リメイクしました第一章 第十六話「ほう毒抜きとな」
前回のあらすじ
ストーキング仮面は華麗なる復活を遂げた
最近よく変態に絡まれる気がする。
こんなことが続いているとなし崩し的に同族扱いされそうで怖い。
Mrフルフェイスを見たオレがそんな事を考えていると、フェレスとリデルは2人そろって同じ疑問を口にした。
「「誰?」」
どうやら2人はMrフルフェイスを初めて見たらしい。
まあ顔がヘルムに隠れていて誰だかよく分からないだけかもだが……そんな2人は小俣事に、オレに対して紹介を求める視線を向けてきていた。
本人たちはそれが無茶振りだという事を分かっていないのだろうが、Mrフルフェイス本名が分からない時点で、オレとしては軽く詰んでいる。
こういう時は普通、あえて名前を言わずに紹介して『えーっと、すいません。名前何でしたっけ?』となる所なのかもしれない。が、それもまた難しい。
大した接点が無いせいで一番無難な紹介文が『この人はティーリアさんという神官のストーカーをしている人』。気を利かせてストーキングに目をつぶったとしても、『昨日オレに絡んできた挙句、アクロバティックに潰えた人』になってしまうのだ。
そんな紹介されたら間違いなく首を傾げられるだろう。紹介の意味がない。
オレは少し迷ってから、紹介の先に疑問を解決する事を選択した。
「で、何でココにいるんです?」
「あぁん? 依頼に決まってんだろうがぁ」
「いや、そうじゃなくて。どうしてココに来れているのかって意味で」
そう、この全身鎧なナイスガイ(?)はティーリアさんの一撃によって大ダメージを受けていたはずなのだ。入院モノな大怪我を負ってタンカで運ばれていったのはつい昨日の話である。
普通に考えてあれだけの怪我が一日で治る事はあり得ない。
一体どんな手を使ったのかは知らないが、この復活の仕方はまるで魔法である。
まさかG……グレートな生命力でも持っているのだろうか?
「あー、そいつはギルドのお抱え[治療師]が勝手に直しやがったんだよぉ。ったく、アホみたなボッタクリだったぜぇ」
……普通に魔法だった。
この世界に慣れるにはまだまだかかりそうだな。
オレは自分の抜け加減に思わず苦笑いしてしまう。
「何だその顔はぁ。ガキィ、そもそもお前のせいでギルドに治療費ぼったくられたんだからなぁ! ここでその恨みをキッチリ晴らしてやろうかぁ!?」
「え、逆恨み!?」
どうやらオレの苦笑いを見て相手にされていないと感じたらしい。ずいぶんと喧嘩腰だ。
「ていうか昨日のアレは100%アンタの自業自得だろ。そもそも手を下したのはオレじゃないし」
「一回死んだみたいな言い方すんじゃねぇコラァ!」
「そこに反応すんの!?」
この人あえてこっちの主張の大部分をスルーしやがったな。
見るからにイラついているMrフルフェイスは昨日と同様に今にも殴りかかって来そうな雰囲気だ。
だがそんな嫌な空気はリデルが言った一言で一変した。
「あ、アンタ。もしかして『絶対不破』なのか?」
「絶対不和?」
いや、不和じゃなくて不破なのか?
俗にいう二つ名なのだろう。前者はそのまんま。後者は絶対に壊れないスケベ心とか執着心とか、そんな意味だったりしてな。
……本当にそうだったらどうしよう。
「おぉ? 何だぁオメー、俺様の事を知ってんのかぁ?」
ある種の恐怖に震えるオレの前で、当の本人は『絶対不破』とやらである事をアッサリと認めていた。
どうやらリデルの予想は当たってたらしくMrフルフェイスの機嫌が目に見えてよくなっていく。
「もちろんですよっ。あの数々の伝説、積み上げられた実績! 知らないわけないじゃないですか!」
不思議なことに『伝説』と『実績』という二文字に良いイメージは持てないが、リデルの言いようからすると、そこそこ有名ではあるらしい。
「リデル。『絶対不破』って何?」
「テッペー、お前知らねえのかよ!? 『絶対不破』ってのはこの人の二つ名、超有名なんだぜ!」
「へー」
どういう方面で有名なのかは聞かないでおこう。
フェレスが動く生ゴミを見るような目でMrフルフェイスを見てるのが答えになっている気がする。
しかしリデルはフェレスの反応に気付かないらしい。そのまま誇らしげに解説を続けていた。
「この人はなあ、愛する人の為に数々の苦難を乗り超え、この宿の聖地まであと一歩と言う所まで辿り着いたスゲー人なんだぜ! 弾かれても吹き飛ばされても、目的に向かって一直線に突き進む姿は正に不屈、絶対に折れない鋼の心。チャームポイントの鎧を身に着け颯爽と聖地を目指す姿はまさに『絶対不破』と言うべき超人。それがこの人だ!!」
「ほう、チャームポイ……ント?」
むさい男がゴツイ鎧身に着けてカチャカチャ言わせながら走る姿が可愛らしいって何?
