リメイクしました第一章 第十五話「ほう処刑人とな」
前回のあらすじ
男のロマン。聞こえは良い。
「じゃあ今の話は無かったという事で」
「なぜだテッペー! さっきは『手伝う』って言ってくれたじゃねえか!」
リデルの言う男のロマンの内容が発覚した今。すぐさま覗き魔一味からの脱退を申し出たオレは、リデルの思わぬ抵抗を受けていた。
「だーかーらー、確かにおまえの気持ちは分かる。男としても正しい! けど人としてダメだって言ってんだよ!!」
宿の裏手に響くオレの声がどこか疲れているように聞こえるのは気のせいではないだろう。だが対するリデルは疲れ知らずかと思うような勢いでまくしたてている。
「バカ野郎! 目の前にロマンの山があったら迷わず突っ込むのが冒険者ってもんだろうが!」
「冒険の意味が違うっ!」
リデルの声が大きいせいで対応するツッコミの音量も自然と大きくなる。オレは周りに人がいない事感謝しつつリデルを止めるための説得を再開した。
「大体その理屈だと女の冒険者はどうなる! 男湯に侵入するのか!?」
「……アリだな」
「ねえよ!?」
何なんだこの変態は!? 単純熱血バカだからなのか、自分の欲望にストレートすぎる。
普通に正論を言っても撥ね付けてきそうだ。多分コイツの説得には変化球主体で言う方が良い。
そう考えたオレはまずはジョブを引き合いに出してみる。
「そもそもお前[神官]だろうが、覗きなんてやっていいのかよ!?」
仮にも神職の身で、自らの欲望に吞まれるとは。というか女湯を覗くのはどうかと思う。と言いたい。
しかしリデルはそんなオレの思いを鼻で笑ってこう言った。
「ったく。コレだから素人はよぉ」
「え?」
今オレ素人呼ばわりされた!?
そんな衝撃を受けるオレの前で、リデルは自信ありげに語りだす。
「いいか親友、神の広く深いお心をなめちゃあいけねえ。テメーの人生を思い返してみろや、裸の神像なんて珍しくもねえだろうが。つ、ま、り、神は素肌を晒す事を否定していねえっ。ってぇ訳で女の裸を見に行くくらいどうという事は無いという結論にだな」
「神様なめてんのはお前だ!」
そんなハリボテみたいな理論武装がまかり通っていいはずがない。というか何故コイツが[神官]なんてジョブを持てているのかが分からない。
そして、あろうことかリデルはオレのもっとも苦しい所を突いてくる。
「じゃあお前は女湯に、あの夢の聖地に何の魅力も感じないというのか!!」
「っ!」
いつもなら『夢の聖地ってなんだよ』とツッコミを入れる所だが、残念ながらリデルのいう事は間違ってない。そりゃあ、オレだってお年頃。覗きたいという気持ちはちょっと……いや、かなりある。
オレの内心をリアクションから読み取ったのか、リデルは満足そうに笑みを浮かべた。
「フ、安心したぜ親友。やっぱ男ならそうだよな」
「まあ男ならこうだろうな」
それこそ本能レベルの話でだ。
「でもだからって覗きはダメだろう」
「オイオイ、ダメと言われたらやりたくなるのが人情ってもんじゃないか」
「お前なあ……」
ホント何を言ったら止まってくれるんだよ。
いや、腐るな。ここは方向性を変えて、覗きと言う行為のリスクをメインに説得を試みるんだ。
「聞け、リデル。覗きと言う行為には大きな危険が伴うんだ」
「愚問だぜ親友、そんな事は分かってるさ。そりゃあ、反撃として飛んで来たスキルに腕の1本や2本は持っていかれるかもしれねぇ」
「思った以上に危険!」
コイツ、そんな所にオレを連れて行こうとしたのか。
「それに、周りの評価がどうこう。つう話も分からねえことはねぇさ。けどな、親友。俺は周りの目線を気にして行動しない。なんてダセー真似はしないって、小せえ頃に決めたんだ」
「……ってことはお前、小さい頃からそんな感じだったの?」
「そうだな。こういう時に迷ったことは無え」
「つまり変態の落胤がすでに押されてんのね」
周りの評価を気にしないはずである。
