リメイクしました第一章 第二十三話「ほう相合傘とな」
前回のあらすじ
満を持して大御所登場。でも前に出てきた砂トカゲより格下。
「お高いところでガサガサしてんじゃねーよ! 見下してねーで降りてこいやぁ!」
[アルカの森]の鍾乳洞、その中にあるひときわ大きな空間にリデルの怒声が響き渡る。
聴力の高い蝙蝠型のモンスターはたまったものではないだろう。遠くの方からいくつもの羽音が離れて行くのが聞こえて来た。
だが我等が大バカは、自分の引き起こした近所迷惑など気にもせず、さらに怒鳴るつもりらしい。大きく息を吸い、オレが止める前に再度大声を張り上げる。
「オイコラ聞こえねーのかー!? テメーの耳は頭のネジを外した後の空洞か何かですかー!?」
見事に煽ってるな。
だがリデルが煽り文句を言いたくなる気持ちは分からなくもない。
[鑑定]を発動しているオレには、簀巻きにされて吊るされたモンスターたちの上で素早く動き回る[ゴラムーニョ]のネームプレートがハッキリと見えていた。
場所はオレ達の30メートルぐらい真上、この縦にも横にも広い空間の天井ギリギリの位置だ。しかし対するコッチは揺れる蜘蛛の巣の遥か下。
降りてきて欲しいと思うのはオレだって同じだ。
[障壁]で足場を作れば上がれなくはないが、ソレをやると下がスケスケのシースルーな足場で戦うはめになる。やるとしても最終手段だろう。
「で、リデル。お前の徴発は華麗にスルーされたけど、これからどうするつもりだ? てかそもそも[ゴラムーニョ]って話が通じる相手だっけ?」
言語的な意味で。
「あ、安心しろ親友。世の中には人語を話すモンスターだっている!」
信じていた味方に裏切られたとでも言いたそうな顔で、リデルは必至の弁解をする。
コイツ、さては自分の発言がツッコまれるとは思ってなかったな。
「けど、人語を話すモンスターか」
たしかに興味はあるな。こんな場所、それも戦闘中じゃなかったら詳しく聞いてみたい話題だ。
「で、ちなみに[ゴラムーニョ]は?」
「……フッ、ただのデカイ蜘蛛だな」
「ですよねー」
『世の中には』とか言ってる時点でそうだろうとは思ってたよ。
「ま、大きくて虫っていう時点で、個人的には十分嫌なモンスターだけど」
けれど所詮はCランク。しかも弱点が雷属性という事も事前に見た[モンスター図鑑]でチェック済みだ。
ランクBの[サンドワイバーン]でさえ中級魔法1発で瀕死に追い込めたんだ。上級魔法の一発でも当てれば即KOだろう。
「そこの2人、漫才してないで上見て! 来てる!!」
「「え?」」
どうやら会話に集中しすぎたらしい。フェレスの警告に反応して上を見れば、はるか頭上に立つ[ゴラム―ニョ]がオレ達に向けて糸の槍を撃ちだしている。
「蜘蛛が遠距離攻撃かよっ!」
さすがはリアル異世界、モンスターが本当にモンスターしてやがる。
とはいえ今の体のスペックなら十分見切れる攻撃のはず。オレは気で強化した動体視力を使い、糸の軌道を見極めていく。
見切った! 顔面直撃コース!!
「ダメじゃねえかっ」
オレは毒づきながら自分の頭をめがけて直線に飛んでくる糸を飛びのいて躱す。
すると地面に当たった糸はまるでガムのようにその場にへばりつき、地面を薄く抉り取ってから[ゴラムーニョ]の元へと戻っていった。
「さ、避けてよかった」
天井の方へと消えていく糸を見て、オレは思わず呟いてしまう。
恐らくさっき[モノクロバット」の羽音が消えたのは、今の遠距離攻撃で絡め取られたせいだろう。見た目はトリモチでできた取縄だ。糸の強度にもよるがこの槍みたいな太さを考えると、喰らった時点で一本釣り確定と見た方が良いかもしれない。
とりあえずさっきのを顔面に喰らったら窒息していただろうな。
『油断』『簀巻き』『子蜘蛛のエサ』。
さっき聞いたトラウマおじさん武勇伝。そのポイントとなっていたキーワードが、頭の中でリズミカルに木霊する。
コッチは[ゴラムーニョ]によって簀巻きになった前例を知っているのだ。考えただけで背筋が寒くなる。
それによく考えてみれば、さっき聞いた『巣の簀巻き?事件』の教訓はもちろん、オレ自身[サンドワイバーン]戦で油断した前科みたいなモノがあるのだ。
「油断と慢心は禁物ってか」
オレは気を引き締めつつ、続けて撃ちだされた糸を今度は[障壁]でガードした。
蜘蛛の糸が低い音を立てながら障壁に張り付き、視界の一部を遮る。
障壁が引っ張られた。
「っとお、マジか!?」
どうやらそのまま障壁そのものを引きはがすつもりらしい。障壁と糸の接着部分が粘着質な音を立て始めている。
だがありがたいことに[障壁]はビクともしなかった。
しばらく[障壁]を引っ張っていたい糸は最後に音を立て剥がれると、何の成果も持たずに[ゴラムーニョ]の元へと戻っていく。
