リメイクしました第一章 第十三話「ほうご挨拶とな」
前回のあらすじ
トラウマおじさんの新たなトラウマは本当に『よだれ』なのか!?
……事実です
そして[サンドワイバーン]の強襲を退けてから約2時間。
あの後も馬車の屋根に居座る事を諦めなかったオレは、体に来る衝撃を風の魔法でどうにかするのを諦め、魔力障壁を応用する形で環境の改善を図っていた。
微かな望みを託し実験がてら魔力の量や集中させるポイントを変えてみたら、低反発な壁になったのだ。
早速重ねてベット状にしてみる。
そうしてできた障壁ベットは馬車の振動を吸収し、なおかつそこそこの寝心地を保障してくれる優れものだった。そこに風よけとして正面や左右へ障壁を貼ったため、最初は揺れの酷かった屋根の寝心地は一気に改善。中々に快適な場所となっている。
もう完全に昼寝スペースである。
唯一気がかりな馬車の中は戦闘が終わった今も相変わらずの空気だ。が、唯一居心地が悪そうにしていたトラウマおじさんは気絶したままなので特に問題も無い……はずだ。
「兄ちゃん兄ちゃん、この魔法のクッション良いな。腰に良い!」
「そりゃよかったです」
羨ましそうにコッチを見ていたジオットさんに障壁で作ったクッションを渡したオレは、のんびりと寝転んだまま気のない返事をする。
「ちなみにリラックスしている所悪ぃがもう着くぞ。ホレ、アレが今日の宿がある[箱舟の岩村]だ」
「……ウトウトしてたのに」
「ガハハハハハ。上手くいかねーな」
「ったく笑えないですよ」
しかたなく障壁マットレスから体を起こすと、確かに遠くの方で民家がポツポツと建っているのがボンヤリと見える。
遠目でも分かる門と薄っすらと浮かぶ柵の輪郭が村と街道の境界線を示していた。
「でかい門ですね」
村の周りを囲む柵は小さくて簡単な作りだが、村の玄関口となる門だけは妙にしっかりとした造りになっているようだ。大きさが不釣り合いで全体がチグハグに見える。
「ここの村長はオイラの昔からの知り合いなんだがどーにもプライドが高くてよ。噂じゃ中途半端にカッコつけてああなっちまったらしいぜ。金が足りなかったんだとさ」
「うわっ、面倒くさそうな人ですね」
「オウ、ソイツはオイラが保証するぜ。そうだ、そういやちょっと前にその村長の娘ができちゃった婚してよ、そん時も世間体気にしたせいで一悶着あったって話がラースの方でも噂になっていたっけな」
「世間体ボロボロじゃないですか」
「ガハハハ、そーなんだよ。どうしようもない野郎だよな!」
全く、ファンタジーな世界だというのに夢も希望も無い話である。
と、そんな世間話をしている内に、馬車は門の前までやって来ていた。
ジオットさんは当然の様に笑い、馬車を進めて行く。
「アレ、止まらないんですか?」
てっきり村の入り口で止まると思ってた馬車は村の中を突き進んでいった。
「ガハハハハ、何言ってんだ兄ちゃん! オイラはプロだぜ? 客はキッチリ宿まで送るに決まってんじゃねえか」
「え、ああ。ソレはありがたいです」
予想外と言えば予想外だが、送って行ってもらえるのならその方が楽でいい。個人的には非常に嬉しい展開だ。
そんなオレの感謝を受けたジオットさんは自らの誇りをアピールするかのように自分の胸をドンッと叩く。
「なんせオレも泊まるからな!」
「……え、何そのついでな感じ」
誇りも何もただの本人の都合じゃないか。
だがそんなオレの非難の視線は前を向いて安全運転を心がけるジオットさんは気づかないのだった。
「……てかコレ安全運転か?」
この馬車は村に通っている大通りの大半を塞ぎながら走っている。
そのせいで進行方向を歩いてた人があわてて道を開けるという光景を何度か見ることとなっていた。
「ゴメンよ村の人。御者のおじさんが自己中なんだ」
「聞こえてっぞー」
「空が、青いですね」
「ガハハハハハハ! ……曇りになっちまえ」
オレ達を乗せた馬車は若干ニヤリとした空気の中、宿への道を走っていく。
「しっかし小さい村だってのに思ったよりも人が多いな」
パッと見看板を付けた店ばかりで純粋な民家は少ないのに、道から逃げていく人数がずいぶんと多い。観光客で回っている村なのだろうか?
