リメイクしました第一章 第二十話「ほう拾い物とな」
前回のあらすじ
小さいのが相手だと意外と戦いにくい
「おーい、親友ー」
「げ、リデル?」
ちょうど[モンキーバナナ]を食べようとしていたオレは、向こうからリデルが走って来るのを見て行動をストップする。
なにせ見つかったら『一口(極大)食わせてくれ』と言われかねない相手だ。警戒するのは当然と言える。
だがリデルの口から語られたのはいたって真面目な話だった。
「トラウマおじさんが単独行動?」
「ああ、この階は結構広いから普通に階段を探したら、かなりの時間が掛かるかもしれねーだろ? だったら経験とスピードのあるトラウンの旦那がひとまず単独で階段を探してみるほうが良い。って事になったって訳だ」
「なるほどね」
戦闘前にリデルとトラウマおじさんが話していたのはその事か。
確かにあの人がメインで使ってるジョブ、[忍者]と[暗殺者]は隠密性が高そうだし、斥候として状況を探ってもらうには打ってつけだろう。
ジョブだけを見れば、だけど。
「で、リデル。トラウマおじさんを1人にして大丈夫なのか?」
そう、依頼書に会ったトラウマナンバーや昨日の『よだれ事件』でも分かるように、あのおじさんのタイミングの悪さ、残念さはおそらく天然を超えた天然。天然記念物の域にある。
オレもこんな状況に陥っている身。あまり人の事は言えない変な運を持っていると言える。が、あの人のソレは失恋から生死の境目までを広くカバー。オレなんかとは比べ物にならないスケールの大きさがある。
そんな人を1人で行かせてもしもの事があったらどうするのか? オレ達のフォロー無しでは死んでしまうのではないか? 正直不安で一杯である。
だがリデルはオレの心配などまるで相手にせず、まるで見せつけるように鼻で笑って首を振った。
「ハッ、大丈夫だって。旦那が本気で姿を隠したらこの階のモンスター程度じゃ絶対に気付けねえよ」
「そうじゃなくてまた新たなトラウマが生まれるかもしれないだろ? って言ってんだよ。もしもの時にフォローが無かったらヤバイだろ」
するとリデルは『分かってないなぁ』とでも言いたそうにニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。
「安心しろよ親友。テメエは知らねえだろうが、旦那は1人でいればSランクにも匹敵する実力を持ってんだよ。実際あの人のトラウマは周りに誰かがいる時にできてるからな」
「は?」
コイツ、一体何が言いたいんだ?
「あー、分っかんねえかな」
キョトンとしたオレを見てリデルはやれやれと首を振る。
「覚えときな親友。旦那は人に見られると失敗するタイプの人間なんだぜ」
そ、それってつまり……。
「ただのシャイボーイじゃねえかっ」
驚愕の真実だった。
「ってちょっと待て。それなら何であの人はパーティメンバー募集の依頼を出してたんだ?」
リデルのトンデモ発言から気を取り直したオレは『ウソ臭くて信じられねえ』という事もあり、とにかく頭に浮かんだ疑問をリデルにぶつけてしまう。
「フッ、いち早くそこに気が付くとはさすがだな親友。ならば『トラウマおじさんを支える会』の会員として語ろうじゃねえか。伝説のトラウマ、トラウマナンバー1のエピソードをな!」
「……あの人にはプライバシーと言うモノが無いのか」
そして本人の許可を取る事も無く、トラウマおじさんの過去。もとい個人情報の流出が始まった。
「コイツは[忍者]と[暗殺者]の両親を持つ、生まれながらにして高いSPDを持ったあの人が『疾風のハイハイ』と呼ばれていた頃の話だ」
「何その不名誉な感じの二つ名」
学校の授業中に誰よりも早く挙手してました的な感じか?
二つ名に対するイメージが膨らむ中、オレのリアクションを見たリデルは『よくぞ聞いてくれた!』と前ふりを置くと、二つ名の由来を嬉しそうに話し出す。
「当時2歳だった旦那が、ハイハイひとつで両親を振り切り、人混みをすり抜け、門番を飛び越え、あろうことか[ビギナーズ平原]の先にある[小人の峠]にまで攻め込んでしまった所からこの話は始まる」
……2歳!
その年で二つ名!
しかも本当にハイハイ!
