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奴隷騎士の主  作者: 社菘
1.運命の契約

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4/11


 ニコラが考え込んでいると、ラウロが森の中を見回しながら呟いた。


「急ぎましょう。日が高いうちに移動しないと……いなくなったことがバレたら、すぐに追いつかれるかも」


 静かな森の中が、なんだか不気味に思える。なんだかアルディスに見られているような感覚にニコラの背筋はぞわりと粟立ち、ラウロの服をくいっと引っ張った。


「ラウロさんはこの森で捕まったんですか?」

「どうかラウロ、と。侵入を試みている時に、運悪く見つかりました」

「侵入!?」


 予想外の返答に驚いて声を上げると、すぐさまラウロから口元を手で覆われる。彼は自身の唇に人差し指を立て「お静かに願います、主」と低い声で囁く。ニコラが何度も首を縦に振ると、ラウロはそっと手を離した。


「本当は騎士として侵入するつもりだったんですが、末王子がウルガル帝国へ嫁ぐことが決まったという噂を聞いて、献上品の中に紛れて帝国へ行く計画へ変更したんです。時機を窺っていたら捕まってしまいましたが」

「本当にウルガル帝国の皇帝を殺すつもりで……?」


 森の中を歩きながらニコラがそう聞くと、ラウロは小さく笑う。それが肯定を意味するのはニコラにも分かった。


「どうしてウルガルの皇帝を殺したいんですか?」

「侵略と殺戮を続けるウルガルの皇帝といえば、理由なんて一つだけでしょう」


 つまり、ラウロがいた国はウルガル帝国によって侵略され、多くの人が命を失ったのだろう。自国の復讐のためにラウロは皇帝を殺そうとしている気持ちは理解できるが、一人で行動するのは無茶ではないだろうか。


「一人で?」

「……かろうじて生き残った人々を、これ以上は巻き込めませんから。これは俺が両親を皇帝から殺された、俺個人の復讐なので」


 両親が殺されたラウロの気持ちをニコラは完全に理解することはできないが、それに近い感情は抱いたことがある。リンメロ王国の王妃、つまりニコラたちの母は、ニコラがオメガだと分かったことで自ら命を絶った。


 一族にオメガを産んでしまったことを深く後悔していたらしく、謝りながらニコラの前で首にナイフを突き立てたことを覚えている。オメガだと判明する十数年の間は仲のいい家族で、母のことも大好きだったが、ある日を境に生活が一変した。


 そういうところはラウロと共通する部分もあるので、少しなら彼の気持ちも理解できた。


「――あそこに鹿が。ちょうどいいので、クロスボウを扱ってみましょう」


 もうそろそろ日が傾きそうな時間になった頃、ニコラたちの視線の先に雌鹿が現れた。


「落ち着いて、左手を銃身に添えてください」


 閉じ込められる十五歳までに何度かクロスボウは触ったことはあったが、あまりにも久しぶりなのでクロスボウを持つニコラの手は震えていた。


 そんなニコラを後ろから包み込むようにラウロが手を重ね、耳元に唇を寄せる。彼の吐息が間近に聞こえ、ニコラはごくりと唾を飲み込んだ。


「獲物を定めて、標準を合わせて――息を吐いて、引き金を」


 ラウロの声以外、森の中から音がなくなった気がした。それほどニコラは目の前の獲物に集中していて、ゆっくり深呼吸をして瞬きをしたあとに自然と引き金を引いていた。


「お見事です、主」


 ニコラが放った矢が見事に鹿を射抜き、どさりと倒れるのが見えた。後ろにいたラウロが微笑みながら「ここで待っていてください」と言い、倒れた鹿を回収してきた。


「逃走資金が必要になるので、毛皮などは売っても? 肉は食糧として保存しておきます」

「はい、それで大丈夫です」


 回収してきた鹿を地面に置き、ラウロは耳を澄ませている。ニコラも同じように耳を澄ませて森の音を聞いてみたが、鳥や動物以外の音は聞こえてこなかった。


「では、ここら辺で野営しましょう。夜の間に解体してしまいます」

「そんなこともできるんですか?」

「父に仕込まれましたから」


 王宮からは大分離れたので、少しは安心だ。追手が来ている様子はなかったが、念のため火は最小限に留めながら野宿することにした。


「王子様を地べたに寝かせるのは、不敬罪にあたりますかね」

「そんなこと……僕はずっと屋根裏部屋で過ごしていたから、外もあまり変わらないよ」

「……それならよかった」


 先ほどニコラが仕留めた鹿をラウロは慣れた手つきで解体していき、保存用の肉と売る用の毛皮などを綺麗に分別していた。その鹿肉とポーチに入っていた野菜で作った肉串を火で炙り、同じくポーチに入っていた黒パンをスライスして夕食を用意してくれた。


「良いお父上だったんですね」

「え?」

「一人でも生きていける術を教えて、それを見事実践しているから。僕もあなたのお父上に感謝しなくちゃ」


 ふふっと小さくニコラは笑ったが、ラウロは眉を下げて困ったような、難しそうな顔をしていた。


「……主はもう少し、人を疑うことを覚えたほうがいいかと」

「なぜ?」

「俺が本当にあなたを見捨てるとか、罠に嵌めるとは思わないんですか」


 オレンジ色に照らされたラウロの横顔を見ながら、ニコラは首を横に振った。


「さすがに、まだ信用はしていません。でも見捨てるつもりなら、ラウロが魔法で牢を壊した時点でそうしているはず」

「……」

「それに、クロスボウを持たせる意味も分からない。普通、裏切ろうと思っている人に武器は渡さないものでしょう? 確かに奴隷は主人を殺せないけど、僕が僕自身に向けて引き金を引くように誘導もできたはず」


 出会ってまだ数時間で、お互いのことはまだほとんど知らない二人。その中でも見えたことをニコラが述べると、ラウロは観念したように肩をすくめた。


「あと……信じてみたくなったんです」

「何を?」

「あなたを。十五歳の頃にオメガだと判明してから十一年間、誰とも会わないように屋根裏部屋に閉じ込められていました。何もかもに疲れて、人生も諦めていたけど……あなただけが、手を差し伸べてくれたから」


 血が滴る手だったが、ニコラに差し出してくれた人はラウロが初めてだった。人生を諦めるにはまだ早いと言われているようで、あの時確かに希望の光が見えた気がしたのだ。


「……一緒に、人生を取り戻しましょう。違う人生がきっとあるはずです」

「今は、その可能性があるって信じられます。ありがとう」


 その日、ニコラは初めて母の悪夢を見ずに眠れた夜だった。



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