[迷宮都市ラース]に比べて武装した人影が目立つのも気になる所だ。物騒とまでは言わないが、元の世界との差がありすぎてどうしても違和感が拭えない。
「ま、そのへんは慣れるしかないか」
人の多い理由はともかく、武装の方はファンタジーなら当然の事だろうしな。
コンコンコン。
「ん、ノックの音?」
音からしてかなり近い。けどこんな屋根の上でどうしてそんな音がするのだろう。
ゴンゴンゴン!
「あー、はいはい。そういう事ね」
どうやら下の誰かが屋根に上がってこようとして阻まれたらしい。音のした方を見てみると障壁をたたく手が見える。
「音が近いはずだよ」
仕方なく障壁を解除すると怖い顔をしたフェレスが屋根に上がりこんで来た。
「えーと、どしたん?」
「村に着いたからね。そろそろ降りるように言おうと思ったんだよ」
そう言いつつもフェレスは障壁マットレスの具合を確かめている。
「……それにしてもココはずいぶんと居心地が良いみたいね。下とは大違いだよ。ウチなんてあの重ーい空気の中にずっといたのにさ」
「も、もしかして屋根に逃走した事を怒ってらっしゃいます?」
まあ確かにあの状況で数時間ってのはキツイだろうけど。よくよく考えてみれば、フェレスはあの空気を作り出していた張本人だったはずだ。
「そのお前が怒るのはちょっと筋違いなんじゃないか?」
「ゴメン、良く聞こえなかったからもう一回言ってもらえる?」
むしろもう一回言って良いのか?
しかしソレは間違いなく地雷だろう。とてもじゃないが言い直す気にはなれない。
「何かさっきから冒険者らしき人をたくさん見るなーって言ったんだけど?」
とりあえず話を逸らすことにした。
「とりあえずテツ君は一回地獄に落ちるべきだね」
我ながら理不尽な扱われ様だ。
そして御者席のホビットが噴き出した。
「ブハハハハハハハハ」
「「笑い事じゃないですって!」」
そして納得の言ってないオレをあざ笑うかのようにように頭の中にファンファーレが鳴り響いた。
『レベルアップ! テツは[詐欺師]のジョブレベルが2に上がった。スキル[話を逸らす]を手に入れた』
コレは……何て言うかアレだ。
「カオスだな」
何にせよこの新スキルを獲得した意味は無さそうだ。そのくらいは誰でもやっている。
少なくともこの状況ではそうだろう。アナウンスの聞こえなかった2人は何事もなかったように、というか何事も無かったので話を続けていく。
「まあ君が地獄に落ちる話は置いとくとして。テツ君はこの村に来るの初めてなんだよね?」
「地獄行きは確定ですかフェレスさん」
そうは言いつつも頷く事で後者の疑問には答えておく。
「で、フェレスは前にもここに来たことがあったりするのか?」
「もちろん。この村から半日くらいの場所に[アルカの森]があるからね。依頼の関係でこの村に来る冒険者は多いよ」
「なるほど」
つまりはそういう冒険者相手に商売をやってる人間が多いから民家の大半が看板を掲げて商売をやっているという事なのだろう。
文脈から考えて [アルカの森]の森というのは多分ダンジョンの名前だな。この村はゲームでいう所のダンジョン手前の最終補給ポイントって事か。
その関係か進行方向には砦のような建物も見える。きっとあそこで[アルカの森]からモンスターが攻めてこないかを見張っているのだろう。ゲームなら『ダンジョンから溢れ出るモンスターを討伐せよ!』みたいなクエストがありそうだ。
「そうそう、言い忘れてたね。あそこが今日泊まるこの村唯一の宿屋だよ」
「アレが……宿?」
思いもよらぬ解説に思考がフリーズする。
なんせピシッと伸びたフェレスの指はオレが砦と思っていた建物を指していたのだから。
