リメイクしました第一章 第十二話「ほう心の傷とな」
前回のあらすじ
知ってるか? アイツの一張羅ってカメに食われかけたんだぜ!
馬車の危機を救うわなくてはいけない。
ジオットさんとの話を切り上げたオレはその一心で馬車の中へと舞い戻る。
「トラウマおじさん、大変で……す」
しかし、中へと飛び込んだオレの目に入ってきたのは負のオーラ渦巻く車内と、魂の抜けかけたトラウマおじさんの姿だった。
「トラウマおじさんはヤメテ。まだ23だから」
なんて弱々しい姿。
「……スンマセン」
そして23歳だったという衝撃の事実に一瞬思考が停止する。
「テツ君、大変って言ってたけど外で何かあったの?」
そんな何とも言えない空気の中、その影響を全く受け付けないフェレスが折れた話の腰を修正し、オレに対して続きを促していった。
「あ、ああ。そうだな。実は[サンドワイバーン]ってモンスターがこの馬車に向かって来てるみたいなんだ。まだ距離はあるけど多分戦闘になる。ジオットさんもそのつもりだ」
気付けば少しづつ馬車の速度が落ちてきている。
モンスターを迎え撃つんだから考えてみれば当然なのか。
「ハッ、Bランクの格上相手か。上等じゃねえの」
戦闘という言葉で復活したのか、ゆっくりとイスから起き上がったリデルは目を輝かせて不敵に笑う。
「普通に考えたらウチ等Cランクのメンバー3人と、トラウンさん1人に分かれる所だよね。Bランクのトラウンさんならサンドワイバーン相手でもタイマン張れるはずだし」
なるほど。確かに昨日、そんなような事を他ならぬトラウマおじさん本人が言っていた。
「よし、んじゃ1匹はおじさんに任せる方向で」
「テッペイ君。君何気に僕の扱いがヒドイ気がするんだけど?」
「いや、だってBランクですし。……ソレが普通なんですよね?」
「ハア。まあ、ソレが理屈に合ってる事は分かってるんだけどね」
そんな事を言ってる内に馬車は止まり、御者席にいたジオットさんが扉を車内に顔を覗かせにきた。
「オウ兄ちゃん、お客が来るぜー。盛大にもてなしてやんなぁ」
「あー、もう来ちゃいましたか」
このままだとイマイチまとまりのないまま実戦に入る事になりそうだ。
「ガハハハ、腹くくれってこった。さっさと倒してこい!」
「はいはい。がんばりますよ」
この馬車が運ぶのはオレ達である以上、ジオットさんにオレ達を囮に馬車で逃げるって選択肢は無い。まさに一蓮托生なわけだ。
御者って仕事も大変である。
「ま、オレ等がちゃんと守ればいい話なんだろうけどさ」
こうして外へと出たオレ達は馬車を守るため[サンドワイバーン]の迎撃へと意識を切り替えていった。
「ハッ、来やがったな」
近づいて来るスリルを楽しむようにリデルが笑う。
リデルは[武闘家]がメインと言うだけあって剣は使わないらしい。どこからかトンファーを取り出して装備している。トラウマおじさんは普通の長剣よりも若干小ぶりなショートソード。フェレスは拳の所にトゲの付いた手甲が得物の様だ。
それぞれの武装を鑑定してみたい所だが、説明文を読んでいる間に敵さんが突っ込んできそうなので今は我慢。とりあえず仲間の装備の[鑑定]を我慢して[サンドワイバーン]の事を調べる事にする。
馬車に向かって走ってくる[サンドワイバーン]は茶色っぽいイグアナにドラゴンを足したようなモンスターだ。図鑑によるとドラゴンよりも格下の[亜竜]という種族に分類されている。
よくある設定の通りドラゴンを筆頭とする強力な[龍]という種属に比べいくらか倒しやすいらしい。
「弱点は水ね。まあ王道って言うか、予想通りってかんじだな」
名前に『サンド』って付くだけあって土の魔法には強いが水には弱い設定。
イグアナっぽいのに水がダメというビジュアルと属性が噛み合わない、見た目よりも名が体を表す生態はRPGゲームならではではと言えるだろう。
「それじゃあリデル君、フェレスちゃん、テッペイ君は右の個体を頼むよ。くれぐれも馬車の方には行かせないようにね」
「「「はい!」」」