「っし。とりあえず一安心って所か」
障壁を使えば何の問題も無く防げる事は分かった。いきなり後手に回ったが、出だしはそれほど悪く無いだろう。
だがココからが不味かった。
[ゴラムーニョ]が糸を撃つターゲットを切り替えたのだ。
「テツ君、ウチもそこに入れて!」
ペタペタと降り注ぐ糸の間を縫うように走って来る猫耳娘。障壁の下なら安全と考えたフェレスが素早く障壁の下に避難する。
さきほど撃たれた糸からも分かるように、今の[ゴラムーニョ]の攻撃は位置的な問題で上から下への降ってくるものに限定されている。
またトラウマおじさんの話にも、モンスター図鑑にも、この状況で上以外から攻撃できるような何かは出ていない。
つまりこの障壁の下でならノーダメージで切り抜けられると考えた、フェレスの判断は間違ってはいない。と思うのだが……。
「あ、ああああ、相合傘っ!? 親友、殺すぞテメエ!!」
約1名、こういう時に黙ってられないヤツがいた事を忘れていたらしかった。
「んなこと言ってる場合か!」
すかさずリデルにツッコミを入れる。が、リデルは混乱しているらしく、気付けば自称親友に浴びせるとは思えない罵詈雑言を吐きながら、コッチに向かって歩き始めていた。
「とりあえず暴言は広い心で流すから、コッチ来んな」
雨の中のシチュエーションがどうのこうのと、ロマンチックの欠片も無い攻撃の雨が降り注ぐ中熱弁するリデル。
華麗なステップで攻撃を躱し、コッチに近づいて来るその姿はあまりにも不審者すぎていた。
「ハア、障壁」
しかたがないのでリデルとの間に障壁を展開、不審者をシャットアウトする。結果として鈍い音と共に、詰め寄って来たリデルの体が弾かれたが、まあ気にしなくても良いだろう。
「悪いなリデル、今は戦闘中なんだ」
自分でも驚くほど完璧な正論。だが今のヤツには正論なんて何の効果も無いらしい。
「上等だ、こうなったら俺の真の力を見せてやらぁ!」
何か覚醒しそうなセリフを叫んだリデルは、あろうことか片手を振り上げた状態で空中に浮かび上がっていった。
「う、ウソだろ!?」
思い出すのは前の階で見たトラウマおじさんの姿。
だがリデルはあの時見たスキル、[空中歩行]と違い、空間を踏みつける事無くただ浮かんでいく。
「まさか本物のカルト教祖なのか?」
その真偽はともかくとして、一昔前のヒーロー番組を思い出すような体制で飛んでいくリデルはどこまでもカオスだった。
「ちょ、何よあのスキル!?」
「っ! フェレスも知らないのか」
なんとあのスキル、[情報屋]のジョブを持つフェレスでさえ知らない代物らしい。まさかジェラシーの力が新たなジョブを覚醒させたと言うのか?
だがもしそうなのだとしたら、あのリデルの『何が起こっているのか理解できない』とすら言いたげなアホ面も理解できる。
オレは気で視力を強化。リデルが新たに得したジョブを確かめるため、[鑑定]を発動する。
そして気が付いた。
リデルの背中、そこから何かワイヤー的なモノが天井に向かって伸びている事に。
そう、リデルの体は蜘蛛の糸によって見事に釣り上げれていたのだ。
「ワイヤーアクションかよっ!」
何で敵モンスターと仲良くコンビプレーしてんだお前は!
まあ普通に考えれば障壁に守られたオレとフェレスが攻撃できない以上、残った余り物。それも隙だらけのリデルに攻撃が行くのは考えれば当然の話。障壁に当たって動きが止まった所に、糸が張り付いたのは不思議と言うほどの事ではないのかもしれない。
「てかちょっと待てよ。つまりコレはアイツが近づくことを防いだオレのせいなのか?」
だが自分が悪かったと思おうとすると言いようのないモヤモヤが湧いてくる。
ハア、切り替えよう。このままではリデルは蜘蛛巣の上に逝ってしまう。今は急いで糸に魔法を当ててアイツを引きづり下ろさないといけないのだ。
だがオレが魔法陣を展開しようとした時には、リデルのそばに炎に包まれたショートソード――いや、正確にはソレを手に疾走するトラウマおじさんが現れ、リデルを釣り上げる蜘蛛の糸を素早く焼き切っていた。
「た、助かったぜトラウンの旦那!」
トラウマおじさんは糸が切れた事を確認すると、素早く剣を鞘に仕舞い、落ちかけたリデルを受け止める。
お姫様抱っこだ。
だが何はともあれ[ゴラムーニョ]に対するトラウマは吹っ切れたらしい。トラウマおじさんの雰囲気はいつもの頼りがいのあるモノに戻っていた。
「にしても何時の間にあんな所に行ったんだ?」
[空中歩行]をつかい宙を駆けるトラウマおじさんのいる場所は、蜘蛛の巣からたった3、4メートルしか離れていない。[ゴラムーニョ]まであと少しの位置だ。
さっき出現したように見えたのは隠密系ジョブの何らかのスキルによるものだろうか?