「はー、ここに泊まるのか」
まず目に入るのは商売が成り立つことが不思議になるほどに圧倒的かつ威圧的な迫力……を持つ武装した強面警備員。そして肝心の宿そのものもそびえ立つような重厚感だった。
宿に入ろうとする者の気持ちを挫くその姿は正に難攻不落の砦。
「……コレ本当に宿屋なのか?」
まさかのロケーションに思わず本音を漏らすオレは、半ばあきれながら馬車の屋根から降り立つのだった。
気が乗らないまま、何となく地面の感触を確かめていると、不意に木のきしむ音が聞こえてくる。
反応して振り返ってみると、なんと復活したトラウマおじさんが馬車から出てくる所。
「トラウマおじさん、目が覚めたんですね!」
ちょっと弱ってるみたいだが肉体的なダメージはすでに魔法で治療ずみ。これならもう大丈夫だろう。
「おじさんはヤメテ」
「……スンマセン」
しかし心の傷はあだ塞がっていないらしかった。
「んー、いかんな」
何時の間にかトラウマおじさんと呼ぶのが癖になってしまっている。
そもそもおじさんの本名とは何だったのか? 所々で聞いたはずなのだがどうしても出てこない。
そうやってオレが記憶の糸をたどっていると、最後まで残っていたリデルが馬車から降りてきた。
コチラはコチラで馬車の空気に当てられたのかゲッソリとしているな。トラウマおじさんを気遣いながらチラチラとこっちを睨む姿は中々にシュール。
「トラウンの旦那、本当に大丈夫なんすか? ってオーイ、何見てんだテメー」
「あ、ああ。平気だよ。それとパーティーメンバーに喧嘩を売らないようにね」
何て言うか、色々と苦労してそうなコンビだった。
「オウ兄ちゃん、難しい顔してんな。どうかしたのかい?」
脇腹をポンッと叩かれたので下を見ると、いつの間にか隣にジオットさんまで隣に来ていた。
こうして同じ地面に立つと小人なのがよく分かる。今も肩を叩くのは無理だから脇腹を叩いたのだろう。
「ジオットさん馬車は?」
ここ宿の入り口前だぞ。
「ガハハハハ、ココの宿はサービスが良いからな。馬車は宿の従業員が気い効かせて車庫まで持って行ってくれるんだよ」
「へー、いい宿ですね」
入るのには抵抗があるけどさ。
そして一番元気なジオットさんが、トラウマおじさんのお腹を叩きだす。
「おーし、トラウン! 村長さんの所にあいさつしにいくぞ!」
「ッカハッ」
2人の身長差が生み出す悲劇。迷いなく振り切られた連撃が、弱ってるおじさんの急所へと撃ち込まれる。
トラウマおじさんは苦しそうだ。
オレはせめてもの助け舟を出すべく、ジオットさんに質問を開始した。
「と、所でジオットさん。その村長さんって、さっき話に出てきた村長さんですよね。なんであいさつに行くんですか?」
「ん、あー、そうだな。リデルの坊主ー、何でだっけ?」
「ちょ、知らないんですか!?」
予想の斜め上を行く返答に思わず声が大きくなる。
そしてリデルの開設が始まった。
「ハッ、そんじゃあ、説明しよう! 村長を始めとしたここの村人の半分くらいは我らが『支える会』の会員。おかげでこの村でもトラウンの旦那は有名人ってわけだ」
「マジでか」
まさか『支える会』の勢力と影響力がこんな所にまで広がっているとは。
「ったく、オメーは何にも知らねえのな。こんなん常識だぜ?」
「いや、そこまでの影響力は無いだろう」
……と、信じたい。
何にせよトラウマおじさんのあいさつ回りは、最初から決まっていたことの様だった。
現状を把握したオレは、再びジオットサンに質問を投げかける。
「それで、オレ達はどうすればいいんですか?」
「オウ、そうだな。それじゃあ兄ちゃん達はとりあえず先に宿に入っといてくれや」
