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リンメロ王国から脱出した二人は徒歩で移動中に出会った荷車に乗せてもらい、隣国のパスフィ王国に無事到着した。
「……怖かった!」
「緊張しすぎですよ、主。もっと堂々としていないと、逆に怪しまれます」
「だって、罪人の気分だったんだもん……」
「まぁ、罪人だというのは間違いないですけどね」
パスフィ王国の国境を越える時、ニコラはものすごく緊張していた。国境付近で通行証を持っていないことに気がついて、全身から血の気が引いた。警備隊に尋問されるかと思っていたのだが、通行証がなければ税金を払えば通れると知らなかったのだ。
ラウロはそのことを知っていたのだが、一人で慌てているニコラの様子をただ笑って見ているだけだったのだから意地が悪い。
「僕のほうが主人なのに……ばかにされてる……」
「ふっ、いえ、馬鹿にしているわけではないですよ。ただ、愛らしいなぁと思って見ていただけで」
「あいらしい……!? 絶対うそ、世間知らずだって笑ってただけのくせに……!」
ラウロから馬鹿にされた、とニコラが拗ねている間に狩りをして解体していたものの換金が終わっていた。
「数が少なかった割に、金貨二十枚になりました。肉などは自分たちで調達するとして、宿代と衣類、薬に使ったほうが無難かと思います。金を使って御者を雇うのは危険なので基本的に徒歩移動で、今回のように親切な方が荷車に乗せてくれたらお言葉に甘えるようにしましょうか」
「……物知りなラウロさんにお任せします」
「ははっ、ふ……主。もう拗ねないでください」
ムッと唇を尖らせて拗ねているニコラを見て、ラウロは初めて口を開けて笑っていた。そして彼は優しくニコラの頭を撫で、ハッとしたように慌てて手を引っ込めた。
「……すみません。主に不躾なことをしました」
「そんな、撫でただけなのに」
「普通、奴隷は主に触れません。許可が出ているなら別ですが、出ていない状態で触れるなんて言語道断です。罰はどんなことでも受けます」
「罰って……」
ニコラの手首とラウロの首筋に奴隷契約の証がある限り、二人は対等な関係ではない。それがたとえお互いの目的のために仕方なく契約したものだとしても。
そこでやっと、ニコラは遠巻きに町の人たちから見られていることに気がついた。
「ねぇ、あれって……」
「奴隷だわ……久しぶりに見たわね……」
ラウロの首筋に浮かび上がる紋章を見て、ヒソヒソと話している声がニコラの耳に届く。ラウロは首元が隠れる服を持っていなかったので、ニコラとは違って目立つのだ。
「とりあえず、先に服を買いに行こう」
ニコラがくいっと服を引っ張ると、ラウロは何も言わずに頷いた。
できるだけ人目につかないように移動して、年配の男性が一人でカウンターの先に座っていた古い衣服屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
店の中はニコラたち以外の客はいなかった。ジロジロ見られることもないかとニコラは安堵し、壁にかかっている服を吟味していく。
「首元が隠れる服って意外とないのかも……」
店に置いてある服はどれも襟付きの普通のシャツで、絶妙に首元の紋章は隠れないものばかりだった。
「服だけで隠れないなら、ローブとかを着るしかなさそう」
「それが一番いいかもしれませんね。ローブだと雨も凌げますし、重宝します」
ローブが並んでいる棚の前でコソコソと話し合っていると、店主の男性がいつの間にか二人の隣に立っていた。
「この列の端のものは、水が跳ねる魔法が付与がされていますよ。泥汚れもつかないようになっているので重宝するかと」
店主が指差した列に並んでいるローブは一見すると他のものと変わりはない。だがよく見ると黒い布地に細かい煌めきが浮かび上がっていて、魔法付与されていることに気がついた。
「……魔法付与されているローブが銀貨三枚? 普通は金貨一枚はくだらない品ですが、それな安売りで商売を?」
「ウルガル帝国のおかげで情勢が悪化していて、めっきりお客も減りましてなぁ……。売れるだけありがたいんですよ」
警戒しているラウロの低い声が響くが、店主の男性は物怖じせずに微笑んだ。
パスフィ王国はウルガル帝国の真反対に位置しているが、いつ火の粉が飛んでくるか分からないと怯えているのだろう。町全体に活気がなく、住人たちはどことなく疲れた顔をしている。窓を開けずカーテンを閉めっぱなしにしている家も多く見られ、景気が悪いことを物語っていた。
「魔法付与されているローブがあるなら、靴もありますか?」
「もちろんございますよ。あちらの下段が全てそうです」
まだ疑っていそうなラウロの腕にそっと触れると、彼は殺伐としたオーラを和らげる。靴の棚に案内してくれる店主についていくと、ブーツの素材も少しだけ煌めいていた。
「この際だから一式全部新調しよう、ラウロ。着てきた服も処分できるし」
客観的にニコラたちを見ると、貴族の普段着のようなフリルのシャツを着た男と、ところどころ破れて汚れている『訳あり』そうなシャツを着ている男の怪しい組み合わせだ。服の情報から突き止められる可能性も考慮し、全身の衣類をこの店で揃えることにした。