距離はあと25、6メートル。この距離ならば相手の姿がよく見える。
[サンドワイバーン]は喉を振るわせるような鳴き声を上げながら突っ込んで来ていた。
「あの大きさであのスピードか」
このイグアナ風モンスター、大きさも速度も黄色の信号で突っ走る軽トラくらいはありそうだな。
軽トラに武器を持って立ち向かう。何となく車上荒らしになった気分だ。
「ハア、まあとにかく今は集中だよな」
こっちはスペックが高いだけのド素人。気を抜けば一気に呑まれかねない。
「2人とも、馬車から引き離して一気に叩くよ。テツ君は魔法で牽制と挑発をお願い!」
「了解!」
「あーいよっとぉ!」
オレ達はフェレスの掛け声に合わせて[サンドワイバーン]を囲むように走り出す。
自分に振り当てられた役目は牽制と挑発。そこから先の判断は流れ次第になるだろう。
そういう事ならばと気を張って走るオレは、低級の水魔法、[ウォーター]の魔法陣を杖先に展開。割り当てられた個体にボール状になった水の塊を撃ちこんでいった。
「ギャオン!?」
「ん、惜しいな。外れたか」
自分と相手。お互いが走り込むスピードに合わせて撃ってみたのだが、ギリギリの所で[サンドワイバーン]にブレーキを掛けられて躱されてしまったらしい。おかげで着弾したのは[サンドワイバーン]の少し手前の鼻先だ。
しかし撃ち込まれた場所が場所だったため、地面にあたって弾かれた水の魔法が泥水になって[サンドワイバーン]の顔面へと跳ね上がる。
泥水の滴る爬虫類と目が合った。
「シューㇽㇽㇽㇽㇽ」
顔中を泥だらけにされた[サンドワイバーン]は『ワレ何してくれとんねんコラ』とでも言いたそうにコッチを睨んでいる。
嫌いな水を泥のオマケつきで顔に喰らったんだから当然と言えば当然のリアクション。
フェレスの注文通り、馬車の前にオレ達の相手をする気になってくれたようだった。
それにしても杖の補正が大きいな。
魔法陣が何も持っていない時よりも素早く、より純粋な魔力だけで構築できている感じだった。
今の魔法に比べると昨日杖無しで作った魔方陣にはいくらか気が混じっていた様にも思える。
「案外MATってのは魔力の変換率って事なのかもしれないな」
気と魔力。力の素が同じなのだとしたら、使用時に混ざってしまうのも分からない話ではない。それをより純粋な形で使えるかどうかが数値に表れて来るのだろう。
「テツ君、もっと距離を取って!」
「っと、スマン!」
とにかく馬車から話すように誘導しなくてはいけない。今現在の標的になっているであろう囮となって明後日の方向に走り出すべく体の向きを変える。
だがオレはフェレスの言葉を分かっていなかった。馬車を、馬を守るために言ったのだと勘違いしていた様だった。
経験不足の生んだ致命的な油断。
「……え?」
気が付いた時には[サンドワイバーン]がすぐそこまで迫っていた。
考えてみれば当然の事だ。[クールトー]と[サンドワイバーン]では文字通り格が違う。そしてそれはランクという形でハッキリと示されていた。
ましてや[サンドワイバーン]はその体の作りから見ても地上戦に特化している肉食モンスターである。 あの大きな体で得物を追い、捉え、そして生きているのだ。
さっき軽トラ並みのスピードで走っていた以上瞬発性があるのは分かっていた事だ。
「っ分かっていた事なのに!」
理解できていなかった。
だからこうして間合いを詰められる。
無意識に相手を舐めていた事が原因の最悪の判断。どうやら[クールトー]との戦闘が予想以上にうまくいったせいで過信していたらしい。
思わず自分を殴り飛ばしたくなる。が、今はそれ所じゃない。
口を大きく開けた [サンドワイバーン]がよだれを飛ばしながら突っ込んできているのだ。
このままじゃ喰われる。
回避できるか? いや、躱せない?
元の世界にいた時の感覚と、強化されてしまった今の自分。
現段階で自分がどのくらい動けるのかが分からない。次へのビジョンが湧いてこない。
体が……動かない。
いや、だったら切り替えるまでだ!
