リメイクしました第一章 第二十九話「ほうブドウとな」
前回のあらすじ
僕たちはサムズアップに対する広くて深い理解を強いられているんだー(棒)
「リアクションに困る」
一仕事。もとい急患状態のトラウマおじさんを治療した後に飲む牛乳は格別と言って良い味……だったら良いのだが、正直場の空気にのせいで味わうどころではない。
R18指定の原因になりかねない2人を宿から事前に排除したオレは、生まれて初めて見る謝罪風景に何とも言えない気分になりながらパイン味の牛乳を飲んでいた。
目の前では30人近くの女性たちがトラウマおじさんに向けて頭を下げ、謝罪を繰り返している。音ナシならばちょっとしたハーレム展開にも見えるシチュエーションだ。
しかし世が世ならハーレムキングになっていたであろう当人はかなり憔悴しておりリアクションを取るのもままならないでいるようだ。
無理もない。
なんせ大ダメージを受けた上に麻痺、毒、火傷、凍傷、混乱、呪いを始めとした様々な状態異常に掛かっていたのだ。偶然にも状態異常によるダメージを喰らわない石化系の状態異常を受けていたおかげで一命は取り留めたが、ソレは石化になっていなかったら確実にお陀仏コースだったという事でもある。
とりあえず女性たちの謝罪に虚ろな目で機械的に反応するのが精一杯なのは仕方のない事なのだろう。
「悪運が強いってのも大変だな」
しかしそれにしてもスゴイ。
女性たちが口にする数々の謝罪の言葉は、それこそ女の子の『おじちゃんゴメンナサイ』という可愛らしいモノから、ヨボヨボなお婆さんの『お詫びにわたしゃを一晩抱かせてあげようかの?』という際物まで多種多様。トラウマおじさんはその全てを『大丈夫ですから気にしないで下さい』のワンコメントで捌き、なおかつそれ以上の謝罪を防いでいる。
「とても真似できないな」
何というコミュ力。これで感情の無い微笑じゃなければ完璧だろう。
お子様におじちゃんと言われてダメージ受けてた気もしたけど、悟らせないように気を使っていたみたいだったしな。
そんな謝罪会の横では『トラウマおじさんを支える会』の会員であるホビットのジオットさんが募金箱と入会書を持って謝り足りない人の相談に乗っている。
どうやら罪悪感に悩む女性たちが自然な流れで寄付、または『支える会』への入会することを狙っているらしい。なんという抜け目のなさ。
人の心理に付け込んだ宗教団体顔負けの拡大戦術である。
「……コッチはその気になればマネできそうだな」
なんにせよ、こうやって『支える会』はどんどん大所帯になっていくのだろう。
「丸く収まって何より。なのかねー」
まあ深く考えるのはよそう。
今日はかなり疲れたし、さっさと飯食って寝たい。
一連のゴタゴタで外食する気も失せたオレは、この食堂で一番安い『本日の日替わりメニュー』を注文して席に着く。
『本日の日替わりメニュー』を注文して出てきたのは、湯気を立てる生姜焼き丼と豚汁。そしてサラダと味噌汁とデザートのセットメニューだった
「お、美味そう」
和風ドレッシングが掛かった付け合せのサラダはわざわざ魔法で野菜を冷やしてある。
「いただきますっ」
早速食事を始めたオレは生姜焼きに使われた豚肉の柔らかさに頬を緩ませ、豚汁のまろやかな味噌の味にホッと息をついた。
「やっぱり美味しい物は良い」
温泉とはまた違った形で癒される。
思い返せば修次に『アルジャンワールド』をやらされてからのこの一週間はロクな目に会ってなかった。……定期的に美味しいものを食べないと持たないな。
「けどこれからどうするかな」
今後どう動いていくかが決まらない。
今日の[ゴラムーニョ]戦で、『戦う』という事の難しさはよく分かった。
問題はそれを踏まえた上で、明日からどうするか? なのだが、何かの目的があって呼び出された訳でもなければ、特にやりたい事も無い。
やっぱり世界中を回りながら元の世界に戻る方法を探るべきだろうか? けどそうすると目の前の事に一杯一杯になって元の世界どころじゃなくなる気もする。
「とりあえずは[迷宮都市ラース]でちょくちょく仕事をこなしながら、この世界の事を知る。ってのが一番かな。まずはこの世界の常識をマスターしよう」
どうするにせよまずはそこからだな。
「ハッ、よく言うぜ。この歩く常識外れがっ」
「ん?」
この口調、この声。もしかしてリデルか?
