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二人が地下牢を脱出してから七日ほどが経った。王宮ではさすがに二人がいないことに気がついていると思うが、今のところは誰にも追われずに、やっと森を抜けようとしていた。
「森を抜けるとすぐに国境を越えられます。移動中に狩りをして、次の国に着いてから換金しましょう。リンメロ国内で換金すると追われる可能性がありますから」
「分かった。でも、国境には警備隊がいるんじゃ……?」
「抜け道があります。この国だとまた移動魔法を使っても感知されないでしょうけど、念のため徒歩のルートを使いましょう」
森を抜けた国境付近の村では『末王子が行方不明になった』という噂で持ちきりだった。ニコラは成長してから国民に顔を見せたことはないので姿を見られてもバレることはないが、なんせ奴隷契約をしているラウロの首元の印が目立つ。奴隷を連れて自由に歩き回っている人はそれだけで注目の的だ。
奴隷を連れているのがニコラだとバレなくても、違う意味で話が広まったら大変なことになる。特にアルディスは聡いので、珍しい話が耳に入れば追ってくるだろう。
「ラウロはどこを目指してるの?」
「とりあえず、先に主を逃すために水の国・アトラを目指します」
「アトラ? ……海を渡るってこと?」
国境警備隊の目をかいくぐり、ラウロが見つけたという抜け道を使って二人は無事にリンメロ王国を脱出した。次の国を目指すため、再び人気のない森の中を歩きながら、ニコラは最終目的地がどこなのか質問した。
「そうですね。海を渡って大陸を移動したほうが、主の言う“遠く”に逃げられます」
「それもそう、だね……」
「……やめておきますか? この大陸に残れば、いつか捕まると思います。たとえ俺が皇帝を殺しても、主のご家族に」
リンメロ王国を出たこともないのに大陸自体を渡るとなると、ニコラは多少不安を抱いた。ニコラを誰も知らない場所に行って、言葉も通じるか分からないところで生きていけるのだろうか。
「……ラウロは?」
「俺は……一緒には行けません。主を無事に逃したら、そのままウルガルへ向かいます。皇帝を殺せるか、相打ちになるか、俺だけが殺されるか――結果は分かりませんが、俺の最終目的地はそこなので」
ラウロは真っ直ぐ前を見つめている。彼の視線の先にはきっと、ウルガルの皇帝しか見えていないのだろう。
ラウロがウルガルの皇帝に復讐したいという目標は最初から分かっていたことだし、ニコラの目標は兄たちと結婚から逃げること。お互いに、自分の目的を見失ってはいけないのだ。
「分かった、じゃあ……アトラまで同行をお願いします」
「もちろんです、主」
逃げる道のりで、ラウロのほうがニコラより二歳年下だと判明した。彼は背が高くて雰囲気も落ち着いているのでてっきり年上だと思っていたのだが、それを伝えると「そんなに老けて見えますか?」と、困ったように笑っていた。
ラウロは狩りも解体も上手く、料理もできる。それでいて所作の一つ一つが美しい。そんな細かい部分も相まって年上だと勘違いしていたのだ。彼が話さない以上は追求しないが、貴族なのだろうなとニコラは察した。
(……本当に貴族だった場合、そんな地位の人を奴隷にしてるってどうなんだろうか……)
ラウロの国はウルガル帝国によって滅ぼされていると言っていたので、貴族制度も解体されているだろう。ラウロが言わない以上は普通に接しようと思っているニコラだが、のちのち彼の身分によっては問題が起こらなければいいなと内心ヒヤヒヤした。
「主は、無事に逃げられたらどういう人生を歩みたいですか?」
夕食を終えたあと、眠りにつこうとしていたらラウロからそんなことを聞かれた。ラウロの『なんでもポーチ』から取り出した毛布にくるまりながら、木々の隙間から見える星をニコラは見上げる。
地下牢にいた時はただただ『逃げたい』という気持ちでいたので、逃げた先で何がしたいのかを想像していたわけではなかった。改めて、どういう人生を歩みたいかと問われると難しい問題だなと苦笑した。
「……幸せになりたい。誰かに愛されて、愛する喜びを知りたい、かな」
自然と出てきた言葉だった。
焚き火の向こう側にいるラウロがニコラを見つめ「素敵な生き方ですね、それが」と微笑んだ。
「人生の中で、この人に愛されたいとか、愛してあげたいと思える人に出会うのって難しいと思うし、出会えたら奇跡だと思います。だから、主がいつかそういう人と出会ったら、必ず幸せになってくださいね」
「……ラウロには、そういう人は?」
「いませんよ。そういう人がいたなら、復讐よりも愛を選んだかもしれませんね」
「じゃあ、ラウロも……全てが終わったら、愛する人と一緒に幸せな人生を歩んでね……」
睡魔のせいで視界が霞んでいたのか、火の粉のせいか分からないが、ラウロが切なそうな顔をしていてニコラの胸はきゅっと締め付けられた。
(――ラウロは『全て』を終わらせるつもりなんだな……)
ニコラのただの憶測にすぎないが、皇帝を殺すことがラウロの最終目標であり、終着点なのだろう。殺された愛する両親は復讐を遂げても戻ってこないし、復讐を終えた彼はもしかしたらそのまま自分も永遠の眠りにつくのかもしれない。
そんなことしないで、とは言えない。ニコラはラウロの家族でも親友でも恋人でも、なんでもないのだから。彼の人生は彼だけのもので、大陸を渡る船に乗ったらニコラとはもう二度と会わない、ラウロにとってはただの通過点。
(それでも……最後に一人でいるのは、きっと辛い)
奴隷契約をした主従関係なのだから、ニコラが最後まで一緒にいてあげる。そう言えたらよかったのだが、ウルガルの皇帝から逃げている自分が敵地に行くわけにはいかない。
(どうして僕がこんなに、出会ったばかりの人のことを考えてるんだろ……)
時折、ラウロからは孤独を感じる。そんな彼の様子がニコラは自分と重なり、放っておけないと思えるのだ。
「――主。良い夢を」
心地よい声がまるで子守唄のように聞こえて、ニコラはそっと目を閉じた。




