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追 憶(5)

9時45分、『鳥伊勢』を後にして駅からタクシーに乗った。

私は、沢渡に注いだグラス1杯分以外のビールを空け、レモンサワーを3杯。

最も大好きな『ほろ酔い』状態だった。

いつも、敢えてこの状態に自分を持っていく。

この先は、とてもじゃないけど恥ずかしくって、素面(しらふ)でなんて向き合えないから。

厳密に言うなら、『恥ずかしい』だけでなく、『呵責の念』に少なからず胸が痛んだ。

夫である倉橋に背を向け、それだけならまだしも、倉橋が長年『親父』と慕ってきた人間との情事を(おか)す為には、曖昧になれる自分を作り出す必要性があった。

――こんなこと、いい加減()めなくっちゃ・・・――

毎日の様に繰り返し思う感情も、いざ誘われると自分を食い止める事が出来なかった。

当時私は、沢渡に溺れていたのだ。


埼玉との県境にあるホテル街でタクシーを降り、お城を思わせる大きな建物に入った。

灯りの点いた部屋案内のパネルから1つを選んでボタンを押し、受付カウンターに行くと、カーテンで仕切られた薄暗いカウンターの中からルームキーが提示された。

「ご休憩ですか?お泊まりですか?」初老であろう女性の声に、

「泊まりで。」沢渡が財布からお金を出しながら答えた。


部屋番号が点滅するドアに鍵を差し込み、入ってすぐのスイッチに手を伸ばした。

外装とは程遠く、白を基調とした落ち着いた部屋。

私は浴室に向かい、熱湯のシャワーでバスタブの中を流してから、お湯をはりだした。

次に冷蔵庫からオレンジジュースとサワーの缶を取り出し、グラスと一緒に沢渡が座るソファの横に腰掛けた。


「はい、お疲れ様。」私は、ビールのグラスを沢渡の方に向けてから、一気に飲み干した。

――まだ、終わってないけど・・・――



沢渡は、女に事欠かない。固定の人だけでも、4、5人はいるのだろうか・・・

それもこれも、きっと沢渡が上手いからだ・・・

1時間半程戯れ、湯船につかり、それから又1時間・・・

愛撫は繰り返され、力強い腰の動きは止めどなく続き、私の意識が朦朧としたのが分かると休憩を(はさ)む。


いつも沢渡は、先に私を湯船につからせてから、火の点いた2種類の煙草とビールのグラスを持って後から入って来た。

私にビールを一口飲ませバスタブのコーナーにグラスを置いてから、次に煙草をくわえさせ、自分は腰掛けに座る。

「姫、生きてるか?」

「なんとか・・・」

「今日、お前、危なかったんだぞ!」

「ん?」

「体半分ベッドから落ちてるのに、仰け反るから、床に頭打つかと思ったよ!」

「そうなんだぁ・・・全く記憶にない・・・」

「だろうな・・・」


口の動き・指の動き・腰の動き・・・

それら全てが一体となり、私を幾度も波紋の中に引きずり込んで行く。

そして、私に留めを打つのが情事の最中に交わされる言葉のやり取りだった。

それまでの私は、ベッドの中で執拗に言葉を迫られた事なんて一度も無かった。

せいぜい、『好き』と返答する位のものか。

沢渡の巧みなリードは、私の羞恥心をいとも簡単に取り除いてしまう。


気だるさの残るベッドの中、時計に目をやると3時を回った所だった。

――俊兄は、もう寝てる頃だな・・・――

「そろそろ、帰ろっか・・・」

「あぁ、もう、お前の身体が持ちそうに無いしな!」

「おかげさまで・・・」

「ひかる、ごちそうさま!」

「こちらこそ、ごちそうさまでした。」


自宅の前で先にタクシーを降りた。

「おやすみ。」

「おやすみなさい。また明日会社で。」

走り去るタクシーが、信号を曲がって見えなくなるまで見送った。


5階の自宅の窓を見上げたけど、やっぱり灯りは点いていなかった。

――寝てるに決まってるよね!こんな時間なんだから――

いつも思うこと・・・こんな日は、

――灯りが点いていないとホッとする。――

――早々と寝ていてくれたら、もっと有難い。――

――そうすれば、時間なんて適当に誤魔化せる。――


玄関を入るとそこに倉橋の靴は無く、辺りを見回したが何処にも帰って来た形跡は無かった。

――まだ、飲んでるのかなぁ・・・――

――今日は、誰と一緒なの?――


私は、病気の身体で飲んでばかりいる倉橋の事が、さほど気にならなくなっていた。

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