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結局、宿に泊まった夜は一晩中ラウロから抱きしめられてニコラは眠りについた。翌朝はラウロのほうが先に起床していて「よく眠れましたか?」と優しい笑みを向けられ、なんだか恥ずかしさが込み上げてきたものだ。
宿を出て二人が向かったのは、パスフィ王国内の次の町だ。ヘンリーの店で身支度を整えたので抑制剤も購入しようと思ったのだが、その町唯一の薬師の元を尋ねると品切れ中だと言われた。仕方がないので、抑制剤を手に入れるために次の町に向かっている最中である。
「……抑制剤、まだポーチに入ってるし、いらないんじゃないかな?」
「備えあれば憂いなしと言いますから。絶対という言葉は存在しないんですよ、主」
もう何年もニコラに発情期はきていないし、フェロモンも自分では出ているのか分からない。でも、アルファであるラウロが反応していないということは、そういうことだろう。
抑制剤は高価なものなので、余分に買うよりはお金を貯めたほうがいいのではないか、とニコラは思っているのだ。でもラウロが譲らないので、彼の意見を受け入れることにした。
「おいおい、随分と身なりがいい二人組だなぁ?」
次の町へ向かうために歩いていた森の中で、狩りをしていた三人組の男たちに目をつけられた。
「先を急いでいますので」
「待てよ、話してる途中だろうが!」
ラウロがニコラを隠すように男たちを避けたが、行手を阻むように回り込んでいた別の男にニコラは手首を掴まれた。
「いっ」
「なんだ、女かと思ったら男じゃねーか! お前オメガだろ? きれーな顔してるもんなぁ」
「おい、こいつ奴隷を連れてるぞ! 見ろよ腕の紋章」
男に掴まれた拍子に、外套の袖が捲れ上がってしまった。ニコラの手首に浮かぶ紋章を見つけた男たちは、途端に下品な笑い声を上げた。
「大人しそうな顔してんのになぁ。もしかしてそういうプレイか?」
「ちょ、離してくださいッ」
森の中なのでフードを被っていなかったからか、ニコラはまじまじと顔を見られてしまった。ニコラの腕を掴んでいる小太りの男は頭のてっぺんからつま先まで舐め回すように見つめ、ぺろりと舌舐めずりした。
初めて『オメガ』の自分に向けられる性的な感情にニコラはびくっと体を震わせ、声が出ないほど硬直してしまった。
「――その汚い手を離せ」
ゴキっと鈍い音が聞こえた。そんな音と同時に小太りの男から汚い悲鳴が上がり、ニコラの腕は解放された。するとどうしたことか、男の手首が上向きに九十度に折れ曲がっていたのだ。
「命を捨てたいのなら、かかってこい。この人に手を出した罪は重いぞ」
ニコラを自分の背中に隠したラウロから、地を這うような声が聞こえてきた。背中越しにも分かる圧倒的なアルファのオーラを感じ、ニコラの肌にびりびりとした痛みが走る。それはニコラたちを取り囲む男たちも同じだったのか、先ほどまで笑っていた顔を強張らせていた。
「たかがソイツの腕を一本折っただけで怖気付いたのか? タマの小さい奴らだ」
「な、なんだと……ッ!」
「元気が有り余っているのなら俺が相手をしてやる。そのまま永遠に黙らせてやるよ」
「おい、やっちまえ!」
腕を折られた男の合図で、ほかの二人がラウロに襲いかかる。その瞬間、ニコラの全身に膜が張られたように見えた。その膜が何なのか分からなかったが、男たちが投げつけたナイフがニコラの目の前で跳ね返ったのだ。それを見て、ラウロが結界を張ってくれたのだと理解した。
「三人がかりでこんなものとは、情けないな」
ニコラが数度瞬きする間に、三人の男たちは全員地面に伏していた。ニコラなら到底敵いそうにない相手を一人で片付けてしまったラウロは息一つ乱れておらず、怪我もしていないように見える。あまりに呆気ない展開にニコラはぽかんと口を開け、ただただ驚いていた。