「止まりやがれっ!」
動けないなら正面から迎え撃つしかない。
そう判断したオレは魔力を一気に練り上げて魔力障壁を展開。[サンドワイバーン]を至近距離で止めにかかる。
近づいてくる死線が目の前で止まる。1歩先の空気が振動で震える。
だがそのかいあって、オレを噛み殺そうと口を大きく開けた[サンドワイバーン]は障壁に衝突してカウンターに近い形で弾き返されていった。
「っぶねぇ」
かなりヒヤッとさせられてしまった。
だが何にせよチャンスだ。オレは相手の体制が崩れた今の内に今度こそ距離を取る。
「ハッ、隙ありだコラー!」
「ナイスだよテツ君!」
「おお?」
声のした方を見てみれば、あわてて下がったオレと入れ替わるようにリデルとフェレスが走り込んでいった。
いわゆるスイッチだ。
「そうか、体制が崩れた今が仕掛け時なのか」
スピードに乗っていた所で障壁に激突した以上ダメージはあるし混乱もするだろう。
そんな隙を突く形で[サンドワイバーン]へと突っ込んでいった2人は、そのまま上手く連携し先手、先手を取っていく。
「さすが近接戦闘職」
アレならそう簡単に攻撃を喰らう事は無いはずだ。
オレはその間を使い[サンドワイバーン]を止めるための[障壁]に使ったMPをステータスと念じる事で確認する。
残りのMPは908、9、10。一秒ごとに回復していくとはいえ、あの一瞬で結構減っている。
「さっきの障壁に100近くのMPを使っちゃったか」
さすがにもう一度試す気にはならないが、もっと少ないMPで弾けた可能性もある。
その辺のさじ加減が分からないってのは不便だな。毎秒ごとに回復するとはいえ無駄遣いはなるべく避けたい。
こういう時、細かいコントロールに自身が無いのならチマチマと下、中級魔法で削っていくのではなく上級魔法みたいな大技で一気に決めてしまうほうが良いのだろうか?
「いや、焦んなオレ」
呑まれんな。
今の考えは多分さっき喰いつかれかけた事が尾を引いている。ココは中級魔法を撃ちこんで様子見だ。
「魔法を撃つ、2人とも合図したら下がってくれ!」
「アァ? ハッ、やるなら早くしろよ!」
「了解だよ!」
1人返事がオカシイ気もするがあえてスルー。
ステータス画面で[魔術師]の項目を開き、使える魔法の中からお目当ての術を探す。
「水の中級魔法……、あった。2人とも行くぞ! [ウォーターランス]!!」
そして杖先で魔法陣を構成。水流でてきた水の槍を[サンドワイバーン]に向けて撃ち込んでいく。
「マジで早い!?」
「さすがだよ!」
リデルとフェレスははなんだかんだ言いながらも素早く離脱。
2人に気を取られていた[サンドワイバーン]はロクに反応できぬまま[ウォーターランス]によって大きく後ろへと吹き飛ばされていった。
「あの大きさのモンスターがあんなに吹っ飛ぶのか」
あの大きな体格だ。体重だってかなりのものだろう。
なのに玩具みたいな吹き飛び方をした。
どうやら中級魔法は思った以上に威力が高いらしいな……けど。
「まだ倒せてない。か」
ダメージは負わせたものの持ち堪えたらしい。[サンドワイバーン]は緩慢に動きながらも体勢を立て直そうとしている。
「いや、それも後1発魔法を打ち込めば終わりって感じか」
手負いの獣も近づかなければ怖くない。
苦しませないよう早く決めてしまおう。
しかしいざ魔法陣を組もうとした段階になった時。リデルが文字通り突っ走りだす。
「トドメだオラー!」
「え、ちょっ、オイ!?」
「不用意に近づいくのは危険だよ!」
だがリデルはフェレスの制止も聞こうとせずに後ろへと回り込むようモンスターに突っ込んでいく。