連続して明かされる衝撃の新事実は、オレの言いたかったことを全て先回りしていた。
こうなってしまっては出来ることなど限られている。言える事といったら王道パターンのはなしくらいだ。
「えーと、聞けリデル。オレが言いたいのはそうじゃない」
「あぁ、違えのか?」
オレは首を傾げるリデルに向けて『実はその通りでした』とは言わず、声を小さくして深刻そうな表情を作る。
「考えてもみろ。風呂や温泉ってのはおじいちゃんおばあちゃんが大好きだろ?」
「ハ? ……おお、そういやそうだな」
「と、いうことはつまりだ。ウハウハ気分で覗いたら、とんでもないカウンターを喰らう可能性があるって事になるだんだ」
「……っ! まさかっ!!」
「そう、不用意に覗けば何が出るか分からないんだ! 苦労の末たどり着いた先で何もかもが水の泡になる絶望をここでイメージしてみろ!!」
「っあ゛、おぉぉぉぉぉぉ!?」
「待て。それは悲痛すぎる」
一体どんな光景をイメージしたらそんな声が出せるんだ。
だがどうやらこの王道パターンの説明はあたりだったらしい。リデル主導だった流れは間違いなくコチラに傾いている。
ロマンを追う人ってうのは、総じてリスクや可能性に無頓着になる事が多い。きっとこの単純熱血バカは、こういうギャグ漫画的なオチの可能性など考えもしなかったのだろう。
だが、オレは違う。
元の世界のアニメや漫画でピンクな世界を求め、死ぬ思いで女湯に特攻した猛者たちがシルバーな光景を見て真っ白になった姿を何度を目の当たりにしてきたのだ。その危険性とショックの大きさは十分に理解しているつもりである。
そしてその事をリデルも理解したのだろう。今まで押せ押せだった勢いは、めでたく収束を迎えつつあった。
「そうか、そうだよな。ありがとう親友」
思ったよりも精神的なダメージが大きかったのか少しばかり声が暗い。
だがリデルはその暗い感情を吹っ切るかのように首を振って言い切った。
「しかし心配ご無用。俺の狙いはフェレス一択! 他がどんなだろうと耐えて見せるぜ!」
言い切った。
「今……何て?」
オレは震える自分の声に『頼むから聞き違いであってくれ』という願いを込める。
「だーかーらー、心配ご無用。俺の狙いはフェレス一択! 他がどんなだろうと耐えて見せるぜ!」
しかし現実は非情だ。
「まさか今の話を『一途な思い』補正で乗り切りやがったのか」
コレは思った以上にたちが悪い。
「ウハハハハ―、俺はやるぜー! ホントありがとなテッペー。テメーの助言を参考に、フェレスが風呂に行くのを待ってから潜入することにするぜ!」
「そんなアドバイスをした覚えはねえよっ?」
全ての説得を跳ねつけられ、『自分ではリデルを止められない』という事を嫌と言うほど痛感させられたオレは、ならばせめて巻き込まれるのだけは避けようと方針を転換。
「ハア、分かった。でもそんなに行きたいなら一人で行って来けよ。フェレスには黙っといてやるからさ」
相手を認める体を装いつつ、自分は参加しない事を断言した。いわゆる『突き放しによるツンと秘密は守るというデレ』を使ったツンデレ説得術。
男が男にツンデレとか……死にたい。
しかもダメージを負いながら言ったオレの言葉を聞いたリデルは表情を曇らせて首を横に振った。
「情けない話だけどよ。オレ1人じゃあの守りは突破できないんだ」
思わず殺意が沸き起こる。
だがリデルはそんなオレの恨めしげな視線を説明を求めるモノと勘違いしたらしい。
気付けば頼んでもないのに説明を始めてしまっていた。
「さっきも言っただろ。この宿の女湯に対する守りの硬さは尋常じゃないって」
「あー、そういえば」
そんな事を言ってた気がしなくもない。
「実は100年前、この場所でロマンを追い求めた1人の勇者と『恥じらい』と言う鉄壁の衣を心に纏った乙女たちとの間で大きな戦いが合ってな。その時に乙女達の施した結界やらトラップやらガーディアンやらがいまだに聖地を守っているらしいんだ」
