リメイクしました第一章 第十七話「ほう箱の森とな」
Mrフルフェイスは悲しそうにどこかへ去って行った
「「ハア、鬱だ……」」
ここは [箱舟の岩村]、唯一の宿。
そこの食堂で一命を取り留めたオレと、痛恨の一撃から回復したリデルは2人揃ってテーブルに沈んでいた。
Mrフルフェイス渾身のスーパーギャグが不発に終わってから数時間。来た時には人のまばらだった食堂も、今では夕食目的の泊まり客で賑わい始めている。
「どうかしたのかい2人とも。ちょっと見ない間にずいぶんと暗くなってるじゃないか」
「あ、トラウンの旦那。村長さんの所から戻ったんすか。大丈夫でしたか?」
リデルの言葉に『どうにかね』と苦笑で答えるトラウマおじさん。
精神的にもかなり回復したらしく。心なしか自身ありげに見える。
「それにしてもリデル君……はいつもの事としてテッペイ君まで沈んでいるなんて。本当に何があったんだい?」
リデルに対する認識が何気にヒドイ。が、当の本人は気にならないらしい。
リデルは当然のように『旦那、ちょっと聞いて下さいよー』とMrフルフェイスの下ネタ失敗について語り始めている。
メンタルが強いのか弱いのか、真面目なのか変態なのか、コイツってホントによく分かんない奴だよな。
とりあえずリデルの話を聞いたトラウマおじさんが一瞬内股ぎみになったのは見なかった事にする方向で行こう。
「でも分からないな。今の話によるとリデル君はともかくテツ君は全くのノーダメージだったんだろう? 凹む理由が分からないんだが」
リデルの話を聞き終えたトラウマおじさんは当然の様に疑問を口にする。
「あー、気付いちゃいますか」
まあ言われるとは思っていたけど、できれば気づかないで欲しかった。
2人とも興味津々って顔だし。
「いやー、実はあの後……」
「「あの後?」
「ものすごく怖い顔したフェレスに釘指されたんですよねー。女湯を覗かない様に」
「あ、そういう事か。親友、お前も苦労してんのな」
「でもまあ、普通だね」
「ですね、ご理解いただけて何よりです」
2人から同情の視線を向けられたオレは、思わずタメ息をつきながらさっきあった出来事を思い返してしまう。
そう、アレは瀕死(?)のリデルをアイツの部屋に放りこんだ時だった。
「やっほー、テツ君。ちょっといいかな?」
とフェレスに呼び止められてしまったのだ。まあココからは長いのである程度割愛して要点をまとめさせてもらおう。
1、『将来性で人を評価する』と言った事について謝ったら『説得のためにあのバカを騙しすためのウソって頭では理解してるからね。別に良いよ』と許してもらえた。
うん、この時は『おお、フェレスさんマジ良い人』ってなったね。
と言ってもあくまで『頭では』らしく、感情的にはしばらく許す気無さそうだったけど。
2、オレが『パンツのために命を懸ける』事を黙っとく代わりに、この宿の女湯の防御を突破しようとしない事を交換条件として取引(?)した。
コレに関しては交換条件そんなんで良いの? と思ったが、コレはオレがその気になれば風呂を守ってる結界やらなんやらが破壊できそうだからしい。
まあ、悪い話って事でもないので二つ返事でOK。リデルは何か色々言ってきそうだが、こればっかりは仕方がない。
だが同時にパンツの一言が魔法の言葉的ポジションを勝ち取っている現状に、少なからず『オレ、異世界まで来て何やってるんだろう』と思ってしまったせいで、いつのまにか後に引くダメージを受けるキツイ取引になっていた。
「ま、まあ落ち着きなよ2人とも。そのうち良い事もあるからさ」
どうやらあからさまに凹みすぎてトラウマおじさんを心配させてしまったみたいだ。
あんまり心配されるのも何か情けないし、ここはそう大した事じゃ無いというポーズを取っておくか。
「大丈夫ですよおじさん、オレ達のテンションはもう落ちる所まで落ちて底辺に着いていますから」
「ハッ、同感だぜ」
「君達、その言い方だと逆に不安になるからね」
アレ? 変だな。 今のオレがいかに落ち着いているかを分かりやすく言ったはずなのに、トラウマおじさんの顔が『コレは本気でフォローしにいかないと』と思っていそうな雰囲気になっている。
するとそんな『君たちマジで大丈夫? (どこがとは言わないけど)』な視線に耐えかねたのかリデルは勢いよく立ち上がり、よく通る声でこう言った。
「ハッ、こうなったら酒だ! オッチャン、酒、オレに酒をよこせー!!」
「「と、逃走宣言!?」」
ヤベ―よコイツ、酒に逃げるつもりだよ。
リデルの宣言を受けたオレの脳裏には、何故か先日ファブロフ爺さんに絡んでいたマーサさん(暗黒仕様)の姿がよぎる。
「チッ、んだよノーリアクションかっての。悪りい旦那、ちょっと厨房行ってきます」
「……うん。いってらっしゃい」
ごめんね厨房の人。闇属性のモンスターがそっちに行ったよ
「よし、トラウマおじさん。オレちょっと部屋で休んできますね」
「そうだね。僕も自分の部屋に戻って武器の手入れでもするかな」
こうしてオレ達は食堂に、というか厨房にリデルを置いてそれぞれの部屋へと戻っていったのだった。
翌朝。[方舟の岩宿]を出発したオレ達は馬車に乗って[アルカの森]へと移動していた。
現在オレがいるのはいつの間にか特等席と化した馬車の屋根。
[方舟の岩宿]近くは荒れ地だった景色は崖の多い渓谷へと変わりつつある。このままいけば昼には初めてのダンジョン探索となるだろう。
自分に上手くやれるだろうか?
