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追 憶(4)

沢渡が出掛けた合い間、自分の頭の中を整理出来ずに戸惑っていた。

――連絡先を書いた新聞を持って出たのは、何故?――

――また、人を使って何かしようとでも企んでるわけ?――

――『ヤキ』入れられてたら、どうしよう・・・――

――いつまでここに居させられるんだろう?――

――一体、これからどうなっちゃうの?――


相手とは遊びだった。ただ、いっとき淋しさを忘れる為の手段に過ぎなかった。

と、言っても、誰でも良かった訳じゃない。

――見ず知らずの人は怖い。――

『浮気』を脅されはしないか?病気をうつされるたりはしないか?変態だったらどうしよう?妊娠でもしたら・・・なんて考えている私は、いつも知っている人しか相手に出来なかった。


相手にしても、別に私に対して『愛情』が存在している訳でもなかっただろう。

でも、お互いに、ベッドの中では『好き』と言い合っていた。

戯れの最中のセリフに、重い感情など、持ち合わせてはいなかったから・・・



30分程経った頃、沢渡が戻って来た。

「相手の男呼び出したから、もう時機ここに来る。男の言い分も聞かなきゃならんからな。」

そう言って、煙草に火を点けた。


「なぁ、ひかる・・・大人しく、俊輔の元に居る気はないか?」

「確かに、仕事馬鹿で面白味にゃ欠ける人間だろうが、あいつには、人が持っていない純粋さがある。男義だったら、誰にも引けを取らねぇよ・・・お前の事もちゃんと守って行くだろうよ。」

「お前がやり直すって言うんなら、今回の事は俊輔に何も言わず、大目に見てやるのよ!」

さっきの恐ろしい剣幕は影を隠し、子供を宥めるような優しい表情になっていたが、目だけは真剣そのもので、決して微笑んではいなかった。


私が返答に困っていた時、入口の扉が開いた。

振り返ると、耕平(こうへい)の姿があった。

鈴木 耕平(すずき こうへい)、大学4年の22歳。

2年近く前、バイト先で知り合っていた。

(おな)い年の彼女がいるらしいけど、短大卒の彼女の方が一足先に社会に出て、今は長野の支社勤務で遠距離恋愛中とのこと。

向こうも淋しさを紛らわす『似た者同士』だったのかも知れない。


「鈴木君か?」頷いた耕平を見てとり、

「ひかるの隣に掛けなさい。」

耕平は困惑した顔つきで席に着いた。


「さっき電話で話した通り、二人の付き合いを認めるわけにはいかん。」

「この場でハッキリとした、二人の意思を聞かせて貰おうか?」

「・・・・・」

「鈴木君は、ひかるのこと、どう思ってるんだ?好きなのか?」

一瞬、間が開いてから

「好きです。」凛とした、冷静な声だった。

――えっ!耕平、どうしたの?――

――彼女がいるのに、そんなはずない。――

私は耕平の顔を見たが、耕平は沢渡から目を逸らさなかった。

「で、今後も付き合うって言うのか?」

「・・・・・」今度は返事をしなかった。

「ひかるはどうなんだ?」

耕平の口から『好き』と言う言葉を聞いて、驚きと共に、もう後戻りは出来ないと思った。

一瞬にして耕平を『愛してる』気になった。

「私も、好きです。」

「俊兄とは別れたいと、思ってます。」

――こんな強い感情など、持ち合わせてはいないのに・・・――


沢渡は私から視線を外すと、今度は耕平に向かって喋り出した。

「ひかるは籍こそ入れちゃいないが、俺の大事な息子の女房よ!」

「その女房、寝盗られた挙げ句、付き合いたいだと?ふざけるのも大概にしろ!!」

また、口調が荒くなっていた。眼光も鋭い。


「俺が許すとでも思ってるのか!?」

「なぁ鈴木よぉ!お前は確か家族と同居だったよなぁ?」

「お前ん()行って、親に責任とって貰ってもいいんだぞ!」

「学生身分のお前にゃ金なんかあるわけなかろうから、親に代償して貰おうか!!」


「さっ、今から、一緒にお前ん家行くぞ!立て!!」

――大変、何とかしなきゃ。でも、どうすればいいのか、さっぱりわかんない――

「親と今回の事は関係ないでしょう!」

私は無理とも思えるセリフを口にしていた。

「お前は、すっ(・・)込んでろ!」

奥で店の人達が集まって、こっちを見ているのが分かった。


「なぁ鈴木、考え直したらどうだ?」

――まただ。また、あの、相手を宥める口調に変わった。――

「今なら、間に合うぞ・・・」

「息子が人の女房にちょっかい出した挙げ句、金まで払わされたら、親はどんな気持ちになるよ?よーく考えてみろ・・・」


「別れるよな・・・」

耕平に聴いていた。

「はい・・・」俯いたままだった。


「ひかるはどうなんだ?」

「別れます・・・」沢渡が涙で歪んで見えた。

――悔しかった。――

そして、

――ほっとした。――

こんな『おやじ』の言葉で、人生を左右させられるのが悔しくてならなかった。

大体、耕平は何故『好きだ』と言ったのかも腑に落ちない。

男としての責任からか、良心か・・・

これだけはハッキリしている。

耕平の『好き』は、決して『愛してる』訳じゃ無かったと。

でも、無事に事が治まって本当に良かった。


その夜自宅で、俊輔・沢渡・私の、話し合いの場が設けられた。

今日の出来事が俊輔に報告されると、俊輔の表情に翳が落ちた。


「なぁ、ひかる!今回の事はちょっとした火傷みたいなもんだ。」

「軽い火傷なんて、薬をつけりゃぁすぐに治るさ。」

「俊輔も覚えとけ!もう終わった事だ。」

「今後、今回の件を、もし一言でも口にしたら、今度はお前に黙っちゃいねぇよ!」

「縁あって、一つの人生歩んでんだ。仲良くしろ・・・」



俊輔は約束を守り、私に対して二度と口に出すことは無かった。

次の波はもっと大きいと、この時、誰も感じ()るはずはない。


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