「いや聖地て」
そこただのお風呂だから。
「てか戦いて」
お前、言葉の意味分かってないだろ。
しかしリデルはオレのツッコミを完全スルー。再び熱く語りだす。
「だがテッペー! あの[サンドワイバーン]でさえも弾き飛ばすお前のその強力な[障壁]があれば、数ある障害を防ぎ、飛び越え、躱し切る事ができるはずだ!」
つまり盾になってくれと。
「まあ、何だ。お前が何でオレを巻き込もうとしているのかはよく分かったよ」
「おお、それじゃあ俺に協力してくれるんだな!」
「帰れタコ」
「……すんません」
「……お前、結構簡単に折れるのな」
正論が通じるのなら最初から普通に断ればよかった。
「ハッ、無茶言ってる自覚くらいは俺にだってあるさ」
「その自覚があるのなら覗き行為すんな」
しかし100年前、しかも勇者と来るとはね。
勇者の意味が違う気もするが、この単語を聞くとどうしてもあの七三を思い浮かべてしまう。
後で宿の人にでも詳しい事を聞いてみるか。
「いよっしゃあ! じゃあ仕方がない。そうと決まったからには、今からここの食堂で作戦会議だ!!」
「お前、ホント諦めが悪いな」
その目的意識の高さと行動力は素直にすごいと思う。これで方向性さえ狂ってなければと残念にも思うが、だ。
「さあ行くぞ親友。何でも好きなもん奢ってやるからなー!」
しかも妙に気前がいい。
「っておい、ソレって買収とか賄賂とか言うヤツなんじゃ」
「ハッ、安心しな。……同志たちを紹介するだけだ」
「それただの人海戦術っ」
聞いたことがある。1人のクレーマーに対し、複数の人間で対応する事で無理やり納得させるという企業のクレーム対処法。
こうなったら妙な真似をされるまえにトラウマおじさんあたりにストップをかけてもらった方が良さそうだ。
都合よく来ないだろうか?
と、そんな事を思った時だった。
なんとオレの心の声に呼応するかのように、裏口のドアがきしむような音を立てて開き始める。
このタイミングでの第三者の出現。もしかして本当にトラウマおじさんさんが注意しに来てくれたのだろうか?
それでリデルを止められるのならオレとしては万々歳。これぞ正にご都合主義である。
ニヤニヤが止まらない。
さあ来い、オレの救世主よ!
そして宿の中からニッコリ笑顔のフェレス《処刑人》が現れた。
「「うわああああああああ!!」」
オレとリデルの恐怖の叫びが辺りに一面に響き渡る。
「酷いな2人とも。ウチみたいなか弱い女の子を見た第一声がソレ?」
いやいやいや、そんな死神じみた雰囲気を纏った人をか弱いとか言わないから! ってツッコミたい所だが、雰囲気が怖すぎてとても言える状況ではない。
代わりに出たのはちょっとした疑問だった。
「か、かか、か買い物行ったんじゃなかったのか?」
「いやだなー、アレは嘘だよ。心配だったからコッソリ様子を見ようと思ってね。まあ別にウチが心配する必要は無かったみたいだけどさ」
「お、お気遣いどうも」
「いーえ、おかげでテツ君がウチの事をどう思っていたのかとか、許されない様な計画が聞けたから気にしなくていいよ」
「気にするわっ!」
最悪だ。
今のセリフから考えると、オレとリデルのやり取りは最初から最後まで全部盗み聞きされたと見て間違い無い。
つまりオレの『フェレスと仲良く話したいならこうしろ論』も丸聞こえ。
何がご都合主義。何が救世主。
このタイミングでのこのお方の登場とか、都合が悪いとかいうレベルじゃない。
何この眩しい笑顔。眩しすぎる所か畏れ多すぎて直視できないんだけど。
「リデル、テツ君とりあえず食堂に行こうか」
「「ハイ」」
「逃げようとか考えないでね?」
「「アイサー」」
「……息があってるね」
「「アリガトウゴザイマス」」
「でもなんで片言なの?」
「「ナ、何トナクデス!」」
コッチは恐ろしいプレッシャーと恐怖を感じているからな。