しかし[サンドワイバーン]の対応も早かった。
低くうめき声を上げながら尻尾を鞭のように振り始めたのだ。
しなりながら高速で振られる尻尾は、威力十分な凶器であることを誇示するかのように不吉な音を立てている。
どこからどう見ても迎撃狙い。待ちの体制。
しかしリデルは尻尾なんて眼中にないかの様に一気に間合いを詰めていく。が……。
次の瞬間には[サンドワイバーン]の尻尾がリデルを捉えていた。
いや、正確にはリデルが尻尾を捉えたと言うべきだろう。
「ハッ、[ 柔拳・弾]ぃ!」
リデルは尻尾が体に当たる瞬間を狙ってスキル名を叫ぶと、スキルによる補正強化付きのトンファーで[サンドワイバーン]の尻尾を弾き返す。
「嘘だろ!?」
あまりに現実離れした光景に開いた口が塞がらない。
見た目の筋肉量が実際の力と相反するってのは思った以上に心臓に悪いものだった。
だが驚いたのは今のリデルの技にもだ。結果としてはオレの障壁と似たようなものだが、その過程の違いは明らかだった。
動体視力が気で強化され一連の流れが見えたからこそ、そのリスクと威力の高さが理解できる。
今の[柔拳・弾]はおそらく全身運動による受け身をクッション替わりにして攻撃を受け止め、その後一気に利き足を踏み込みこむことで相手の攻撃を弾く迎撃技だ。
気によるブーストと魔力による補正を掛けたことで、スキルの制度と威力は相当の高さになっているのだろう。
カウンターを受けた[サンドワイバーン]は弾かれた尻尾に引きずられるようにバランスを崩す。
ここまで蓄積したダメージが一線を越えたのか、[サンドワイバーン]の足はガタつき始めていた。
「コイツで終わりだ! [剛拳・貫]ぃ!!」
[ サンドワイバーン]の視界が揺れる中、アゴ下に潜り込んだリデルのアッパーが[サンドワイバーン]の顎に打ち込まれる。
トンファーから放たれた衝撃波のエフェクトが[サンドワイバーン]を打ち抜き、命を砕く。
「ッシャア!会心の一撃だー!」
何とか終わったらしい。
[サンドワイバーン]が光のチリになって消えていく中、リデルの叫び声が荒野の中に響き渡っていった。
「フー、終わった、終わった」
生身でリアルモンスターと殺り合うと言うのは思った以上に結構神経に触る。
「今の[サンドワイバーン]に比べれば昨日の[クールトー]なんてただの野犬だな」
ランクの違いというものは思っていた以上に大きな差のようだ。
そういえばトラウマおじさんともう1匹の[サンドワイバーン]はどうなっただろうか?
疑問に思って探してみると、軽やかなフットワークで[サンドワイバーン]の攻撃を躱すおじさんの姿が遠くに見えた。
「フェレス、アレって援護に行った方が良い……かな?」
見た所素早い動きで切り付け、相手を翻弄するトラウマおじさんの戦いはとにかく速い。
強化した視力でも追いきれないような動きを見せるあの人に手助けがいるのだろうか?
「んー、あっちの[サンドワイバーン]はもう大分弱ってるみたいだし。優位な状況で、しかも集中してる 所へ援護に行くのってウチとしては若干気が引けるかな」
なるほど。そういう考え方もあるか。
「じゃあジオットのオッチャンにちょっと状況を聞いてくるわ」
馬車の方を見ればジオットさんが馬車の中で楽しそうに観戦している様子が見える。
あの気前の良さそうなホビットなら、ノリノリでここまでの戦闘の流れを教えてくれるだろう。
「あ、ウチも行くよ」
「ん、じゃあリデルはどうする?」
「……勝利の余韻に浸らせておこう」
「え゛?」
勝利の余韻?