しかし下手に距離が近かった今度はトラウマおじさんが狙われてしまい、狙いを定めた[ゴラムーニョ]が2人に向けて至近距離で糸を発射する。
「危ない!」
いくらトラウマおじさんが速くてもリデルというお荷物がある以上、トップスピードでは動けない。オレの脳裏に『簀巻き』の3文字が浮かび上がる。
だがトラウマおじさんは上手かった。糸が迫る中[空中歩行]をあえて解除。落下する中で体制を変え、再び宙を蹴る事で連射される[ゴラムーニョ]の糸を回避する。
「あの人、メンタル以外はマジですげえっ」
圧倒的なスピードを誇る身体能力と、一瞬の判断力。運の悪さが無ければ、きっと相当な使い手に分類される人なのだろう。
オレには無い何かを、戦闘に必要な才能を持っている事が見ていてよく分かる。
とは言え相変わらずトラウマおじさんが狙われているのに変わりはない。ここはターゲットから外れたオレ達下にいる2人が援護するべき場面のはずだ。
「フェレス、何か遠距離攻撃のスキルは持ってるか?」
「う、ゴメン。ウチの手持ちスキルは一番射程の長い技でも10メートルくらいまでしか届かない」
「分かった。オレが魔法で牽制するからフェレスはスキルを温存しておいてくれ」
「うん、ゴメンね」
「気にすんなって」
確か[ゴラムーニョ]の弱点属性は雷だったな。
魔法の範囲がイマイチ把握しきれていないので、念のため下級の魔法をチョイスして頭上に陣を構築する。
「上がれ! [スパークランス]!!」
そして完成した雷の魔法が予想以上の速さで[ゴラムーニョ」へと飛んでいった。
範囲的に考えてもトラウマおじさん達に当たる心配はない。このままいけばかなりのダメージを与える事が出来るはずだ。
だが手ごたえを感じたにも関わらず、オレの撃ちこんだ[スパークランス]は[ゴラムーニョ]の足元に広がる蜘蛛の巣に当たったとたんに弾けて消えてしまう。
「嘘だろ!?」
予想しなかった結果に驚きが隠せない。
まさか『ゴム的な糸だから電気は通さないのさ』的な設定でもあるとでも言うのだろうか?
クソッ、ゲームクリエータを恨んでやる。
だがどうする? 雷の魔法が巣に通らないのなら、最終遮断の『シースルーな足場作戦』を使って近距離から直接ブチ込むか?
「テッペイ君、火だ、火の魔法だ!」
「と、トラウマおじさん! 火の魔法ですか!?」
トラウマおじさんは[ゴラムーニョ]の放つ糸を起用に躱しながら頷いて肯定する。
「そうだ、火の魔法で蜘蛛の糸を燃やしてくれ!」
それを聞いてようやくオレも理解した。
あの蜘蛛の糸は燃えるのだ。
よく考えればリデルを助けた時の、蜘蛛の糸を切ったトラウマおじさんのショートソードには炎が纏ってあった。
焼き切れるのなら燃えるのが道理。
「トラウマおじさんの狙いは最初から蜘蛛の巣だったのか」
よくよく考えたら蜘蛛の巣の上へと突っ込んでもソコは文字通り相手のホームグラウンドだ。
まず最初に巣を排除しようとするのは当然とも言える事だった。
そう考えるとさっきスキルで姿を隠していたのも、邪魔をされない状態で確実に巣を潰すためだったのかもしれないな。
よし、一気に行くか。
「蜘蛛の巣全体を燃やすのなら、広い範囲に魔法を撃ちこんだ方が良さそうだな」
糸の各所に炎を起こせて、それでいて味方に当たらないような範囲設定の効く魔法。
思い浮かぶのはこの世界をゲームとして見ていた時に[シュウ]の使っていた魔法。その火属性の上級版だ。
素早く準備を済ませたオレは頭上にかかった蜘蛛の巣を睨み、その魔法の名前を口にした。
「[フレイムショット]」
そして魔法陣から飛び出した無数の炎が花火の様に打ち上げられ、蜘蛛の巣へと当たる。
「こうして見ると綺麗なモンだな」
魔法が当たった場所を中心に燃え広がっていく蜘蛛の巣は、その全体像を浮かび上がらせるように赤く光ると、ゆっくりと、世界に溶けて行くかのように焼け落ちていった。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
今回は珍しく戦闘シーンが長いです。
トリ的な相手なんで文句は無いのですが、今までの戦闘と比べると一度に書く人の数が多い。いやー、書きにくいです。
小説のトークはやっぱり一対一が一番書きやすい形みたいですね。