自然と片言にもなる。
「まあいいよ。2人ともちゃんとウチの後からついて来てね」
そう言ってフェレスは宿の中へと戻っていく。
今の言葉の裏に『初めて来た建物だから道が分からなかった。何て理由で逃げられると思うなよ』的な意図を感じたのはオレの被害妄想だろう。そうだと信じたい。
「先に逝くぜ。親友」
「ああ、オレもすぐに逝くよ」
この時、何故かリデルとの友情が深まった気がした。
家に帰りたい。
この世界に来て3日、今ほど帰宅願望を感じた事は無いと断言できる。
裏口から入ってものの数分。アッという間に食堂に着いてしまったオレは、完全にホームシックとなっていた。
ココで何が起こるかは分からないが少なくとも楽しい事ではないだろう。追い詰められた精神のせいか食堂のテーブルが処刑台に見える。
リデルも似たような感覚に陥っているのか顔が真っ青。軽く涙目だ。
「ハッ、神は俺を見捨てたのか」
「あー、まあ神様引き合いに出して語ってたからなあ」
その内容が覗きの肯定に関する理論武装だったのだ。天罰を食らっても不思議ではない。
「何にせよお前の場合は自業自得だろ」
「ハッ、まだ何もしてねえだろうが」
「えー?」
オレの勧誘とか十分にアウトだろ?
しかしその事を言う前に、冷たい声が降りかかる。
「2人とも、そこの席にでも座ろうよ」
「「ハイ」」
今、真の恐怖体験が始まろうとしていた。
ああ、コレは相当ヤバイな。
オレの平和ボケした本能が珍しく危険を告げている。つまり裏を返せばそれほど不味い状況だという事だ。
この圧倒的な威圧感をゲームっぽく言うなら粛清補正と言った所だろうか? 変態補正とか主人公補正とかなら聞いたことはあるけどまさかその粛清版があるとはね。
いやー、知らなかった。てか知りたくなかったな。
とりあえず全員が席に着いた現状は、オレとリデルが隣同士、フェレスが座っているのは机の向こう側だ。男2人は蛇に睨まれた蛙状態で動くに動けなくなっている。
しかも俗に言うお迎えというヤツなのか、どこからか重たい鎧がカチャカチャ動く音が聞こえていた。
……でも死神が鎧って変じゃね?
個人的にはローブ姿のイメージが強いんだが、この世界では違うのだろうか。
気になって視線を動かして見れば、トレイに熱々のうどんを乗せた全身鎧が木製トレイにざるそばを乗せて歩いて来る姿が目に入る。
ビビッて損したな。見た目と食事はミスマッチだが、どうやらちゃんとした人間らしい。
しかし冷静になって見てみると、あの鎧に見覚えがある。一体何処で見たのだろう?
「あ、目が合った」
すると全身鎧の誰かさんは湯気の立ち昇るうどんを近くのテーブルに置いてコッチに来る。
やっぱオレの知り合い。だよな? だが、どこかで会った気はしても思い出せない。
するとオレの疑問に答えるかのように全身鎧の誰かさんは話し始めた。
「アァン? テメェはあの時オレのティーリアさんと一緒にいたガキじゃねえかぁ」
「……ども、昨日ぶりです」
この独特の口調とセリフは間違いない。
オレの目の前へとやって来た全身鎧の誰かさん、改めMrフルフェイス。
先日ギルドから撤去されたばかりの彼は、怒気の込もった瞳でオレを睨み付けていた。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
というわけで祝、10万文字突破!! の回でした。
読者の皆様、こんなアホ話を10万文字ちょいも読んで下さりありがとうございます。
感想、ご意見、要請などがあればお気軽にどうぞです。
まあ、記念すべき10万文字突破の話がコレでいいのか?と自分でも思わなくはないですが、そこはスルーの方向で。
頭ん中のプロットにMrフルフェイス割り込んできた時は本当にビックリしましたけどね。
何故お前がココにいるっ!? ってなりましたw
次回も変な話になりますが、広い心で読んでいただければ幸いです。