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月曜の朝、彰子は少し早く出社して朝から、すごい勢いで請求書や顧客の入金状況を確認してはつぎつぎと滑らかなキーボードさばきで処理をしている。そこへ、田端が出社してきた。
「おはようございます。名村主任、早いですね。」
田端はぺこっと頭を下げると彰子の前の席に収まる。
「ああ、おはよう。すぐ月末でしょ。2月はほら日数短いから、今日あたりから追い上げないと。ああ、それから、来て早々悪いけど、月初にやった市場検のあとの懇親会の請求書あがって来てる?金額大きいから来月にまわしたくないからって20日までに請求書あげてもらうようにお願いしておいたのだけど。」
「あっ!そう言えば!」
一瞬はっと口を開けてすまなそうに頭を下げる。
「申し訳ございません。まだです。先週忙しかったんで忘れてしまいました。すぐに確認します。」
彰子はその返事に表情を変えて、一旦手をとめて田端の顔を見て言った。
「田端さん、あなたはここのところ仕事をよく覚えてくれたから本当に間に合うようになったわ。仕事ひとつひとつは気も利いてるし、よく出来るようになってるわ。でも、仕事の組み立てがまだまだ甘いわね。目の前のことで振り回されやすいわ。優先順位をつけて取り組むことを忘れないで。今ある仕事で何が重要で期限の早いものはどれなのか、その日しか出来ない仕事は何?とかね、考えて仕事の順番やその日の段取りをつけるのよ。そろそろ自分が任された仕事は、期限までに責任持って仕事ができるようにやりくりを覚えましょうね。あなたはもうすぐ一年であと2ヶ月もすれば先輩になるわ。」
田端は意気消沈している。その表情を見ながら彰子が続ける。
「なんで厳しくいうかというとね、あなたはわかる人だからよ。あなたは頭がいいわ。だから、私も当てにしてるのよ。実際ほんとにこの一年助けてもらったもの。田端さん、いい?うちはお金を扱う大事な仕事をしてるのよ。信頼は人でつくられるけど、信用はお金でつくられるのよ。どんなにいい人でもお金の払いが悪いと信用できないでしょ?だから、会社の信用を損なわないようにきっちりしないとね。私たちは営業じゃないけど、お金を正確に扱うことで、会社の信用を作ってるのよ。その自覚は忘れないでね。」
「はい。」
田端が緊張した顔で返事をする。
「わかればよし。じゃ、今日も一日がんばりましょう。」
彰子がにっこり笑って、ハッパをかける。
「はい。がんばります。」
田端もほっとして少し笑うと元気よく返事をしてPCに向かった。彰子はその様子を見届けるとまたPCの画面に目を向ける。
しばらくして、ピクっと彰子のやや長めの眉が引きあがった。彰子は顧客の支払い状況一覧をみて、さらに検索を何度か試みてじっと画面を眺めると、画面から目を離さずに左手を伸ばして受話器をとると内線番号をまわした。
「支店長、お話が。」
そういうと開いていたウインドウを隠し、会議室の空き状況ををすばやく検索する。
「3号の会議室が開いてますので、来ていただけませんか、お時間はとらせません。重要な内容です。」
彰子は顔をこわばらせて、電話を切るとすぐに3号の会議室へと急ぐ。会議室にくるとPCを立ち上げ先ほど自分が見ていた画面を開けて、支店長を待った。
ほどなくして、ノックの音が聞こえて支店長がやってきた。年の頃は50すぎで背は彰子とあまりかわらないが、やや恰幅がよく、堂々として存在感がある。いかにも重役といった風貌である。もともと企画系で数字に関しては頭のきれるインテリタイプだった。
「名村君、おはよう。どんな用件かね。」
営業スマイルで挨拶をしてきたが、彰子がお辞儀しただけで声を発しなかったので、ただならぬ雰囲気に支店長も気付き、急にピリッとした顔つきになる。
「あの、SKドラッグ様の件なんですけど、ここ数ヶ月支払いに遅れがあることはお耳にいれたお思いますが、先月から支払いが滞ってます。今月もいまだにありません。再三あちらには請求をしたのですが、返事はしてくださるのですが、その後の支払いが一向にありません。少しあやしいんですけど・・・。以前も同じようなことがありました。支店長はまだこちらにいらしてないときですのでご存知ないと思いますが、大手のスーパーチェーンロウハンのときに同じ兆候が出てたんです。SKドラッグ様といえばこちらの地元基盤の強力ローカルチェーンですが、以前は有力店でしたが、最近では全国展開している大手のドラッグチェーンの積極的な進出によってここ数年はかなり苦戦していると聞いてます。そういうことも考えますととても気になるのですが…。」
「ふむ…たしかにその通りだ、ここのところ、SKの一番店ですらここのところ客数目減りで売り上げきつくなってきていたな。この間、店にお邪魔したときには閑散としていて、以前の勢いも感じられなかった。」
支店長はPCの画面に目をやりながら、渋い顔をしてじっと考えていた。
「名村君、すまないが、営業部の片岡部長を呼んでくれないか。」
「はい、かしこまりました。」
緊張した面持ちで返事をして一礼すると、速やかに彰子は会議室の片隅にある内線電話で片岡部長を呼び出した。
「ありがとう、君はもういいよ。戻りたまえ。」
「はい。」
彰子はもう一度一礼すると会議室を出て行った。
その後の展開は速かった。支店長命令でSKドラッグ本部担当のマネジャーから各店担当の営業まで全員店に行かせて店の動向と情報集めに奔走した。彰子は彰子で自社のグループ企業の経理関連部署に問い合わせSKドラッグの支払い状況を確認した。その結果、彰子の所で把握したものとほぼ同じような状況だった。支店長にその情報も伝えると、その日の夜はものものしく緊急対策会議になった。
2時間ばかり話をやりとりしていたかと思うと支店長が一旦会議室から出てきて社長に電話していた。そのやりとりは、かなり辛らつな感じだった。
「…はい、…はい。やはりですか…。まずいですね。わかりました。本部担当から指示させて、とりあえず、理由をつけて一部商品を返品させる指示を出させます。それから発注が上がってきても出荷停止にします。万が一、入金があった場合はあった分に相当する金額分の出荷とします。…はい、…はい、そのように物流に指示します。…はい、…はい。わかりました。損失をなるべく最小限にできるよう努力します。」
どうやら本社で調べた結果、SKラッグはかなりまずいギリギリのところまできていて、いつ倒産してもおかしくない状況になっていたことが判明した。社長の電話の後、支店長から厳しい話がなされて緊迫した面持ちでで再度全員店に出かけていった。
もちろん、一之瀬も担当店にSKドラッグがあったので自分の担当店に中本を伴って出かけていった。あっという間の一日だった。朝から、不穏なデータを見つけたところからはじまってこんな大事になってしまった。彰子は一抹の不安を覚えながら、PM10:00に退社した。
ことが起こったのは翌日の朝のことだった。