「ってちょっと待て、まさか2歳児がハイハイ歩きで峠を攻めたのか!?」
「そうだ! だが旦那が2つ目のカーブをドリフトした時、自分を追いかけてきた両親に追いつかれちまった時に悲劇が起きた」
「ドリフト……」
車のタイヤがスリップした状態で起きるアレを、人体で行ったというのか。
分からねえ。この世界が分からねえ。
「おお、何と言う事か! 親に見られている事を意識した旦那は、そのままそばにいた[コボルト]に激突。もみくちゃになった挙句、コボルトが旦那の背中に乗る形で落ち着いてしまったのだ! そして気づけば、その上に乗った[コボルト]がそのまま旦那を使って峠の下りを攻めはじる始末!」
よ、幼児に乗って峠の下りを攻める[コボルト]。
「その時の親は何やってたんだ? 助けろよ」
「ハッ、そんなん腹筋のダメージが大きすぎてすぐに動けなかったに決まってるじゃねえか。まあ峠を下った後には当然助けたらしいがな」
「つまり最後まで笑いながら見ていたと」
その光景を見守っていたい気持ちは分からなくもないが、ソレは親としてどうなんだ。
思わず図鑑で[コボルト]を確認した所50センチぐらいで耳の長い、目のクリッとした小人であることが判明した。
どう見ても毛が生えていない(体毛がない)上に、可愛らしくない。
ご愁傷様ですトラウマおじさん。
「ん? けど今の話ってパーティー組まない事とは何の関係もなくないか?」
「ハッ、慌てんなよ親友。ココからが本題だ。その出来事で[コボルト]にトラウマを負った旦那はもの心着いた時に周りからからかわれてな。『トラウマを乗り越えたって所を周りに見せつけてやる!』って決意したわけだ」
「おお、見返そうと思ったわけか」
やるなトラウマおじさん、男じゃないか。
「そういう事なら自分をからかったやつ等に見せつけるのが筋ってもんだろ? だから旦那は[コボルト]の討伐依頼をパーティーで受けて……」
「……受けて?」
「[コボルト]に対するトラウマを打ち破ると同時にトラウマナンバー2、『ヤツの棍棒が耳かき棒事件』に遭遇したらしい」
「とことんツイてない上に、次の内容が気になる!」
「まあそのへんは『支える会』で販売している短編小説集『トラウマおじさんの冒険』を買ってだな」
「ああ、ただの宣伝だった!」
待てよ、確か今回の依頼書に書かれてたトラウマナンバーって300いくつかだったよな。……か、買うか?
「と、まあそういう事があってトラウンの旦那は思ったらしいぜ。『誰に見られていても最高のパフォーマンスを発揮できる冒険者になりたい』ってよ」
「なるほど。だからパーティーを組んでるって事か」
苦手にしている人の目に慣れようと努力してるなんて、大したもんだな。
「でも正直今はトラウマナンバー2話の方が気になるんだけど」
「ハッ、そりゃあ本屋さんでのお楽しみだなあ。ま、安心しろや[迷宮都市ラース]のベストセラーだからどこの店にも置いてあらぁ」
「その本売れてるのかよっ」
「考えてもみやがれ。売れないわけがないだろう?」
「……そだね」
オレも買おうと思ったもんな。
どうやら『トラウマおじさんを支える会』は、思っていた以上に手広く活動しているらしかった。
「そっ、それにしても親友。あー、さっきから気になってたんだがその手に持ってるアイテムってもしかして[モンキーバナナ]じゃねえのか?」
「お、おお? いきなりどうした?」
リデルのヤツ、無理やり話題を変えたと思ったらいきなり噛み始めたな。
……やはり狙っているのか。
とりあえず誤魔化せる気がしないので頷いて肯定してみる事にする。
「お前の言う通り[モンキーバナナ]だけど?」
「うおマジで!? 俺初めてみたぜ!!」
「あー、待てリデル。その言い方だとこのバナナがレアアイテムみたいなんだけど」
「ッハ? その通りじゃねえか」
コイツ、アッサリ肯定したな。
「……フェレス、この[モンキーバナナ]ってそんなに良い物なのか?」
オレは思わず[情報屋]であるフェレスの方を向いて確認を取る。と、フェレスはうなずいて見せ、ついでにオレがよく分かってない事を察したのか、その理由も話してくれた。
「そうだね。ウチの記憶が確かならその[モンキーバナナ]ってもの凄く珍しかったはずだよ。エイプ系のモンスターのドロップアイテムとして有名なんだけど滅多に落とさない事でも有名だから、しかるべき所に売ればかなり高く買い取ってもらえるんじゃないかな?」
「へー、こんなバナナ1本でか」
「うん、テツ君みたいにドロップさせるしか入手方法の無いアイテムだから、どうしても高くなっちゃうんだよ」
なるほどね。そんなに高く売れるって事はやっぱ美味いのだろうか?
