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夏祭り( 2 )

「うぐっ!」


薄暗い部屋の中。私は、ふわふわのクマのぬいぐるみを抱きしめ、暖かい布団にくるまって、ぐっすりと眠っていた。


突然、枕元のスマホが、光を放ち、着信音を鳴らし始めた。


熟睡していた私は、その音に驚き、体をびくりと震わせ、ベッドから覚醒した。


私は、眠たい目をこすり、よだれで濡れた口元を拭い、枕元を手探りした。


ひんやりとした感触が指先に伝わり、私はスマホを枕の下から取り出すと、通話ボタンを押し、体を、さらに布団の奥へと縮こまらせた。喉の奥から、思わず、吐息が漏れた。


「うぅ…んふぅ…どちらさま、ですかぁ?」


「…うわ…あ、藤原さん。テレビの契約は、されてますでしょうか?」


「してませんよぉ。して…」


迷惑電話だと思い、スマホを手に取って、通話を切ろうとした、その時。画面に表示された連絡先の名前が、私を一瞬で、覚醒させた。


「あ、浅村さん!?」


見慣れた名前が目の前の画面に現れ、私は、思わず叫んだ。


「ははは。そろそろ、起きる時間だよ〜」


か、彼、私がまだ寝てること、知ってる。どうして、わかったの…。もう、浅村さん、また私をからかってる。意地悪。


「お、起きてます!」


だから、私は、ぷんぷんしながら、そう言った。でも、起きたばかりで、ろれつが回らない。口からは、もごもごと、意味のない音が漏れるだけだった。


浅村さんは、それを聞いても、反論せず、少し笑いを含んだ声で、優しく、私をなだめてくれた。


「はいはい。藤原さんは、寝てないんだよな?」


優しい彼。私が嘘をついているとわかっていても、それでも、信じてくれる。


そんな風に、子供をあやすような声で言われたら、私、本当に、我慢できなく…


我慢できなくて、浅村さんの口から、もう少しだけ、聞きたくなってしまう。


「…もっと、もっと、あやしてくれても、いいですよぉ」


えっ!?


ま、待って!私、今、何て言ったの!


いやあ、どうして、自分の考えてることが、口から出ちゃうの。あ、もう最悪。浅村さんに、変な子だって、思われちゃう…!


私は布団の中に潜り込み、両手で熱くなった頬を覆い、子供のように、ひいん、と小さな悲鳴を上げた。


「な…」


電話の向こうの浅村さんが、一瞬、固まった。すぐに、深く息を吸う音が聞こえる。もし、今、目の前に、こんな浅村さんがいたら、きっと、その顔は、すごく面白いんだろうな…ふふふ。


私も、この、初めての感覚に、耐えきれない。腕の中のぬいぐるみに顔をこすりつけながら、彼の次の言葉を、期待していた。


お願いだから、そんな、軽い女だなんて、思わないで。私は、ただ、浅村さんにだけ…。


「…ははは。はいはい、わかったよ。藤原さんは、お寝坊さんじゃないもんな。だって、藤原さんは、良い子ちゃんだから。だろ?」


うぇ?


あ、あああああ。


浅村さん、浅村さん、彼、今、私のこと、


あああああ、あああああああ…


彼、今、私のこと、私のこと、私のこと、良い子ちゃんって…


「あ、あああああああ、あ、浅村さん!!!」


まるで、雷に打たれたかのように、全身の震えが、止まらない。私は、腕の中のぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめた。耳が、茹で上がったように、熱い。体中が、熱い気がする。叫び出したい衝動を、必死で抑え込んだ。


うぐぅ…あ、浅村さん、浅村さん…。


彼、どうして、そんなことを。ずるいよ、反則だよ…。


でも、私、そんな彼が、好き、かも…。


「…はい、そうです」


優しい。私を、赤ちゃんみたいに、あやしてくれる、浅村さん。


私は、ぬいぐるみに顔を埋めた。ふわふわの感触が、顔を覆う。耳は、ますます、赤く、熱くなっていた。


「え?藤原さんは、何だって?」


バカ。言わせないでよ。


「…藤原は、浅村さんの、良い子ちゃん…です」


私は、体を縮こまらせ、枕元のスマホに向かって、そう、囁いた。





ま…待って!


「うわあっ!!」


今のは、夢じゃ、なかった?そう気づいた私は、ベッドから、勢いよく飛び起きた。


腕の中に抱いていたはずのぬいぐるみは、いつの間にか、床に落ちている。額には、汗が滲み、私は、必死で、荒い息をついていた。


枕元のスマホを手に取り、さっきの、現実のようでもあり、夢のようでもあったあの光景が、一体、どちらで起こったのかを、確かめようとした。


通話履歴を開くと、一番最近の、つまり、三十分前に着信した電話の発信者は、間違いなく、浅村さんだった。


ということは、さっきのは、本当に、起こったこと、なの?


まさか、浅村さん、本当に、私に、あんな、あんなことを…。


私は、息を呑み、スマホをベッドに戻し、呆然と、床を見つめた。


大バカ…。


浅村さんから届いていたメッセージを開くと、その内容は、私を、ひどく、驚かせた。


「目が覚めたら、おままごとしに来ないか?子供たち、君が来てくれるのを、すごく楽しみにしてるよ」


え?子供たち?あ、昨日の、あの子たちか。


彼ら、私のこと、嫌ってなかったんだ。


私は、少し、ためらった。脳裏に、あの時、二人が顔を見合わせていた様子が、浮かんでくる。


もしかしたら、仲良くなれれば、次にここに来た時、親戚たちと一緒に座っている、あの気まずい状況を、口実を作って、避けられるかもしれない。


彼も、きっと、そのために、私を誘ってくれたんだろう。だって、いつもの彼なら、こんな些細なことで、わざわざ私を誘ったりしないはずだ。


浅村さん、私の気持ち、まだ覚えててくれたんだ。昨日の夜、全部、話したもんね。


昨夜の会話を思い出そうとしているのに、脳裏に最初に浮かんでくるのは、浅村さんの、服を着ていない姿…。私、何考えてるの!


私は、顔を赤らめた。部屋の中は、奇妙なほど熱く、頬は、いつもよりも、ずっと熱い。全部、浅村さんのせいだ!


私は両足を伸ばし、ベッドの縁に座って、足をぶらぶらさせた。


浅村さん、本当に、あんな風に、私のこと、呼んだのかな…。


あの、夢の中に現れたかのような会話と、殺傷能力が、無限大の、あの三文字が、今も、私の頭の中から、離れない。


私は、熱くなった頬を、ぱん、と叩き、部屋を出た。身支度を済ませたら、浅村さんに、会いに行こう。

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