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――指先は冷たいのに、体の温かさを感じる。
「……はぁっ」
ニコラが覚醒すると、目の前に狼と剣の紋章が見えた。状況が分からずに辺りを見回すと洞窟のような場所にいて、火が焚かれてある。そして――
「わぁっ!」
「んん……」
やたら温かいと思ったのもそのはず。ニコラは上半身裸で、同じく裸のラウロと抱き合っていたのだ。焚き火の側には服が広がっているのを見て、崖から川に転落したことを思い出した。
「主……起きたんですね」
「ここは?」
「落ちた川の近くにある洞窟です。雨を凌げるローブでも、さすがに川には勝てなかったようで……濡れてしまったので、ここで休憩を」
「見つからない場所……?」
「入り口に結界を張ったので、外から中の様子は分からないかと……魔法を破られたら、別ですが……」
途切れ途切れに話すラウロをニコラは不思議に思った。彼が毛布で隠している腹部を見ようと手を伸ばすと「駄目です」と制止される。いくらなんでもその意味はニコラにも分かり、無理やり毛布を剥ぎ取った。
「怪我したの……!?」
なんの布を引き裂いたのか分からないが、無造作に止血していた。布には血が滲んでいて、まだ完全に止血できていないらしい。
「ヘンリーさんからもらった中級ポーションは!? なんで使ってないの!?」
「さすがに、このくらいの怪我で俺が使うのは、気が引けまして……」
「なに馬鹿なことを……! いま使わないでいつ使うの!」
幸いなことに、ポーチも無事だったようだ。パスフィ王国の衣類店の店主・ヘンリーから譲り受けた中級ポーションの小瓶を取り出して、ラウロの傷口に直接塗布した。
「出血は止まった……でも完全に傷は治ってないから、包帯を巻いておかないと」
「すみません、主……」
「いいから、動かないで」
ポーチの中には包帯類もあったので、傷を保護するために処置をした。かなり深く切ったのか中級ポーションでも完全に治らなかった怪我を見ると、ズキっと胸が痛む。ニコラの体は無傷なので、ラウロが文字通り体を張って護ってくれたのだ。
「……僕のせいで、ごめん」
「そんなことありません。俺が自分で判断して飛び降りたので、自分の責任です」
「僕が追われているから仕方なくそうしただけ。元を辿れば全部……僕が逃げ出したせい、だから」
ポーションのおかげで痛みは軽減されたのか、生気がなかったラウロの顔に色が戻っていた。安堵するニコラの頬にラウロがそっと触れて「そんな顔をしないでください。俺は本当に大丈夫ですから」と優しく囁いた。
「地下牢で出会った時、お互いの利害が一致しているから取引をしようってラウロは言ったけど……逃げる過程でラウロが傷つくのは見たくない。特に、僕を庇って出来た傷は胸が傷む……」
「……奴隷というのは、そういうものです。俺は“無事に”あなたを逃すと約束しましたから」
「ラウロを奴隷なんて思ったことない……! 確かにそういう関係から始まったけど、違うよ……」
ニコラはラウロを奴隷だと思ったことはない。奴隷契約という名前がついているだけで、実際には騎士だ。常にニコラの側にいてくれる強くて優しい騎士――そのほうが、奴隷よりもずっと良い。
「僕に自分を大切にしてほしいと言うなら、ラウロも自分を大切にして。僕を護るためだとしても、無茶はしないでほしい……」
「……主がそう言うのなら、分かりました。あまり無茶しないように気をつけます」
「うん……」
いつか二人には別れがやってくる。最初から分かっていたことなのに、ニコラはもうラウロを失うのが怖くなっていた。
お互いに目的を果たして別々の道を歩むのなら受け入れられるが、自分のせいでラウロが命を落とし永遠の別れになったとしたら、ニコラは自分のことを一生許せないだろう。
そう思うほど、ニコラの中でラウロは『特別』な存在になっていた。