「気分が乗らねーなー」
ダンジョン潜入を前に自然と思考がマイナスぎみになる。
しかし、そうやって現実逃避気味に空を眺めるオレは、隣に座っているおバカ様に。
「ウッ、気持ち悪い」
という中々に悪辣な評価を下されていた。
「オイ、リデル。それだと『気分が乗らねーなー』って言ったオレが気持ち悪いみたいなんだけど」
「ハッ、うっせーぞ親友。頭に響く」
「……追い打ち掛けてやろうか」
「クッ、あ゛ー、その言葉がすでに追い打ちだっての。マジ頭に響くから、涙腺緩むから」
「お前、思ったより重症なのな」
どうやらリデルは昨日アレから飲みまくったらしく、酷い二日酔いになっているらしい。酒の酔いが乗り物酔いまで誘発し、先ほどこの屋根に上げられて来た時にはもう真っ青。車内よりはマシだろう。という理由から今はこの屋根の上で寝転んでいた。
ちなみにそこに本人の意思は介在していない。
『個人的には何故上げた?』と言いたい所だが、下の2人の事だ。リバースするなら外、せめて屋根の上でやれと放り出したのだろう。
普通なら屋根にリバースした物体がかかって怒られる。けど、今はオレという[障壁]発生装置がいる。きっともしもの時には、うまい具合に[障壁]でキャッチ&リリースするだろうと高をくくったのだろうな。
マジ無いわ。
今にも吐きそうな顔したコイツにオレの城と化した屋根でリバースされるとか考えただけでも嫌になる。『人の寝床に爆弾落として気分スッキリ』というオチが見えるだけにだ。
「まあ二日酔いなら魔法で治せるからいいか」
オレは異世界に来て2日目の朝、あの時に使った人生初めての魔法を思い出す。
「ハッ、マジで? 頼む。その魔法かけてくれ」
「言われなくてもそうするって」
コッチだってこんな時限爆弾を隣で寝かせておく気は無い。
「ん、じゃあ行くぞー、[リカバリー]」
スペルと共に複雑に組み合わされた術式が一瞬で展開、発動し、リデルに向けて癒しの光を降り注がせる。
「おお? ……おお! 治った!? 治った!!」
「うっさいっての」
まあ何だ、空に向かって叫び始めたリデルの頭の上にタライが落ちたのはきっと天罰だろう。
結局何だかんだで体調全開になったリデルは。
「ウハハハハ、ありがとな親友! おかげで車内でフェレスとイチャコラ出来るぜ!」
と、多分実現しないであろう未来予測を嬉しそうに話しながら下の車内へと戻っていく。
下のフェレスにとってはコッチに送った不発の手榴弾が改造されて戻ってきた様なものだろうな。
さらば手榴弾。
そんなこんなで気が抜けたオレは昨日と同様マット状にした障壁の上で寝転び背筋を伸ばし、一端息をつくことにする。
空の色はこの世界でも変わらない。たまに雲の切れ間に何か大きな影が見えたりもするが、元の世界で言う飛行機みたいなものだろう。
まあ近くで見たいとは思えないけどさ。
そうやって空を見上げて揺られていると、ほどなくして御者席のジオットさんが声をかけてきた。
「オウ、兄ちゃん。見えてきたぞ! アレが[アルカの森]だ」
「お、とうとうですか!」
どうやら目的地が見える位置までやって来たらしい。ジオットさんの声に飛び起きたオレはあわてて回りを見渡してみる。
まず目に入ったは今自分たちの乗っている馬車が走る切り立った崖。
そしてその下で大きく広がった森だ。クレーターの上にできたような形の森がまるで崖に囲まれるように、円形に広がっている。
「てーか、ここ怖っ」
屋根から見ると馬車が走っている道がずいぶんと崖の淵側に寄っている事が分かる。もう1、2メートル横にそれたら崖の下に落ちそうで、すごく不安にさせられる景色だ。
だがそんな不安要素から視線を逸らさずにはいられないほど目を引く存在が、森に建っていた。
大きな、というより大きすぎるという言葉がしっくりくる屋根付きの建造物。一体何階くらいあるのだろうか。高さだけなら元の世界にあった日本のシンボルタワー並に見える。
「船……なのか?」