「え、いいんですかジオットさん?」
てっきり一緒に行くかと思っていたので少々拍子抜けである。
「オウ、部屋はもう予約済みだから問題無い。先にくつろいどいてくれ」
「ああ、そういう事ならココはお言葉に甘えさせてもらいますね」
長時間の移動に[サンドワイバーン]との戦闘。それらをこなしたせいで少し疲れが残っている。
休めるというのなら、休んでおいた方がいだろう。
だがここでフェレスがストップをかけた。
「でも村長さんの所に行くのは後にした方がいいんじゃないですか? 体の方のダメージはともかく、心の方は……」
よだれにやられている。
言葉にしなくても伝えたいことが伝わってくる。
ジオットさんも理解したのだろう。『どうする?』と尋ねるようにトラウマおじさんを見上げている。
周りの心配するような。気遣うような視線。
しかしトラウマおじさんはその全てを受け止めた上でゆっくりと首を振った。
「お世話になってる人だからね。挨拶に行かないわけにはいかないさ」
ぎ、義理堅い。
だがリデルはその判断に反対らしい。苦々しい顔をして首を振っている。
「でも、でもトラウンの旦那にはまださっきのダメージがのこってるじゃないっすか!」
その声は、さっき自慢げに『説明しよう!』とか言ってたヤツとは思えないほどの悲痛さを含んでいた。
だが確かにリデルの言う通りだとは思う。
若干グロッキーな今のトラウマおじさんを送り出して良いなんてことは無いだろう。。
だがトラウマおじさんはオレ達に背を向けて歩き出すと、振り返らずにこう言った。
「大丈夫。乗り越えてみせるさ」
「「「と、トラウマおじさーん!!」」」
何でココでそのセリフー!?
「男だ。旦那、アンタ男だよ」
まさかのカッコ良さ(?)に感動感動したリデルは、信じられないことに目に涙を浮かべていた。
「コレがトラウマおじさんか……」
つまりは義理堅い人格者なのだろう。
なぜ『支える会』の会員が多いのか。その理由の一端が少しだけ分かった気がした瞬間だった。
トラウマおじさんの背中が見えなくなるまで見送ったオレ達は思い出したように宿の中へと歩き出す。
色々あってソレどころじゃなくなっていたが、宿の雰囲気は変わるはずもなく、相変わらず踏み出すたびに威圧感とも緊張感とも言えない感覚が纏わりついてくる。
この雰囲気にはなれないな。
と、そんな事を思った時だった。
「オイ、確かテッペーとか言ったな」
「ん?」
なんと朝からオレを敵視していたリデルが、小声で話しかけてくる。
しかし居心地の悪そうにしているオレを見て、気を利かせた。という事は無さそうだ。
こちらを威圧したいのか険しい表情をしている。
そして一瞬だけ迷ったような表情を見せたリデルは意を決したように言い切った。
「後でちょっと面かせや。いったん部屋に行ったらすぐに宿屋の裏に来い」
「え?」
「いいか、絶対に逃げんじゃねえぞ」
そう言ってゆっくりと離れていくリデル。
まさか今のは……いわゆる決闘の申し込みというヤツなのだろうか?
少なくとも良い予感はしない。
「……あ、そういえばトラウマおじさんの本名覚えるの忘れてたな」
思わず現実逃避がしたくなる。
そんな何ともいえない空気の中。妙に疲れを感じるオレは、重い足取りで受付へと歩いて行くのだった。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
1章もコレでようやく半分。
思ったよりも書き直しに時間がとられてしまってますね。
ホント足りない所だらけです。
執筆スピードが高い上にクオリティーの高い分を書ける人ってすごいなあ。と思いますね。