愛らしさとか欠片も無いよね? むしろかなぐり捨ててるよね?
「いや、まあ今はソコは置いておこう」
とりあえずこの鎧男が有名って事と、フェレスのリアクションは女性として当然って事はよく分かった。
「けどリデル。さっきから思ってたんだけど、その聖地って言い方はどうにかならないのか? ただの風呂だろ?」
「何言うんだテッペー、ただの風呂? いや、そんなことは無え! あそこにはあんなにも夢に溢れているじゃないか!!」
「まあ、お湯なら」
「やめろっ、俺達冒険者が追い求めるロマンをそんな味気ないモンにすり替えるんじゃねえっ!」
「お前、女子の前でも熱く語るんだな」
好きな子の前でその発言を言い切る神経はオレには無い。
あこがれ(?)の人に会えたせいか、元からなのかはちょっと判断がつかないが、リデルのテンションが面倒臭い事になってるのは確かだった。
あろうことかMrフルフェイスを相手に覗きについて話し始めている。
「聞いてくれ『絶対不破』さん。俺もアンタと同じなんだ。大切な人の為に聖地に行かなきゃいけない一人の戦士なんだ!」
なんであんな変態丸出しの内容を、こんなかっこよく言えるのだろう。
人の目を気にしてわざわざ言い直しているのだとすれば、芸が細かいだけに性質が悪い。
思わずそんな感想を抱くオレの隣では、リデルの話を聞いたMrフルフェイスが感慨深そうに頷いていた。
「おおぅ、そうかぁ。お前も男だなぁ」
「ありがとよ。だけど……今の俺にはここのガードを突破するだけの実力が無いんだ。頼む、どうか俺にその力を貸してくれ!」
いつの間にか直談判に発展しとる。
しかも傍から聞くと覗きの協力要請に聞こえないという手の込みよう。
「ていうか何頼んでんだお前は……」
大体そんな頼みに頷くヤツ、いるわけないだろう。
だがオレがそう思った矢先にはもうMrフルフェイスは力強く頷いてしまっていた。
「おおぅ、任せとけぇ!一緒にロマンの山に登ろうぜぇ!!」
「おお、ありがとう『絶対不破』! いや、師匠!」
「ハッハァ、安心しろ我が弟子よぉ。俺様が必ずお前を聖地へと送り届けてやるぜぇ!」
「お前ら息合いすぎだろ」
出会ってはいけない2人が出会ってしまった気がする。
てかリデル、お前はさっきそのノリで命の危機に瀕したばかりだろ?
「そんなんだからフェレスに嫌われるんだよ」
だがオレの正直な感想は意気投合した2人の笑声に遮られ、リデルの耳に届く事無く消えてしまうのだった。
「ってアレ、そういえばフェレスはどこにいったんだ?」
バカバカしくなって部屋に帰ったのだろうか? いつの間にか姿が消えている。
まあキレていた所に第三者が現れた挙句、怒ろうと思っていた相手と怒ろうとしていた話題で意気投合し始めたのだ。怒気も削がれるし毒気も抜かれるのは分からなくもない。
「て事は助かった……のか」
さっきまでどんな恐ろしい恐怖体験をするのかとビクビクしていた分、何事もなく終わったという事実に心の底からホッとする。
「とは言え後でフェレスには謝っとかないとな」
リデル説得のために『将来性で人を評価する』などと酷い事を言ってしまった。
許してはもらえないかもしれないが、謝らないわけにはいかないだろう。
まあ何にせよ一息つけるようになったのはありがたい。
笑い続ける変態2人とその後ろに忍び寄るフェレスを見たオレは危機をやりすごした事に安堵のタメ息をつき……かけた。
「え?」
変態2人とその後ろに忍び寄るフェレス。
この状況は明らかにおかしい。
「ちょ、フェレス、お前何してんの!?」
だがオレが疑問を言い終える前に事態は動き出していた。
フェレスはオレに気付かれたことを悟るや否や、Mrフルフェイスに向かって走り出し。勢いに乗ったまま鎧とつなぎ目であるひざ裏へと鋭い蹴りを放つ。
そしてそのまま足カックンされる形でバランスを崩したMrフルフェイスの頭、というか兜を掴み。
リデルの股間へと叩きつけた。
「あ゛ー!」
「あぁー!?」
あー。
アレは痛い、絶対に痛い。
本能的な恐怖がオレの内股を呼び起こす。
喰らったリデルは瀕死状態だ。
さっきバカらしくなって毒気が抜かれたとか言ったが、どうやらオレの毒抜き論は根本的な所で勘違いをしていたらしかった。
一番の間違いはフェレスの立場を考慮に入れるのを忘れていた事だろう。
宿の裏での会話を聞いていたという事は、リデルが『俺の狙いはフェレスただ一人』宣言を聞いている。それだけでも当人としては怒り心頭だというのに、ここに来て協力者が現れたのだ。
しかもリデルには反省の色が見らず、Mrフルフェイスを師匠と呼ぶ始末。
さらにさっきのMrフルフェイスの『俺に任せろ』コメント。