オレはパーティーメンバーの生還を祝福すべく、声のした方に顔を向ける。
「おー、生きてたか。リデ……ル?」
「二人っきりにしてくれてありがとうな。おかげでこのざまだっつーの」
すぐそこに立つリデルの顔は元の形が分からないくらいパンパンに顔の腫れている。
「……いかした変装だな」
「やかましい。クッソあのアマ、人の顔を取れたてのブドウみたいにしやがって」
「ま、まあ意識はハッキリしてるみたいだし、大丈夫だろ」
「ケッ、[神聖魔法]でそこそこ治したからな。おかげでMP切れたぜ」
「そこそこ治してそれかよ」
さすがはお仕置きシーン。現実は恐ろしい。
「とにかく治療だ治療」
「へいへい、[ギガヒール]っと」
念のため[ヒール]の上位版で治療を施すと、リデルの顔がみるみると元の状態に縮んでいく。
人の顔が縮んでいく様はちょっと怖かった。
「お、スゲ。ホント便利な野郎だな」
治療が終わり、自分の顔の形を確かめたリデルは感慨ぶかげにしみじみと呟く。
「とりあえず飯食ったらどーだ?」
「ハッ、そうだな、そうすっか。隣座るぜ」
そしてオレの提案に頷いたリデルは当然のように裏メニューを注文した。
「おっばちゃーん、裏メニューの豚汁ラーメンよろしく!」
「豚汁ラーメン!?」
小中学校のころ給食に出てスゲェ好きだった覚えがあるアレか!
「良いだろ。ウルトラコラボだぜ……」
「んー、確かに良いな」
思いで補正というやつかもしれないが、少しして出てきたラーメンは懐かしいうえに美味そうだった。
その後、オレが『本日の日替わりメニュー』のデザートに入り、リデルも完食まであと少し。という時にある男が正面の席トレイを置いた。
トレイの上に乗るのは天ぷらうどん。置いたのはMrフルフェイスだ。
昼間のリベンジとでも言わんばかりに天ぷらうどんは大盛りになっている。
「事情は聞いたぜぇ、弟子よぉ。派手にやらかしたらしいじゃねえか」
「し、師匠! もう噂になってんですか!?」
「そりゃ、もう一気に広まってるぜぇ」
Mrフルフェイスも大まかな展開は聞いているらしい。一通りリデルの話を聞くと真剣な顔で尋ねていく。
「弟子よぉ、今回のお前の行動。何が足りなかったか分かるかぁ?」
「足りねえ……モノ?」
これは間違いなくモラルと理性と常識だろう。賭けてもいい。
だがここからのMrフルフェイスはオレの予想を超えていた。
「お前に足りないモノ。ソイツは『強さ』だぁ!」
「っほう、強さ!」
へ、何で強さ!?
「弟子よぉ。お前がアリスにシバかれていたあの時。あの時もしお前がアリスより強かったら話は違っていたはずだ!」
オレの疑問を砕こうとするかのごとく拳をリデルへ突き付け、バレエダンサーのように手をふわりと動かすMrフルフェイスは真剣に語る。
「あの時の攻撃を華麗にあしらって、キラリとした微笑を見せてりゃあ、多数のファンを獲得していたはずよぉ!」
「おお。おお!」
「いや待てリデル。それファンの意味が違う!」
そのファンは殺害目的のストーカーをオブラートに包んで表現した言葉だから!
「弟子よぉ、テメエの価値を高めるのだ。そうすりゃあ狙った女はイ チ コ ロ!」
「おおイ チ コ ロ!」
「いや、それイチコロなのはお前の命だから!」
自分の価値を高めるって、賞金首としての危険度と懸賞金が上がるだけだから!
しかしオレの説得も虚しく、上手い事誤解したリデルは宣言してしまう。
「分かったぜ師匠。俺、強くなる!」
セリフだけなら主人公っぽいのに何故コイツはこうなのか。
「おうっし、よくぞ言ったぁ。そうと決まれば明日から修行だぁ!」
「ありがとうございますっ師匠!」
今はただ関わらないでいたい。
「おぉう、我がでーしよーぅ。お前の未来は明るいぜぇ!」
そして皮肉の利きすぎた発言をするMrフルフェイスは、にこやかに笑いリデルの左胸を拳でトンッと叩き熱弁する。
「お前の芯の強さがあればどんな奴にだって勝てるようにならぁ。心を強く持てぇい」
「し、師匠!」
手を取り合う変態と変態。
「デザートが不味くなるわ」
オレは思わず[エリミネイト]を発動してしていた。
「……さて、部屋に戻って寝るとするか」
誰もいなくなったテーブルを立ち、リデルの食べかけ豚汁ラーメンが冷めたり伸びたりしないよう時間停止魔法をかけたオレは、あくびを噛み殺しながら部屋へと歩き出していく。
後にはただ冷めていくうどんだけが残っていた。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
これでようやくリメイク終了です。
長い間待たせてしまって申し訳ありませんでした。
ちなみに没にした初期のオチは主人公の[鑑定師]と[仕立て屋]のコラボで『魔眼覚醒!』な話でしたが「さすがに下ネタの連発はダメだな」という理由からお蔵入りとなりました。
R15で下ネタの連発はダメですよねw
ではまた次回にお会いしましょう。