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一人暮らし

8月も終わりに差しかかっていた。

朝早くから玄関前には2tロングのトラックが横付けされ、家の中は至る所に毛布が敷かれていた。

汗まみれで動き回る作業員たちに愛嬌を振り撒きながらも、私の口調には明らかに棘があったに違いない。

――壁や天井にも注意してよね!――

――傷でもつけようものなら、あの人の冷たい視線をまた浴びなきゃいけなくなる――


私は長年暮らした家を今日引っ越す。

離婚するのだ。

もっとも、心も体も半年くらい前からずっと別居していたと言って良いほど、互いに無関心を装っていた。

装っていたというのは、実の所見せかけに過ぎず、あの人の感情を言い換えるなら『無視』。私の場合においては『現実逃避』と言ったところだろうか。


あの人とは主人のこと。前原 健吾(まえはら けんご)。56歳。

私の名はひかる。44歳。今はまだ『前原』だけど、明日からは旧姓の『琴野』。晴れて琴野 ひかる(ことの ひかる)に戻れる。

――離婚届を出したらこのモヤモヤした気持ちも治まるでしょう・・・――


こんな心機一転の私にも、悩みはある。

来月の15日で、職を失ってしまうからだ。

12年間、ずっと主人の会社で勤務していたけど、離婚後も続けられるとは思っていなかった。

だけど、もし、あの夜、もしも

「仕事はどうするの?」と、聞かれていなかったら、酔った勢いで早口の私も翌日には冷静になって少しは考えたのかもしれない。もし、翌日に聞かれていたなら

「続けられるのなら、お願いしたい。」なんて、神妙な面持ちで答えたのかもしれない。

今の時代に、40過ぎの何の資格も持っていない女が、簡単に希望する就職先なんて見つかるはずがないのに、『石橋を叩かず突っ走る私』。今迄、何度か後悔したけど、やっぱり今回も『石橋を叩かず突っ走った』。

でも、酔ってなきゃ

「離婚して下さい。」の一言も言えていなかったはず。

ほんの10日前の深夜の出来事。分岐点を作ったのは他ならぬ私。

そして、これが二度目。

――もう結婚は懲り懲り。――

――暫くは貯金でなんとかなる。生活の事は一旦措いといて、まずは休息だ。――


新居のマンションに荷物をすべて運び終えたら、既に辺りは薄暗くなっていた。

1Kの部屋はベッドと段ボールが占領し、本来、数歩しか必要としないベランダのサッシ迄にも大回りをしなければならなかった。

全開だった窓を閉め、エアコンのスイッチを押した。

――やっと、暑かったことを思い出したなんて・・・――

一人っきりの部屋で微笑む自分に、可笑しくなった。そして、次にはため息が出た。

自由になった安堵と自由が故の不安。正反対の感情なのに、ため息は一つ。

――さぁ、ひかる、気を取り直して!――

――ベッドメイクだけ済ませて、飲みに行くぞ!――

帰ってきたらすぐ寝てしまえるように・・・


シャワーを浴び、メイクを施し、『衣類』と書かれた段ボールからTシャツとGパンを出して身に付けた。

見慣れない部屋、見慣れない玄関、まるで照明を落としたら二度と戻らない気がした。

――一人ぼっちは大嫌い。――

――明るくなるまで飲んでいよう。――

――夜が明ければ、もう怖くない。――


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