……しない?」
「際限なく湧くからだよ。蛆みたいにな。その上こういう手合いは甘い顔をすれば付け上がって寄生しようとしてくる。撥ね付けるのは当然だろ? それに勘違いしてるやつが多いけど、自分の力は人に寿命を与えれるわけじゃないわけだしね」
「それは、知って、いる。だが、結果としては……似たような、ものだろう」
男の言葉にはウィラーについて知っているという確信が宿っていた。
「否定はしねー。が、だから何だ?」
「力を持つ、者には……責任が、ある……はずだ」
「出たよ、人に面倒事を押しつけるための常套句。でもその責任とやらは、ギルド経由でのみ依頼を受ける事で果たしてるつもりだぜ? 責任が生じるからこそ、ちゃんと人を選んでな」
正規の方法を取らず、押しかけ強盗じみたマネをするヤツが正論に聞こえるセリフを吐いたところで説得力なんてない。
「それこそ『鏡見て出直して来い!』って話だぜ」
するとその言葉を聞いた男は今に倒れそうな状態で笑みを作り、言い放つ。
「なる、ほど。問題は……依頼者の、顔……か」
「そういう意味じゃねえよ!?」
「っははは……」
男はウィラーの言葉に『してやったり』とでも言いたげに笑うと、ゆっくりと意識を手放していった。
「ほんと、とんだプレゼントだったな」
壁にあいた四角い穴を出て、街の方へと歩き出したウィラーは自分の抱えてしまった厄介ごとについて調べようと冒険者ギルドに向かって歩き出していた。
気になるのは最後まで立っていた男の背後関係だ。
自分にすがってくる他の人達とは明らかに違う雰囲気と言葉。そしてカラドリウスの一撃を受けても気絶しなかった実力を思い返すと、何者かの使いだった可能性がある。
「こりゃ面倒な事になるかもなー」
ギルドを通さずに使いを送るような相手だ。関わりたくない手合いと関わってしまったかもしれない。
しかもそれと同時に実に無駄な時間を過ごしてしまったとも思う。
押しかけたバカどもが、長時間扉を叩いていたせいで、せっかくの美味い酒も気分よく味わえず。
最後に上手い事切り返されたせいで、二日酔いでもないのに胸糞悪い。
おまけに面倒事の種が最後の最後で立ち上がったのだ。
気付けば朝日まで昇り始めている。
「こうなったら護衛でも雇ってみるかー」
しかしこの状況に確実に対応できる冒険者となると腕利きのAランク以上を雇うことになる。
間違いなく大金が飛んで行くだろう。
「……朝日が目に染みるな」
そのまま朝日に目を細め手をかざしたウィラーは、思い出した様に、しかし感慨深げに呟いた。
「ハッピーバースデー、自分」
117歳の誕生日、おめでとう。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
かなり時間がかかってしまいましたが、第一章の修正がある程度終わったので、二章の方へと入らせていただきます。
リメイク中は自分の文章力のなさと、癖の強すぎる一部のキャラのひねくれ具合にものすごく苦しめられました。
第一章執筆時に具体的な批評を下さった皆さん。おかげさまで文章校正やストーリー、セリフなどを見直すことができました。非情にありがたかったです。
ただ、修正は入れたものの、まだ至らない点が多々あると思います。
『ここが悪い!』という点があったら感想の方に、できるだけ具体的に書いていただけるとありがたいです。
最後になりましたが、修正中もこの小説をお気に入り登録し続けてくれた皆さんにお礼を述べてあとがきを閉じたいと思います。
本当にありがとうございました。
これからもこの小説を楽しんでいただけると幸いです。