理解ができなかったオレは思わずリデルの方へと耳を澄ませてしまう。
「ウハハハハハハハハ(以下略)」
凄まじい肺活量で、息継ぎ一つせずに笑い続けていた。
「……よし、馬車行くか」
アレは近づいたらダメだ。触ったら祟りが出る感じのヤツだ。
こうしてまた1つ、この世の心理を悟ったオレは、周りを[鑑定]で警戒しつつ馬車へと向かうのだった。
「何て言うか、いいご身分っすねぇ」
馬車の中にいるジオットさんは片手に酒瓶、窓際におつまみのナッツという完璧な体制で窓越し観戦に臨んでいる。まるでテレビで試合観戦をしている野球ファンのオッチャンだ。
「オウ、お疲れ兄ちゃん。ソッチも中々の戦いっぷりだったじゃねえか」
「そりゃどうも。それにしても準備が良いですね」
「逃げも隠れもできない御者の唯一の楽しみだ。そう嫌味を言うもんじゃねえよ」
「へいへい」
ソレを言われるとどうにも恨めないな。
「んでオイラに何か用かい?」
「いや、トラウマおじさんの援護に回ろうかと悩んだんですけど……」
「あー、いらねえいらねえ。コッチ来て正解だぜ兄ちゃん」
「やっぱりそうなんですか」
「ま、あの野郎はタイマンが性に合ってるからな。それに兄ちゃん達じゃアイツの細かい動きに合わせてやれねえだろ?」
「ああ、確かに自信ないです」
あのスピードだ。下手したらフレンドファイアになりかねない。
まああの様子だと躱す気もするけど、邪魔になるという事には変わらないだろう。
「まあ、ヤバくなったらこっから助けに行ってやりゃあいいさ」
そう言ってジオットさんはお酒を飲む。ひたすら飲む。
「相変わらずねー、ジオットのおじさん」
オレの後から馬車に入ってきたフェレスはそんなジオットさんに笑いつつ、慣れた手つきでナッツをかっさらっていった。
「おおフェレスの嬢ちゃん。酌してくれ酌」
「そのサービスは有料かな」」
「「金とんのかよ」」
何て言うか、アレだ。
「戦闘中なのに緩いなー、オレ等」
板切れ1枚の向こうは命のやり取りだというのに馬車内の空気はどこかのほほんモノになっていた。
しかし、それにしてもトラウマおじさんは強い。
[忍者]と[アサシン]のジョブを持っているだけはある。圧倒的なスピードで撹乱しつつ、確実にダメージを与えて[サンドワイバーン]を追い詰める姿はまさに殺し屋。
スキルを使った空中での2段ジャンプなんかは感動モノだ。
何度も切り付けられて傷だらけになった [サンドワイバーン]はもう虫の息。ダメージが響いているのかしまりなく口を開けて荒い息をしていた。
「オウ、見てろよ兄ちゃん。そろそろトラウンの大技がでるぜ!」
「マジですか!?」
だが確かにトラウマおじさんの持つショートソードへピリピリとした力が、魔力が集中しはじめてるのが何となく見て取れる。
「あ、呪文の詠唱。きっと次の一撃で決めるつもりだね。多分[忍術]だよ」
「あ、このお経っぽいのって呪文なんだ」
トラウマおじさんが唱えているのは多分密教か何かのお経だろう。『オン』の1言から始まるタイプの真言だ。
だがフェレスにはお経が何か分からないらしい。逆に『お経って何?』と聞かれて言葉に詰まってしまう。
結局何て説明するかを考えている内にトラウマおじさんの詠唱は終わってしまうのだった。
「悪いがコレで決着だ。[水遁 付水]!」
スキル名を言うと同時にトラウマおじさんのショートソードの周りに水が集まり始める。
魔力で生み出した水を圧縮し剣の周りに留めているのだろう。パッと見なのでハッキリとは分からないが、水の生産と固定。それらの制御にかなりの魔力が使われている様だ。
そして準備ができるや否や、トラウマおじさんは[サンドワイバーン]に向けて走り出していた。
「さっきよりも速い!」
特に初動のキレが段違いだ。その速度は気が付けば走っていた。というレベル。
どうにか対応しようと体を動かす[サンドワイバーン]だがその反応は遅く、まともに動くのは首だけ。しかも目ですら追えていないようだった。
圧倒的な速度に翻弄され的外れな方向へと顔を向ける[サンドワイバーン]。
トラウマおじさんはその隙を突いて目で追いにくい斜め下へと潜り込むように仕掛けに行く。
そして振り向けた顔の軌跡を描くように[サンドワイバーン]のよだれが宙を舞った。
「「「……よだれ?」」」
戦いを観戦していたオレ達全員が嫌な予感を同時に抱く。
トラウマおじさんの顔面によだれが直撃した。
「ぐああああああああー! 目に、目にねっとりとした液体がー!!」
「「「と、トラウマおじさーん!」」」
何て絶妙のタイミング。
コレが実戦。コレが現実。コレがトラウマおじさんクオリティー。
「怖すぎだろ」
信じたくないリアルが起こる中、馬車から飛び出したオレは自覚できる程引きつった顔のまま駆け出した。
しかしトラウマおじさんがキッチリと自分の仕事をしたせいで、馬車から[サンドワイバーン]を大きく引き離したせいで、オレが全力で走っても到着するには少しの時間がかかってしまいそうだ。
よだれを喰らったトラウマおじさんの足は当然止まっている。
もうちょっと正確に言うとその場で留まりながら高速の足踏みを披露し、目をゴシゴシとしている。
これを狙わないバカはいないだろう。
「トラウマおじさん、逃げてー!」
今トラウマおじさんがいるのは[サンドワイバーン]の右後ろ脚すぐ近く。
絶対によろしくない位置だ。
そしてこの致命的な隙を見た[サンドワイバーン]から当然のように繰り出された尻尾の強烈な一撃がトラウマおじさんにクリティカルヒットした。
「トラウマおじさーん!」
わき腹に尻尾に打ち付けられたトラウマおじさんの体は、不自然なくらいの『くの字』を形作り、地面スレスレを飛んでいく。
何処にも体をぶつける事のないその姿はまるで空中を滑るよう。
そんな人を不安にさせるような平衡感覚はいりません!
