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8 - 徹夜明けの藤原 ( 1 )

「よう」


「ん?」


「散歩、行こうぜ」


「どこに?」


「さあな。でも、とりあえず外に出よう」


「まあ、いいけど」


七月の夏は、ラムネと花火でできている。


「で、浅村。お前、俺と一緒に行く気ある?」


「はあ…男二人で行くもんじゃないだろ」


「それもそうか。でも、お前、高校三年間、一度も行ってないだろ?高校最後の思い出に、一回くらい行っておくのも良いと思うけどな」


「それもそうだな」


僕たちは月末の夏祭りの話をしながら、田んぼのあぜ道を歩き続けた。


僕と一緒にいる長髪の男は、鈴木凪すずきなぎ。小学校から高校までずっと同じクラスだったせいで、僕たちの関係はかなり良い方だ。外見的には、凪は長髪で、その上かなり女性的な顔立ちをしているから、道行く人からの視線に驚きが含まれていることは滅多にない。本人はアーティストだからであって、他に理由はないと言い張っているが、まあ、それも彼がその方面で成功している証拠だろう。


「昼、何食べるか決めたか、凪?」


「ん?お前が決めるんじゃないのか?」


「でも、誘ってきたのはお前だろ。いつから俺が決める番になったんだ?」


「本当は、お前の家の近くの寿司屋に行こうと思ってたんだけど、いつの間にか潰れててさ。だから、マジで何食べるか分かんないんだよ。やっぱりお前が選んでくれ」


ちなみに、凪は食べる量が極端に少ないせいで、その体は骨と皮ばかりと言っても過言ではない。


「じゃあ、いつものケーキ屋で適当に済ますか?」


「それもいいな。あそこのパンケーキ、試してみたいと思ってたんだ」


「パンケーキか。まだ季節じゃないだろ」


「ああ、ただ、Hana3のあの動画のせいだよ。あのパンケーキ、すごく美味そうだったから」


「は?何だ、Hana3って」


「え?お前、知らないのか?」


彼はまるで僕が地球が丸いことを知らないかのような、心底意外そうな顔で、スマホの画面をスライドさせ始めた。


「お前が好きだった、あの三年前に消えた歌手と声がそっくりな料理チャンネルが、最近また更新したんだよ」


ん?なんだか、僕が知っている誰かのことを言っているような気がする。


「これだよ」


そう言って、彼は僕にスマホを渡した。


「今回の更新がパンケーキでさ、確かフレンチなんとかって言ってたかな。すごく美味そうだから、試してみたいなって」


体つきから見て、画面の中央に立っているのは半袖を着た女の子だ。キッチンカウンターのような大理石模様の台が腰から下を隠しており、首から上はカメラの画角から外れているため見えない。上半身と両手だけが映っている、よくある顔出しなしの料理Vlogだ。


あの時のこと、それに、背景にある聞き覚えのある案内音声やセットを思い出す。


あぁ、やっぱり藤原さんだ。


僕は動画の下に目をやると、高評価とコメントの数が驚くほど多いことに気づいた。


「完全に大物Youtuberじゃないか」


僕は思わず感嘆の声を漏らした。


「ずっとそうだろ。ていうか、おかしいな。あの子のファンだったお前が、まるで初めてこのチャンネルを知ったみたいな反応するなんて」


「俺はあんまり他の作者のコンテンツは見ないからな。こういうプラットフォームでは、自分が興味ある数人しかフォローしないんだ」


「まあ、いいけど」


僕は黙ってチャンネル名を記憶し、凪にスマホを返した。





「何にする?」


僕は店の入り口にある食券機の前に立ち、選べるラーメンの種類を見ながら凪に尋ねた。


結局、ケーキ屋は遠すぎるということで、近所で評判の良いラーメン屋を選んだのだ。


「俺はなんでもいい。お前が適当に決めろよ。なんなら、お前と同じものでいい」


「じゃあ、醤油ラーメン二つでいいか?」


「おう。金は後で送っとく」


支払いを終え、僕と凪は店内の空いている席へ向かった。


僕は額の汗を拭い、凪は襟元を引っ張って中に風を送っている。


やって来た店員に食券を渡した後、僕はスマホを取り出して藤原さんのチャンネルを検索した。料理が来る前に、彼女が前に言っていたパンケーキのチュートリアル動画を見てみたかったのだ。


テーブルの向かいに座る凪が、スマホを見ながら僕に話しかけてきた。


「ていうか、浅村。今年、お前の実家の夏祭りはどうするんだ?やっぱり帰るのか?」


「八月の上旬に前倒しになったって聞いたから、その時にはもちろん帰るよ」


先月、母さんからかかってきた電話を思い出す。その最後のところで、今年の伊香保温泉郷の花火大会は八月上旬に開催されるが、具体的な日時はまだ未定だと話していた。


「そうか。でも、大阪からお前の実家まで、かなり遠いだろ。それに、たった二、三日のために帰るのか?お前、どうせそういうの興味ないだろ。割に合わなくないか?」


「俺はこれでいいんだよ。割に合わないっていうより、同年代の連れがいないのは少し寂しいけど、その分、気楽でいられるからな」


「でも、これがお前の高校生活最後の夏休みだろ。クラスの奴らと最後の夏祭り、一緒に過ごしてみたらどうだ?もしかしたら、誰かにお前から告白されるかもしれないぜ」


「ありえない。それに、家の連中が俺の欠席を許すわけない」


「家の連中に説明してみろよ。『高校三年最後の夏休みだから、友達と過ごしたい』とか言ってさ」


「絶対に許すわけない。年寄りがこういう祭りをどれだけ重視してるか、『俺には俺の考えがあるから、行きたくない』なんて一言で欠席が許されるようなもんじゃないんだよ」


「試してみろって」


「試すまでもないことだ」


「まあ、いいけど」


凪は肩をすくめ、僕もそれ以上は何も言わなかった。


ちなみに。彼と付き合っていて一番良い点は、僕たちが物事に対して違う見方をしていても、決して対立しないことだ。「へえ、お前はそう思うんだ。俺はこう思うけど…」「ああ、お前はそう考えてるのか」というように、互いの意見を述べ合って、それで終わり。相手が自分の味方にならないからといって、議論を吹っかけたり、相手の立場を変えさせようと説得を試みたり、そういうことは一切ない。


話題が終わり、僕は再びスマホの画面に視線を戻す。藤原さんのチャンネルを開くと、動画のコンテンツが非常に多いことに気づいた。デザートから各国の料理、日常Vlogまで、何でも揃っている。


すごい人だな、この人。それに、撮影のせいで完成品が綺麗じゃなくなったって言ってたけど、素人が見ても、どこに欠陥があるかなんて全く分からないだろう。


僕は昨日の朝の会話を思い出し、彼女が自分自身にどれだけ厳しい要求を課しているのかと、心の中で感嘆した。


でも、そういえば。彼女が撮影中に僕の問いに答えたように、チャンネルのフォローリストには、あのVtuberのアカウントが一つだけだ。


以前は、藤原さんとあの子が似すぎているせいで、その後の付き合いでは常に緊張して、どう振る舞えばいいかわからなかった。歩く時でさえ、次の一歩をどこに踏み出せばいいかわからないほどだった。でも、今はもう全ての疑問が解決したのだから、僕も心を広く持って、普通の人と同じように彼女と接するべきだろう。


そうしよう。彼女はただ、僕と歳が近い、ただの隣人なんだから。


僕はスマホをしまい、こちらへ歩いてくる店員が持つ、二つのラーメン丼に目を向けた。


「いただきます」


「いただきます」

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