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頭の上から足の先まで一式全て新しいものを買い揃えた。店主の厚意もあり、ニコラとラウロが着ていた服は目の前で燃やして処分してくれたので、ひとまず安心だとニコラはホッと胸を撫で下ろした。
「こんなにお買い上げくださり、本当にありがとうございます。ささやかではございますが……こちらをどうぞ」
「これは?」
会計を済ませたあと、店主から綺麗な小瓶を渡された。
「中級ポーションです。小瓶に入っていますが、内容量はおよそバケツ六杯分ほどになります」
中級ポーションというと、よほど大きな怪我などではない限り、あらゆる怪我や毒などに効く薬だ。下級ポーションでもそこそこの回復薬なので、主に騎士団や警備隊などに流通されるのが一般的である。
上級ポーションはほとんど市場に出回らない貴重品で、中級でもこのご時世はそこそこ根が張るものだろう。
「……小さな店の店主が持っているような代物ではないように思うが?」
ラウロの指摘はもっともだ。魔法付与の衣類や、ラウロのポーチのように内容量と見た目が違う不思議な小瓶、それに中級ポーションを大量に持っているなんて只者ではない。
「私の妻は魔法が得意でした。店にある魔法付与のものは、その小瓶も含めてほとんど彼女が作ってくれたのです。ただ、一年前に病に伏しまして……」
「そうだったんですか……」
「娘は下級と中級ポーションが作れる調合師でしたが、娘のポーションで妻の病は治らず……娘は出稼ぎに行ってくると町を出て以来、戻ってきません。妻は数ヶ月前に亡くなり、娘は行方不明。二人が残したのがそのポーションというわけです」
店主の話を聞きながら、ニコラは胸がぎゅっと締め付けられた。隣にいるラウロはその話が嘘か本当か疑っているようだが、ニコラには店主が嘘をついているようには見えなかった。
妻も娘もいないので真実を確かめる方法はない。それでもニコラがラウロを信じたように、この店主も信じたいと思ったのだ。
「そんな大切なものを、本当にいただいてもいいのですか?」
「必要とする方にお譲りしようと決めていたんです。あなた方なら、悪いようにはしないでしょう」
「見ず知らずの俺たちを信じられる理由は?」
「こういう時ほど、信じられるのは人の心です。実際にお話しして、私はそう思っただけですよ」
ラウロはそれ以上、店主に何か言うことはなかった。ニコラは店主からもらった小瓶をポーチに仕舞い、彼に手を差し出した。
「ありがとうございました。僕たちはいずれこの国を出て違う場所に移動する予定なので……もしよければ娘さんの名前を伺っても? どこかで会うかもしれませんから」
「ジャスミンです。ジャスミン・フォルキット。私はヘンリー・フォルキットと申します。娘はジャスミンの花のネックレスをしています」
「分かりました。僕は……ニコラです。もし娘さんとお会いしたら、ヘンリーさんが待っていることを必ず伝えます」
店主・ヘンリーと握手を交わして、ニコラたちは衣類店を後にした。
「……主。不用意に名乗るのはやめたほうがいいかと」
歩き出しながら、ニコラの頭上に低い声が降ってくる。ちらりとラウロを見上げると、怒っているというよりは心配そうな顔をしていた。
「分かってる。でも、ラウロを信じてみたくなった時と同じで、ヘンリーさんのことを信じたくなったから」
「では、次からは偽名を使うようにしてください。あなたが名乗るたび、俺は心臓がいくつあっても足りません」
「偽名……じゃあ、エルネス・ロセットにする」
「また随分と、すんなり出てきましたね」
自然と出てきた名前、と言うには無理がある。実は理由があってこの前をニコラは口にしたのだが、ラウロに説明するのは気が引けた。だがラウロが顔を覗き込みながら「知り合いですか?」と聞くので、ニコラは顔を真っ赤にしながら口を開いた。
「……想像上の、番の名前……」
ぽつりと呟くと、ラウロは呆気に取られたような顔をしていた。それから「ふむ」と顎に手を当て、何か考えるように視線を宙へ移動させた。
「エルネスは男性名ですね。逞しそうなアルファを想像するような名前かと……当たっていますか、主?」
顔も耳も首も真っ赤に染めるニコラの耳元に唇を寄せ、ラウロがくすりと笑いながら囁く。恥ずかしさのあまり早足で歩き出したが「そっちではありませんよ、主」と、ラウロからまた小さく笑われた。




