魔法のクッキー
桜沢理はオープンの中を覗いていた。
「ーよし出来上がった」
ミトンをし、オーブンから鉄板を出すと、面白い形をしたクッキーが出てきた。
何と唇の形をしているのである。
理は一つ摘み、キスすると微笑む。
「魔法のクッキーの出来上がりと」
予熱を冷まして置くために、調理台に置いておくと、その前に焼いたクッキーが冷めていたので、ラッピングする。
「リボンの色はピンクと青色」
器用に包んでいき、店頭に並べる。
するともうお客様が待っていた。
不定期にやっているので、理はびっくりしたが、待ってもらえるだけ、ありがたかった。
ー人の噂は良くも悪くも、すぐ広がる。
理は冷静に対応しようと声をかける。
「いらっしゃいませ。出来立てですよ」
相手は可愛らしい女性で、財布を両手で持ち、恥ずかしそうにしている。
それというのも、理は自覚がないのだが、モデルでもいいようなかっこいい姿で、長身だった。
狭い店内なので、たまに頭をぶつけたりするのだが、手広くやるつもりはなかった。
ー自分1人でやれるだけ、十分。
お金を儲けようとか、そういう利益目的ではなかった。
理が見ている前で、女性は心を決めたのか、口を開く。
「クッキーをください」
「はい。うちのクッキーのことはご存じで?」
女性は頬を染めながら、言ってくる。
「食べると両想いになるとか。あと渡した相手の声が聞こえるとか」
「正解です。不思議でしょう?」
理は優しそうに笑うと、女性は意を決したように、身を乗り出してくる。
「1つ食べさせてもらえませんか? 本当かどうか分からなくて」
「分かりました。特別ですよ」
袋を開けて1つ取り出すと、女性は形を楽しむ。
「本当に唇の形をしているんですね。しかも柔らかい」
「本当の唇みたいでしょう?」
「そうですね。いただきます」
女性が恐る恐る口にすると、すぐに笑顔となる。
「美味しい!! 卵の濃厚な味とバターの旨味、ああ、一度食べたら、たくさん食べたくなる」
「ありがとうございます。すぐ効果が表れますよ」
「え?」
女性が驚いていると、喉にもう一つ唇ができ、勝手に喋り始める。
「私、生田あすか。21歳」
「え…」
勝手に喋り始めた唇にびっくりし、喉に手を当てる。すると柔らかな感触に、開いた歯の形が認められ、あすかはうろたえる。
しかし、理はふふと笑うのだった。
「あすかさん、好きな人の名前は?」
「阿藤正くん。1つ年下でも、しっかりしていて、顔がかっこいいの」
「え、え」
困っているのはあすかだけで、理はじっと見つめている。
「正くん、大好き!! 私と付き合って」
「きゃあ!! わ、私…!!」
「もう届いたと思いますよ。だから言ったでしょう、魔法のクッキーだって」
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「さあ? あとは自分次第です。運命を引き寄せるのも、放っておくのも」
「運命…。あ、止まった」
あすかが喉に触れ、平らなのを確認する。
ほっと安堵の息を吐き出すあすかに、理はアドバイスする。
「うちの特徴として、あまり長くは喋られないんですよ。人の心を暴くのも失礼ですから」
「…なるほど。あれスマホが」
あすかは頭を下げると、スマホを取る。
すると相手は今、告白した正らしい。
顔が真っ赤になっていくのが、伝わってくる。
それを理は楽しそうに見つつ、クッキーの袋の封をしていく。
「本当!? 私のことが好きだって、あの、その!!」
「良かったですね。あとは2人で決めていきましょう。他人が入る問題じゃない」
理はぴしゃりと言うと、あすかがもじもじとしつつ、財布からお金を出す。
「お客様1人につき、1つまでです。大量に売っても困りますし」
「はい、お金」
「ありがとうございます」
理はお札にキスすると、レジを構い、お釣りとクッキーを渡す。
「大事に使ってください。恥ずかしいとか、困った時に使うといいですよ」
「分かりました。頑張ってみます」
「はい。それではまた会いましょう」
あすかは綺麗にお辞儀すると、去っていく。
それを見届けてから、理は独りごちる。
「人間だけだからな、嘘をつくのは。嘘をつけないように作ったんだけど、評判が広がるのも早いものだ」
腰に手を当て、春の柔らかな日差しに目を向ける。
「今日は暖かいから、身体の調子もいい。うーん、快調!!」
腕を伸ばすと、理は窓口を閉めたのだった。