フェレスにしたら自分を覗こうとした覗き魔に怒っている所に、突如変態が湧いて『俺がコイツに力を貸したらお前の裸を覗く事なんて造作もないぜ!!』みたいな事を言われた様なものだ。
そりゃキレる。
だがその辺りの事情を知らないMrフルフェイスにはフェレスの行動がやりすぎに見えたらしい。怯みながらも『な、なにしやがるんだこのアマぁ、ちょっと顔が良いからって調子のってんじゃねえぞぅ!』と兜を外して果敢に反抗している。
その際Mrフルフェイスが兜をフキフキしていたのは見なかった事にしよう。
しかし動揺するMrフルフェイスに対して加害者であるフェレスは至極冷静。
「偶然手が滑っちゃったんです」
と猫かぶりモードで何事も無かったかのようにニッコリと微笑んでいる。が、それがMrフルフェイスの勘に触ったらしい。今度は怒鳴り声が食堂に響く。
「ふっざけんなよぉ!人の頭をそいつのタマにぶつけといてそれをたまた……」
そしてココから先は一瞬だった。
「[獣拳・刻印突き]!!」
と、声を上げながらMrフルフェイスの罵声を遮るように[獣戦士]のスキルを発動させるフェレス。
スキルによって強化されたアッパーを喰らい『マ゛ぁ!?』と言う声を上げながら、顎を跳ね飛ばされるMrフルフェイス。
そして眩しく輝く肉球マークを顎に刻まれたMrフルフェイスは、ゆっくりと膝から床に倒れ込んでいった。
「だ、ダウン」
恐ろしい早業。床に倒れたMrフルフェイスは膝をついたままフラフラしている。
ダメージ自体は大したこと無さそう。だが、攻撃がきれいに顎に入ったため脳震盪をおこしたのだろう。立とうとはしているものの、膝が震えてうまく立てないでいる。
生まれたてのシマウマを連想してしまうような姿だ。
しかも肩を貸せとでも言いたそうにコッチを見てくるMrフルフェイスの顎が、[獣拳・刻印突き]の効果によってスタンプされた肉球マークが気になる。
マーク単体だけ見ればかわいらしいのだが、Mrフルフェイスの悪党顔には恐ろしいほど似合っていない。歯を食いしばって必死に立ち上がろうとしているというのに、ふざけているように見える。
事情の知らない人が見たら、ふざけているようにしか見えないだろう。そこまで狙ってこのスキルを使ったのだとしたら恐ろしい。
とりあえずMrフルフェイスの敗因はMrフルフェイスなのに兜を脱いだからと見て間違い無いだろう。
「……いや、今は勝敗何てどうだっていいか」
現状で一番問題なのはフェレスがMrフルフェイスの言葉を遮った事だ。
オレには分かる。さっきのMrフルフェイスは間違いなくユーモア溢れる切り返しをしようとしていた。それもマジ切れした勢いで放つ、頭とタマと偶然をかけたMrフルフェイス渾身の天然ギャグをだ。
最後の最後でフェレスが邪魔をしてしまったおかげで、後ちょっとだったのに感がどうしても拭えない。
気付けば不満が口から飛び出していた。
「フェレス、良いところだったのに何するんだ!」
するとオレの抗議を聞いたフェレスは静かーに語り始める。
「ウチって『空回り』で給仕してるじゃない?」
「お、おう。知ってる」
「それで酔っぱらいにセクハラ発言されながらお尻触られた事が何度かあるのよね」
「そ、ソレはキツイな」
確かに女のウェイトレスが酔っぱらいのエロ親父を相手をするのは大変そうだ。
きっと何度も嫌な思いをしてきたのだろう。
「でも今それ関係無くね?」
「だーかーらー、ウチは下ネタだけはどうしても好きになれない……って言うより嫌いって事」
「あー、それはまあ、仕方がないか」
さっきのは間違いなく下ネタだったろう。嫌悪感が先に来たというのならそれは仕方のない事だ。
そもそもMrフルフェイスを殴ったこと自体は、若干やりすぎな気もするがおかしいとまでは言えないし。
何せあのタイミングでリデルに協力を申し出た男だからな。殴りたくなる気持ちは理解できる。
オレが納得したのを確認したフェレスはようやくダメージから立ち直り始めたリデルと、いまだに膝を振るわせているMrフルフェイスを睨み付けると、ニッコリと静かに、だがハッキリと言い切った。
「君達、知らないみたいだから言うけど、覗きは犯罪だよ?」
その声に、いかなる反論を認めない力強さが宿っていたのは気のせいではないだろう。
本日の教訓。
フェレスの前で下ネタは厳禁。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
とりあえず見苦しい話でごめんなさい。ですね。
リメイクと言っても今回はそこまでいじりませんでした。
……こうして読み返すとMrフルフェイスは殴られるために出てきただけのような気がしますが。