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奴隷騎士の主  作者: 社菘
3.擬似番の守護

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13/24


 ◆ ◇ ◆ ◇


「主……体は大丈夫ですか?」


 翌日、優しく頭を撫でられる感覚で目が覚めた。

 うっすらと目を開けると、ラウロが微笑んでいる顔が霞んで見える。腕を伸ばして彼の頬に触れると、手のひらに小さく口付けられた。


「辛いところはないですか?」

「ん……だい、じょうぶ……」


 下半身が重い。体がまだ火照っている感覚もあり、頭がぼーっとしている。この状況にぼんやりしていたが、ニコラはハッと我に返った。


「ごごごごめん!」

「主っ!」


 昨夜のことを思い出すと恥ずかしくなって飛び起きると、ベッドから落下しそうになった。そんなニコラの細い腕をラウロが掴んで腰を引き寄せると、肌が触れ合う感覚にまた顔に熱が集中した。


「まっ、は、恥ずかしい、から……!」

「すみません。服はこちらを」


 綺麗な服を手渡して、ラウロは後ろを向く。いそいそと服を身につけながら、自分の下腹部に青い薔薇の紋章が浮き上がっていることにニコラは気がついた。


(これが、聖紋……?)


 うっすらと光りながら浮き上がっている聖紋にそっと触れると、ラウロと触れ合っている時のような温かさが伝わってきた。


(ラウロから守られてる、気がする……)


 自分の中も外もラウロから守られているような感覚に安堵を覚えた。一度だけの行為だが、奴隷だからといってここまでしてくれるラウロに対し、少なからず特別な感情を抱いてしまう――ただ、あの夜以来、意識してしまっているのはどうやらニコラだけのようだ。


 段差などで躓かないように差し伸べてくれる手を握るだけで、ニコラは自分の体に触れていた指だと意識してしまう。主と呼ばれると、名前を呼び捨てにされた艶のある声を思い出して体が熱くなる。


 二人は奴隷契約に加え守護契約を結んだ翌日には国境を越えてパスフィ王国を出たが、ラウロがあまりにも平然としているのでニコラは少しだけモヤモヤとした感情を抱いていた。


(一線を越えたのに、なんで平気なの? 僕が経験がなさすぎて、逆に意識しすぎ……?)


 自分たちが恋人同士ではないことは分かっている。先日の行為がニコラを護るための義務的な行為だというのも頭では分かっているが、ラウロの態度があっさりしすぎているので少し切ないのだ。


(別に、恋人になりたいとか、そういう扱いを望んでるわけじゃないけど……!)


 実際、今は色恋を考えるよりも先に逃亡だ。リンメロ王国を出て一ヶ月ほどが経とうとしている。パスフィ王国を出る際に『金の髪と桃色の瞳の王子』の失踪事件の噂話をしている女性たちの話が耳に入り、急いで移動している最中だ。


「主、あと二つ国を跨げばアトラに着きます。失踪事件の噂が広まっているようなので、できれば不用意に町には寄らずに森を進んだほうが良さそうですが……」

「それで大丈夫。町で色んな人に見られたら捕まるかもしれないし」

「同感です。国境を越える時だけ注意が必要なので、抜け道を探しましょう」


 今までニコラにとって『旅』というのは、おとぎ話だけの世界だった。まさか自分があの屋根裏部屋から出て、自分の足で旅をしていることが信じられない。追われている身なので、おとぎ話や英雄の伝承よりも緊迫感がある旅だが、不思議と怖くないのはラウロがいるからだろう。


 地下牢で出会った時は信じられそうになかったし、今も謎が多い男だが、ニコラに危害を加えることはないと思える。それは奴隷契約をしているから強制的にできないのではなく、彼がそんなことを考えていない、と分かるのだ。


 ラウロの瞳はウルガルの皇帝しか見えていない。分からないことも多いが、分かりやすい人だという印象なのだ。


「ここら辺で今日は野営しましょうか」

「あ、じゃあ何かスープでも作るね」

「……主が? ナイフを扱うと?」

「な、ナイフくらい使えるよ! 料理はあんまりできないけど……このスープは大丈夫!」

「では……スープに合いそうな肉を焼きますね」


 今はニコラが管理している『なんでもポーチ』から野菜や肉、スパイスなどの調味料と調理器具を取り出す。ニコラが野菜の皮をむいている様子を、隣で肉をスライスしているラウロが心配そうに見つめていた。


「僕が唯一作れるスープは、幼い頃に母から教わったんだ」

「王妃が料理を?」

「うん、時々。母はもともと侯爵家の令嬢だったんだけど、料理やお菓子作りが得意だったんだって。屋敷のキッチンに忍び込んでは叱られてたらしい」

「……愛らしい少女時代だったんですね」


 ニコラの両親は幼い頃から婚約していたらしく、母の作る料理やお菓子が父は好きだったのだと聞いたことがある。その中でも、父が一番好きだというクリームスープのレシピを教わったニコラは、十四歳の頃に父に振る舞った。両親が「美味しい」と言って喜んでくれたのが、彼らが笑っていた最後の思い出だ。


「ラウロは料理上手だから、食べてもらうの、不安だなぁ……隔離されてからは全然作ってなかったし、あんまり期待はしないで」

「主が作ってくれたものなら、俺はなんでも食べられますよ」


 肉を焚き火で焼きながら小さく笑うラウロは、あの夜のような落ち着いた雰囲気を纏っている。ラウロはニコラの意見を肯定してくれる唯一の人で、誰かが受け入れてくれることがこんなにも嬉しいことだとは、今までのニコラは知らなかった。


 最近のニコラはもう想像上の番であるエルネスを思い出すことは少なく、その代わり、ラウロが頭を占めている。


 二人の行先は別れているのが分かっているので、こんな気持ちを彼に抱いても無意味だ。きっと、ニコラにとって初めての相手だから特別に見えているだけ――勘違いしては駄目だと、ニコラは自分に言い聞かせた。


「美味しいですよ、主。毎日このスープを食べたいくらい」

「もう、お世辞はいいって……ありがとう」


 記憶の中の味とは少し違うような気がしてニコラは満足できなかったが、ラウロは美味しいと言いながら完食してくれた。



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