そう考えながらトラウマおじさんの発射方向へと回り込んだオレは、先ほど自分の体を浮かせた[ウインド]の魔法で飛んでくるトラウマおじさんを受け止めた。
「テツ君。魔法でトドメを刺して! ウチはトラウンさんを!」
「分かった!」
このままではトラウマおじさんが[サンドワイバーン]に喰われかねない。
少し遅れてこの場にやってきたフェレスに気絶した被害者を預けたオレは、改めて最後の[サンドワイバーン]へと向き直る。
「[ウォーターランス]!」
魔方陣から撃ちだされた水流が弱った[サンドワイバーン]を命ごと吹き飛ばした。
「フェレス、トラウマおじさんはっ!?」
[サンドワイバーン]を素早く始末したオレは、倒れたトラウマおじさんに駆け寄りながら[治療師]の持つ回復系スキルの発動準備に入り始める。
今のオレは[治療師]のジョブレベルが99。つまり大抵の怪我なら余裕で直せるだけのスペックを持っているはずだ。
だがトラウマおじさんの傍らに座るフェレスはそんなオレに悲しそうな顔を向けると、ゆっくりと首を振った。
「フェレス?」
「ゴメン、テツ君。……間に合わなかった」
「オイ、それって!」
まさか。まさか死……。
「トラウマ。確定だよ」
「は?」
トラウマが何だって?
「えと、オイ、それって……」
「ほら、コレを聞いてテツ君」
「いや、コレって何だよ」
生きているのならサッサと治療するべきだろう。
だがそう思いつつも静かにしてみると、確かに何かが聞こえてくる。
「よだれが、よだれがぁ……」
「こ、コレはっ」
間違いなく夢に出てる!
「そう、よだれがトラウマになってしまったんだよ!」
「それは、何て言うか……」
ご愁傷様ですトラウマおじさん。
しかしフェレスの嘆き(?)は終わらない。
「ひどすぎるよ。これじゃあ赤ちゃんの寝顔にさえビクビクしなきゃいけないじゃない!」
「あー、いや、まあそうかもしれないんだけどさ」
ソレはソレとするとしてもだ。
「お前、ちょっと楽しんでない?」
「ま、まさか。楽しんでなんてないよ」
「今絶対に動揺したよね」
「まっさかー。楽しんでなんてないよー」
「何でさっきよりも楽しそうに言い直すんだよ」
もう嫌だ。今朝も似たようなことやった気がする。
「ハア、とにかく今は怪我の治療をするか」
とりあえず[迷宮都市ラース]に戻ったら『トラウマおじさんを支える会』に何か寄付をしよう。
こうして1つの決心をしたオレは、意識の飛んでいるトラウマおじさんへと回復魔法を掛けていくのだった。
ども、谷口ユウキです(-_-)/
今回主人公の戦った[サンドワイバーン]は、小説の中でも書いた通りイグアナが、それもガラスの飼育ケースを尻尾で叩き割るヤツがモデルになってます。
軽トラサイズのイグアナ。……モンスターですね。