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奴隷騎士の主  作者: 社菘
2.月夜の誘い

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8/11


 エルネスのことを話したのも指摘をされたのも初めてだったニコラは、あまりの恥ずかしさに頭がパンクしそうだった。ラウロが何か話していたが、全くと言っていいほど話の内容は頭に入ってこなかった。


「今日は宿に泊まりましょう。ずっと地べたに寝ていたので、体も疲れているでしょうから」


 話をしっかり聞いていない間に、ラウロがすでに部屋を取っていた。案内された部屋は一つで、ラウロは荷解きをしたあと部屋の椅子に腰掛けた。


「……どうしました?」

「えっ! いや、同じ部屋で寝るのかと思って……」

「別々の部屋だと、主に何かあった時に守れないので。俺はここで寝ますから、主はベッドを使ってください」


 ラウロのいう『ここ』は、椅子のことらしい。


 リンメロ王国を出てからずっと野宿をしてきて、ラウロはほとんどの時間を見張りとして過ごしてくれた。そんな彼が一番疲れていることはニコラも分かっているので、自分だけベッドを使うのは気が引けた。


「ほ、本当に深い意味はないんだけど、一緒にベッドを使ってもいいよ、僕は……」

「主?」

「ずっと地べただったのはラウロも同じだし、今日くらいはゆっくり寝てほしい。狭いかもしれないけど、椅子よりはマシだと思うから……」


 かなり勇気を出してそう言うと、ラウロは頭を掻いて考え込んだ。先ほど『想像上の番』の話をしたばかりなので、ニコラから襲われると懸念しているのだろうか。


「お、襲わないって約束します!」

「はい?」

「ラウロのことは絶対に襲わない! 心配なら手足を縛ってくれてもいいし……!」


 ラウロを安心させようと思ったのだが、ニコラの予想に反して彼は怪訝な顔をしていた。そしてしばらくすると「ふはっ」と盛大に笑い始めたのだ。


「な、なに!?」

「普通は逆だろ……本当に面白いですね、主は」

「ええ? どういう意味?」

「襲われるならあなたのほうですよ。可愛くて、綺麗で、極上のオメガなんだから……同じベッドで寝て、何も起こらないと思うほど純粋な年齢ではないですよね?」


 ラウロは椅子から立ち上がり、ベッドに腰掛けているニコラの元に歩みを進める。そのままトンっと肩を押されるとニコラはベッドに沈み、ラウロから押し倒されていた。


「えっと、あの……!」


 ニコラも男なので、ふしだらな妄想をすることはある。自分が誰かを抱くよりも抱かれる想像をするほうが簡単で、すぐに昂ってしまうこともあった。


 だからラウロが何を言いたいのかも分かるので、軽率な発言だったとは思う。でも、ニコラは純粋に彼の体を心配しているのだ。


「……冗談です。俺のことを心配してくれたんですよね? お言葉に甘えても?」

「も、もちろん」

「何もしないと誓います。でも、俺以外の人にそれを許しては駄目ですよ?」


 ラウロから押し倒されたまま彼に真剣な顔で言われると、ニコラは何度も首を縦に振った。


「では、寝ましょう。明日は早めに起きてここを発ちますから」


 一つのベッドにぎゅうぎゅうになりながら、二人は背を向けて毛布を被った。ラウロの体温が背中越しに伝わってきて、じんわりとした温かさにニコラはホッと息を吐いた。


「……想像上の番というのは、主の理想の人ですか?」

「へっ?」


 もう眠ってしまったかと思っていたが、シンと静まり返った部屋にラウロの声が響く。チラリと彼のほうを見たが、ラウロは頭の下に片腕を差し込んだまま、ぴくりとも動いていなかった。


「……自分がオメガだと分かってから、番のアルファと幸せになる日を夢見るようになったのが始まりです。お互いに必要とする――そんな存在が番だと思う。役立たずだと罵られていたから、余計に。僕のことを愛してくれて、心の底から一緒にいたいと思ってくれるような理想のアルファを作り上げた」

「それが、エルネス・ロセットですか?」


 ラウロに聞かれ、ニコラは顔を赤くしながら小さく頷く。はぁ、とため息をついてゆっくり目を閉じると、想像で作り上げたエルネスの顔が浮かびあがってくるようだった。


「うん……彼は読書好きで、料理上手。背も高いし力持ちで、動物が好き。毎日好きだと言ってくれて、僕を大事にしてくれるような、理想の人」

「……それなら、主の理想のアルファはほとんど俺ですね」

「ええ?」


 理想のアルファの話をしていたのに、ラウロは『自分だ』と言い出した。彼が背が高くて料理上手で力持ちなのも認めるが、そのほかの理想には当てはまっていない。それをニコラが指摘すると「まだ俺の全部を主が知っているわけじゃないから」と言って小さく笑っていた。


「からかわないで。現実にそんな人はいないって分かってるから」

「なぜ、いないと思うんですか?」

「だって……オメガですよ、僕は。発情期やフェロモンが厄介だと言われるオメガ。両親はいないのに、面倒臭い兄が二人もいて、僕の相手もきっと小言や嫌味を言われるに決まってる。そんなオメガとなんて、幸せになれるわけない」


 自分で言っていて、虚しくなった。ニコラは毛布を手繰り寄せて体を丸めると、不意に後ろからぎゅっと抱きしめられた。


「……あなたはこれから、新しい人生を見つけるんです。主の前に伸びている道を進んでいった先に、きっと“エルネス・ロセット”が待っているはず。大陸を離れたら王家も兄も関係なく、ただのニコラとして生きられる。だから、諦めないでください」


 許可なく主人の体に触れるのは言語道断だとラウロが話していたのに、ニコラを抱きしめてくれる彼の体温が優しくて何も言えなかった。ぐすっと鼻を啜ると同時にニコラの瞳から涙が零れ落ち、安い宿の硬い枕を濡らした。



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