オレの持つバナナを見る2人の目が心なしか怖い。むいて食べたら絶対に一口よこせって言いそうだ。
「いーなー、テッペーは。そういうレアドロップはLUC128の俺には夢のまた夢だからマジでうらやましいぜ」
リデルの本気でうらやましそうな声にちょっと優越感を感じた。
「それにしてもLUCか」
つまりは『運』。
こんな不確定なはずの要素でさえも数値化されるこの世界の作りに違和感に、少し恐怖心が沸き起こる。
運というモノが不平等な事は元の世界も同じだが、数字と言う形で比較できてしまう分、この世界の方が性質が悪い。さっきのリデルの自己申告を思い出すと、その不平等さが実感できた。
「フェレス、運のいい奴のLUCってどのくらいなんだ?」
「そうだね、ウチの聞いた話だとLUCで有名な『幸運と悪運の虎』さんなんかは、600超えてたはずだよ」
「うっわ、不公平だな」
やっぱり運がとことん良いヤツっていうのはいるモノなのか。
転生を繰り返したゲームキャラの設定をぶち込まれたオレよりも高い。というのは相当なモンだろ。
「けどこの世界の2つ名って何かスゲェな」
厨二っぽいのかと思ったら、変に生々しかったり、バカにしているものばかりな気がする。『幸運と悪運の虎』にいたっては、付けたヤツがその運の良さを妬んでいた事が良く解る。略し方によっては、ただの下ネタになるという。小学生くらいの子が飛びつきそうな恐ろしい出来だ。
さすが異世界。現実は甘くない。
こうしてバナナトークは一段落したかに思えた。が、フェレスはまだ喋り足りないらしい。楽しそうに説明を続けていく。
「でもね、[モンキーバナナ]が高くうれるのはただ珍しいからってだけじゃないの」
「えっ、マジかよ!?」
コレについてはリデルも知らなかったらしい。驚いたように食いつき。
「話しかけないでくれる?」
と、無表情のまま反応したフェレスに 淡々と処理されていった。
この2人の過去にいったい何があったというのか。
とりあえずリデルが一方的に悪いのだろうという事だけは何となく分かる。
「ああ、神よ……」
アッサリと発言を却下されたリデルはガックリと膝をつき、ソコに追い打ちを掛けるようにフェレスの冷たい視線が突き刺さる。
居心地の悪い空気。だがそれは今のオレにとって、千載一遇のチャンスだった。
オレは自分の方に注意が向いていないのを良いことに、手元のバナナを素早くむき出し、気づかれることなく一口かじる事に成功。
お高い物らしいので、しっかり味わえるよう、ゆっくりと噛みしめる。
美味い。
最初の一口で甘い香りが口一杯に広がっていく。弾力のある果肉が心地いい。
オレの知っているバナナよりも食べ応えのある触感が癖になりそうな歯ごたえを生み出している。
異世界に来てよかった。
元の世界で食べたバナナとは格段に違うその味の深みに、食べている内に自然と笑みがこぼれてしまう。
だが満足気に咀嚼をつづけるオレに気づいたフェレスはココでとんでもない情報を口にした。
「そういえば説明の続きだったね。実はその[モンキーバナナ]、召喚獣との契約に使えるらしいの。つまり[召喚士]のジョブを持っているテツ君には持ってこいのアイテムなんだよ!」
「……何?」
あまりに予想外すぎる説明にリズムよく動かしていた口が止まりそうになる。
そしてそんなオレにフェレスはニッコリと笑ってこう聞いた。
「ところでテツ君、口がもごもごしてるけど一体どうしたのかな?」
「……バナナ食ってます」
目の前にいるフェレスの視線が痛い。
「と、とりあえず一口食べてみる?」
今のオレに言える事はこれだけだった。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
ここまで影の薄かった[召喚士]ネタが初登場。
二章入ったら本格的に出していきたいと思います。