おそらくはそれで合っていると思う。大きなボートに家を乗せた様な見た目でマストさえ無いが、きっとあれは船だ。物理法則ガン無視の、それでいて驚くほど巨大な船。その姿はまるで……。
「ノアの……方舟」
異世界のダンジョン。
初めて見たソレは、まるで世界の違いを見せつけるかのように、圧倒的な存在感を放ちながらただそこに建っていた。
「……にしてもジオットさん。アレちょっとでかすぎじゃないですか?」
さっきまでいた村の名前が[箱舟の岩村]だったことを合わせて考えると、ノアの方舟がモチーフとして使われたた事は間違いなさそうだ。が、内容がうろ覚えなオレでも元ネタである神話の方舟がここまで大きな船ではなかった事くらいは分かる。
たかが一隻の船を『広さは野球場を数個分、高さはスカイツリーにも負けない高さ』なんて事にするほど神話の神様はハジケていなかった。
つまりコレは製作者サイドのこだわり、もしくは悪乗りの結晶という事だろう。そう考えると表示が『方舟』ではなく『箱舟』なのにも意味があるのかもしれない。
……まあアレがダンジョンだというのなら、あの大きさも仕方がないのかな。とは思う。
でも、もしそうだったらソレはもう詐欺ではないだろうか?
[アルカの森]というくらいだから森そのものがダンジョンだと思っていたのに、一度この船を見てしまうとあの方舟がダンジョンにしか見えない。
「ジオットさん、もしかしてあの船がダンジョンなんですか?」
「オウ、何だ。[アルカの森]を知らないって事は兄ちゃんはコッチの方に来るのって初めてなのかい?」
「あー、正解です。解説頼めます?」
「ガハハハハ! そうかいそうかい。まあ大まかな説明くらいはしてやるよ。確かに兄ちゃんの言う通りアレがここのダンジョン。[アルカの森]だな」
ああ、やはりアッチがダンジョンらしい。
「でもあの船が[アルカの森]って変じゃないですか、周りの森はどうなるんです?」
「オウ、周りの森は[アトロスの森海]て言われてるフィールドで、ダンジョンの下層からあふれ出した低級モンスターが沢山いる所だな」
「へー、[アトロスの森海]ですか」
確かに意識して見れば風に揺れる木々はまるで波の様に、崖の近くにそびえたつ『魔船』はまるで港に泊まっているかのようにも見える、
「ってアレ? じゃあここで言う [アルカの森]って何なんです?」
ダンジョンはどう見ても船じゃないか。
「ガハハハハ、まあ兄ちゃんが納得できないのは分かるけどなあ。あの船がどうして[アルカの森]なのかは入れば分かると思うぜ」
「入れば……ですか」
ずいぶんと思わせぶりな発言。
「ま、そういう事なら期待しますかね」
上手い具合に焦らしてくれたおかげで、さっきまで不安で一杯だったダンジョン探索も少しだけ楽しみになってくる。
オレは、自然と森の向こうにそびえ建つ[アルカの森]に、異世界ならではの風景に心を奪われていた。
だがそんなオレにジオットさんは警告を飛ばす。
「兄ちゃん。分かってっとは思うけど、毎年あそこで何人もの冒険者が死んでんだからな。油断すんじゃねえぞ?」
「はい。分かってます」
これでも頭の中では理解しているつもりだ。
今向かっている場所は、オレにとって非日常だったものが日常の空間。あの場所に入ればきっと数えきれないほどモンスターがオレの事を殺しに来て、そして数えきれないほどの命を戦闘によって消す事になるだろう。
当然、近づくにつれて恐怖や不安が大きくなて行く。でもだからこそ、今だけはこの景色に浸らせて欲しい。
どうせ今だって非日常の真っただ中にいるのだから。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
とりあえず今回のリメイクではMrフルフェイスの二つ名を「鋼の弾丸」から「絶対不破」に変更させてもらいました。
後はいつも通りの「セリフ」や「脅し文句」なんかを一部カット、または付け足しです。
イメージアップ戦略ですな。